召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
夜霞
待ち人来たらず、珍客来る
第1話
春月に満開の桜が映える四月の半ば。大学近くの大きな公園は花見客で賑わっていた。
ビニールシートを敷いた上で盛り上がる宴会客や、一足早く酒に耽溺している酔客の喧騒を聞きながら、
(やっぱり今日は諦めようかな……)
公園内を見渡しながらそっと息を吐く。時間が遅かったからか、新しく出来た友人に勧められた絶好の花見スポットである芝生の中央広場は、既に学生か会社員と思しき集団が広げた色とりどりのレジャーシートで埋まっていた。中央広場を囲むように所狭しと並んだ屋台の前にもいくつか席はあるものの、いずれも友人や家族連れで満席だった。莉亜一人ならどうにか座れそうな席もあったが、知らない人たちで盛り上がっている輪に横紙破りをするようで気が引けてしまう。
それなら花見を諦めて自宅に帰ることも考えたが、あまり早く帰っても暇を持て余すだけであり、何よりも慣れない一人暮らしにテレビ音や近隣の生活音以外の静寂は耐え難いものがあった。
人恋しさに昨夜連絡を取ったばかりの実家に電話をするのも、悪戯に家族を不安にさせてしまいそうで――今度帰省された時に話のネタにされて笑われてしまいそうで、掛けられずにいたのだった。
「それでは本日の新入生コンパを記念して、サークル部長である、このおれが挨拶を……」
「先輩、飲みすぎですよ! まだ新入生が全員揃っていないんですから、挨拶はもう少し後の時間にしてください……」
近くの芝生に敷かれた水色のビニールシートの上で立ち上がった男性の足がもつれたかと思うと、背後にあった桜の木に背中をぶつけてしまう。その拍子に桜の木が大きく揺れて、無数の桃色の花びらが花雨のように莉亜たちの頭上に降ってきたのであった。
(綺麗……)
持っていたスマートフォンで、春宵の空を舞う桜の花びらと夕陽を背に輝く桜の木を夢中になって撮影していた莉亜だったが、横から「
「伊勢山さんも来たの? 戦史研究サークルの新入生歓迎コンパ」
振り返ると、そこには莉亜と同年代の黒縁眼鏡を掛けたショートヘアの女性が不思議そうに首を傾げていた。どこかで見たことある子だった。莉亜と同じ学部の同級生だろうか。
「戦史研究……?」
「戦国史研究サークル。あの部長さんに声を掛けられてきたんじゃないの?」
女性が示して顔を向けると、先程桜の木にぶつかった男性部長が他のサークル部員に介抱されているところだった。男性は桜の木の横で伸びたまま、「部長として挨拶を……」とうわごとを繰り返しており、そんな男性部長の姿にサークル部員たちは忍び笑いをしていたのだった。
「ううん、たまたまここを通り掛かっただけだったから……」
「そうなの? 他にもこの公園でサークルや部活の新入生歓迎コンパをやっているらしいから、そっちに参加するの?」
「えっ……、うん。そうなんだ……」
「そっかぁ……。じゃあ、また学校で」
女性が背を向けてビニールシートに向かい出すと、莉亜は足早にその場から立ち去る。もしかしたら、今の女子学生のように他にも莉亜を知る人がいるかもしれない。今は適当に誤魔化せたけれども、次も上手くいくか分からない。ここで知り合いに捕まって、花見客の輪に連れ込まれでもしたら、何のために一人で花見に来たのか分からなくなってしまう。
莉亜は人気が少ない場所を求めて、足を進めたのだった。
ようやく見つけた花見客が少ない場所は、桜並木から遠い花見禁止エリアの近くだった。近くの木に貼られたポスターを見れば、ここより少し先にある年季の入った石段を上った先が花見禁止エリアに指定されており、宴会や飲酒が一切禁止となるらしい。
(でも、宴会や飲酒をしなければいいんだよね)
石段の前まで来た莉亜は階段の先を見上げる。この石段があるのは小高い山の麓だが、友人の話によるとこの先の頂上には老朽化したベンチしか設置されていないとのことであった。
木々が鬱蒼として昼でも暗く、ベンチ以外は何も無いので、頂上まで登る人は滅多にいないが、それでも上から公園内の桜を一望できる場所として、地元民でも知る人ぞ知る、隠れた花見スポットということになっているらしい。
ただ花見禁止エリアになっているのと、特に街頭などの明かりも無いので、昼間にふらりと人が来て桜を見に来るだけで、夕方以降の花見が本格的になる時間帯には誰も訪れないとのことだった。
そんな何も無い頂上がどうして花見禁止エリアに指定されているのか、それは地元民でさえ誰も分からないらしい。
今はまだ明かり代わりの夕陽があるので良いが、もう少し時間が経って、薄闇に包まれ始めたら明かりが少ない帰りは石段を踏み外してしまうかもしれない。登るなら今しかないが、あまり長居は出来なさそうだった。
(少しだけ桜を見て、おにぎりを食べたら、すぐに帰ろう)
本格的に夜の帳が下りる前なら、スマートフォンで足元を照らしながら降りれば危険は無いだろう。
莉亜はそう考えると、石段を登ったのだった。
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