第3話
気が付くと、莉亜はどこかの竹林の中に倒れていた。数百年に一度しか咲かないと言われている竹の花が一斉に開花して、白く細い花びらが黒い空から舞い落ちていたのだった。
「ここは……?」
莉亜は身体を起こすと辺りを見渡す。どこまでも竹林が続いており、その先は闇に覆われていた。倒れている間に夜が更けてしまったのだろうか。それにしても花見客どころか人の姿さえ見えないのは不自然だった。泥酔した花見客が居てもおかしくないのに……。
(本当にここはあの公園の中? そもそも竹林なんてあったっけ?)
あの公園には初めて行ったが、開花した竹林があれば嫌でも目立ちそうだった。空気さえも公園の山頂よりも澄み渡っているような気がして、到底同じ場所とは思えなかった。さっきの山頂よりも神の領域に近い場所に足を踏み入れてしまったかのような、そんな不安と緊張で落ち着かない気持ちになる。
(誰かいないのかな……。まさか桜の木に頭をぶつけて、死んじゃったなんてことはないよね……)
持っていたトートバッグもどこかにいってしまい、スマートフォンで現在位置を確認することも、助けを求めて連絡することも出来ない。自力でどうにかするしかなかった。
莉亜は立ち上がると、何か目印になりそうなものは無いか周囲を探す。すると、竹林の間に点々と青紫色の花が咲いているのを見つけた。星形のような青紫色の花びらに、黄色の雄しべが特徴的な小さな花。確か、
少し前に花忍について調べたことがあり、その時に「あなたを待つ」といった切ない花言葉を持っていることを知った。そんな花忍が道しるべのように、等間隔に並んでいた。
(私を待っている、ということは無いと思うけど……)
もしかすると、この花忍を辿った先に誰かを待つ人がいるのかもしれない。そうしたら、ここがどこか教えてもらうことも、助けを求めることもできるだろう。
そんな期待を膨らませると、莉亜は花忍を頼りに歩き始めたのだった。
花忍の道しるべを辿ると、やがて昔ながらの茅葺き屋根の民家に辿り着く。日本の昔話に出て来そうな佇まいの民家に、つい感嘆の声と共に見惚れてしまいそうになるが、気持ちを抑えると民家の引き戸に向かう。
数度引き戸を叩いてみたものの、中から返事は無かった。留守にしているのかと思いつつも、試しに引手を掴む。軽く引くと引き戸が開いたので、鍵は掛かっていないようだった。
意を決すると、莉亜は「ごめんください……」と言いながら、中に入ったのだった。
「どなたかいらっしゃいませんか……?」
莉亜のか細い声が暗い室内に反響する。暗闇に目が慣れてくると、数席の座敷とカウンターが置かれていることに気付く。もしかすると、ここは民家ではなく店なのかもしれない。営業時間外なのか、それとも今日が偶然定休日だったのか、誰もいないようだが――。
(せめて電話機か地図は置いていないのかな?)
店の奥に足を踏み入れて、壁際を探していた時だった。指を鳴らしたような音と共に、天井に設置されていた灯りに火が灯された。急に眩しくなった室内に目がついていけず、莉亜は目を瞑ったのだった。
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