第35話
「だが確信も持てた。セイは間違いなくこの近くまで来ている。アイツが自ら名乗り出ないのなら、後は俺が神力を取り戻して、セイを捕まえればいい。それまで俺が存在を維持できればの話ではあるが……」
蓬の目が自信を湛えて光るが、莉亜は一抹の不安を抱く。気付いた時には言葉にしていた。
「もし蓬さんの神力が回復する前にセイさんが現れて、セイさんに名前と姿を返してしまった場合、蓬さんはどうなるんですか……?」
「……今度こそ完全に消滅するだろうな。だがそれでいい。セイに名前と姿を戻して、これまでの感謝と謝罪を伝えた後、輪廻転生の輪に入るところを見届けたのなら、今度こそ心残りは無くなる。長い間借り受けていたからか、いつの間にか心まですっかりセイに似てしまったらしい。今は自分の幸せよりも、お前やセイを始めとする他の者たちの幸福な姿に喜びを見出している」
蓬は胸を張って裏表もない笑みを浮かべているが、莉亜の心配はますます大きくなる。蓬は本当にそれでいいのだろうか。
蓬の言う通り、セイがこの近くまで来ているにも関わらず姿を見せないのには理由があるのだろう。もしかすると、それは未だ力を取り戻していない状態の蓬から名前と姿を返して欲しくないからではないだろうか。
莉亜がセイの立場でも同じことを考えてしまう。きっとセイは今の状態の蓬に返されたくないと思っている。セイは蓬を苦しませるために名前と姿を貸したわけではない。神として力を失いつつある蓬を心から助けたいと思ったからこそ、名前と姿を貸し与えたのだろう。
それが今の蓬はセイに名前と姿を返すことに囚われている。自分が存在する意味と価値を見出していない。蓬がいなくなったら、蓬に住処を与えてもらった切り火たちや、莉亜や雨降り小僧たちを始めとするこの店の常連客たちがどうなるか、まるで理解していない。
誰もが蓬自身を慕って、ここに集まっている。最初こそ行き場を求めて来ていたかもしれないが、今は自分たちの意思でこの店に足を運んでいる。蓬が握る美味しい塩おにぎりと、蓬との会話を楽しむために。莉亜や常連客たちだけではなく、率先してお店を手伝おうとする切り火たちもそうだろう。全て蓬を中心に回っている。
蓬がいなくなってしまえば、彼らは散り散りになってしまう。行き場を失くして、また彷徨うことになる。それだけ蓬が周囲に与えている影響力は大きい。今や無くてはならない存在だ。
きっとセイも蓬が客たちに慕われていることに気付いたのだろう。蓬を旗頭としてこの店に集っていることも。
だからこそ姿を現さずに、近くで機が熟すのを待っている。蓬が力を取り戻して、自身が存在する意味を思い出すまで。
蓬の話を聞いて、莉亜はそう思ったのだった。
「蓬さんが私たちの幸せを見届けるのが嬉しいように、私も蓬さんがセイさんと再会する姿を見届けたいです。再会するお手伝いも。それが蓬さんに助けてもらった私ができるお返しだと思うから」
初めてこの店に来て、蓬が握った塩おにぎりを食べた時。莉亜の心に蓬の想いは確かに届いた。慣れない環境で心細い思いをして、心を閉ざしかけていた莉亜の心を救ってくれた。今の莉亜があるのは蓬のおかげといっても過言ではない。そんな蓬が困っているのなら、力になりたいが――。
「でも、せっかくセイさんと会えても蓬さんがいなくなったら意味がありません。どうにかして、蓬さんが消えずに残る方法はないんですか?」
「無理だ。神力が回復しなければどうすることも出来ない。今はお前かこの店に来る客の誰かが俺を信仰してくれているから、辛うじてこの身体も保てていられる。だが味覚が失われた以上、他の四感が消えるのも時間の問題だ。この身体を維持できなくなるのも。せめて神名だけでも取り戻せれば、消えずに済むのだがな……」
「私、戻ったら探してみます。蓬さんの神名を絶対に見つけます!」
「無駄だ。セイの神社にあった記録は散逸した。神社が移設した際のどさくさに紛れて散り散りになったからな。セイの一族もその前に宮司を勤めていた一族も途絶えて久しい。もう誰にも俺の神名は分からない」
「何かヒントは残っていないんですか? セイさんや蓬さんの名前に関する手がかり。些細なことでもいいんです。何か覚えていることは……?」
「覚えていることと言えば、セイとの思い出ぐらいのものだ。それ以前の記憶はほとんど忘れてしまった。セイのことなら何でも覚えているのだがな。アイツの容姿や声、話し方、交わした言葉、癖……。セイに返すまで決して忘れないように自分の身体に刻み付けて、鏡を見る度に思い出すようにしていたが、セイから借りた身体は今の俺には負担が大きい。容貌や指先など、細かい部分まで再現しようとすると神力を根こそぎ持って行かれそうになる。力の回復が遅くなってからは、客がいない時など神力の消耗を節約できそうな時は省いていた。適当にその辺の布を顔に巻き、手袋をはめるなどすれば、内側が空洞でも問題ない」
「そういえば、初めて会った時はミイラ男でしたよね……。私の忍さま……本の挿し絵を利用して今の姿に変わったのはそういう意味があったんですね」
「ああ。お前から借りた姿絵で分からなかった身長や声色に関しては、セイから借りたものをそのまま使用している。これだけでも大分負担が軽くなった」
最初に会ったミイラ男の蓬――あれがセイから借りた身体を一部省いたものなのだろう。に、触媒となる絵や写真を貸して欲しいと頼まれたのは、神力の消耗と関係があったのかと合点がいく。きっと一から人間を模した姿になろうとすると、自然とセイに似せてしまうのだろう。それだと身体への負担が変わらないので、全く別の姿になる必要があった。そこで絵や写真などの平面上の情報でも既に人として形が整ったものを使用すれば、セイの身体をベースに絵や写真の人物の姿をそのまま自分にコピーするだけで済む。細部まで想像して再現しようと考えなくていい分、労力が変わるのだろう。早い話が元となるセイの身体が、セイの身体に会うように作り直した別人の顔形をした着ぐるみを纏うようなものだろうか。
着ぐるみの中のセイの身体は表に出ない分、何もしなくていいのでどんな顔形でもいいという。
蓬によると、あやかしや神は各自が持つ力や信仰の度合い、内容などによって、外見や名前が急に変わることは珍しくないらしい。それぞれが使う力や身に纏う力で相手を判断するので、容姿は全く問題ない。ただ実在するあやかしや神をモデルにして姿を取ってしまうと、姿を借りたあやかしや神との間に不和が生じることがあるため、注意が必要とのことだった。
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