第3話 一本の傘

コンビニもコンビニ傘もない時代のお話。


 大手製薬会社の係長に、小さな医療機器販売会社の2人が飛込み営業をしていた。係長は少し話を聞いて断った。2人はうなだれて応接室を出ていった。


 係長が窓を見ると、予報はずれの冬の雨が降り出していた。強い雨だ。

 係長は自分の置き傘を持って玄関へ行った。そこには困った顔で雨宿りしている2人が立っていた。「これをお使いなさい、差し上げます」と傘を手渡した。


 時は流れ、係長は部長になっていた。

大手製薬会社が医療機器を製造する事業を始め部長が責任者となった。


 販売ルート開拓に窮していた部長は、以前売り込みにきた医療機器販売会社を訪問した。

 その会社は成長し医療機器商社として有名になっていた。


 部長は、受付けで、顔も覚えてない当時の2人の名刺の名前を伝え、自分の名刺を添えた。門前払い覚悟だった。


 暫くして社長室に通された。件の社長と副社長は部長を迎え入れた。

「お久し振りです」と、2人は部長に椅子を奨めた。

「私を覚えておられれるんですか?」

「はい、覚えています。部長に断られたあの後、冷たい雨風を見ながら傘もなく途方に暮れていました。経営も上手く行かず、もう会社を畳もうとかと2人で話してたんです。

 そんなときに部長が傘を持って来て下さったのです。人の暖かさに触れ、もう少しだけ続けてみようと2人で考え直しました。お陰さまで、ここまで来れました。部長の医療機器なら、うちで販売しますよ」


 コンビニもコンビニ傘もコンプライアンスもなかった頃のお話。


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