第三十三話

 貴族街へ向かって走るアーロン。そのアーロンを追うクロテッド。


「待て! アーロン! この俺に怖気づいたのか!」


「……兄上、追いかけっこならまた今度にしましょう」


「⁉︎ どこまでも俺を侮辱するか!」


 雷魔法でアーロンを狙うクロテッドではあるが、走りながらということもあり狙いが定まらない。家屋や街灯、歩道などへ魔法を乱発していた。


「やめたまえ兄上! 無関係な人が傷付くではないか!」


「周りを見ろ! ここは平民共のテリトリーだ。奴らがいくら死のうが関係ない!」


 必死になって魔法をアーロンへ放つクロテッド。魔力量が少なく質も悪いのか、魔法として成立していなかった。


「……残念です兄上。ここまではしたくありませんでしたが……」


 走るの止めクロテッドと向き合うアーロン。その手にはレイピアが握られている。


「やっと観念したようだな。最後は貴族らしく剣で語るか」


 同じようにクロテッドも剣を抜く。アーロンとは異なる両刃直刀。煌びやかな宝飾が施されている。


「何が貴族ですか。――ノブレスオブリージュ。それを忘れたあなたはただの野蛮人だ」


「落ちこぼれが貴族を語るなよ! 黙って……」


 アーロンが一瞬光を帯びる。気が付いた時にはレイピアはクロテッドの喉元へ突き付けられていた。


「うっ……」


「――イゾサール流宮廷剣術 幕電。……当然の結果だ兄上。私が宮廷剣術を修めている間にあなたは何をしていたのです?」


 父に、そして二人の兄達に認めてもらう為に必死に学んだレイピアと雷魔法。単純に興味が湧いたという理由もあったが、その根底には家族へ対する想いがあった。

 時には、共に学びましょうとクロテッドとツァイティを誘ったこともあったが、相手にされないどころか陰湿な妨害を受ける始末。それでも折れる事なく進んで来たアーロン。

 二人の状況は過去の出来事が起因となっている。それを行動で示しているアーロン。思い当たる節があるのか顔を顰めるクロテッド。


「いい気になるなよスペアにすらなれない三男が。近衛師団も公爵家も、そしてあのラギアスも。奴らにとってお前は都合の良い道具でしかないんだよ。それが分からないからお前は三男のままなんだよ!」


「兄上……発言の意味が分かりません。イゾサールの問題だと彼に言い放ったのは兄上です。……都合が悪くなると直ぐに論点のすり替えをする。昔からの悪い癖です」


 依然喉元にはレイピアが突き付けられたまま。それを忘れたのか激しく憤るクロテッド。


「黙れ! 偉そうなことを言うなよ! 今更ラギアスに付いてお前は何をしたいんだ?」


「……兄上、もう大丈夫です。静かにしてください」


「Aランク冒険者? 公爵家のお気に入り? 影の英雄? それがどうしたッ! だから何だ! 奴が今更何をしようが過去は変えられないんだよ! これまでラギアスのせいで不幸になってきた連中に同じことを言えるのかお前はッ⁉︎ あれは悪だ、大悪党なんだよ!」


 大きく肩で息をするクロテッド。気分が良くなったのか笑みを浮かべている。


「大体な、お前は……⁉︎ な、身体が」


 レイピアをしまい背を向けるアーロン。


「可能な限り身体への影響は抑えています。しばらくは痺れて動けないでしょう」


 小さく呟く。

 どうしようもない兄へ対するせめてもの情け。今は他にやるべきことがある。


 地面に倒れ何かを叫ぶクロテッド。いつもの恨み節だと判断して先に進む、否進もうとした。


「クッ、クハハハハッ! だからお前は甘いんだよアーロン! これが力か……!」


 急激な魔力の上昇。クロテッドではあり得ない魔力量に咄嗟に振り返るアーロン。


「――兄上、その術式は」


「そうだ、俺の力だ。全て俺の物だ!」


 二年前から続く一連の襲撃事件。その被疑者達が使用していたとされる術式。ファルシュ遺跡跡で戦ったパリアーチに現れていた術式と似たような物がクロテッドの顔に浮かび上がっている。


「落ちるところまで落ちましたね……兄上」


「命乞いか? もう全てが手遅れだ。俺の為に死ねよアーロン!」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 市民街の大通りに構えられた多くの出店。王都民が食材や日常品を売買するマルシェとして利用している日常風景。その市場を複数の何かが通り過ぎる。


「ん? ……何だ?」


「今何かが……どわぁっ⁉︎」


 視界を何かが横切ったと感じた直後に激しい突風が吹き荒れ、商品や人、出店などが吹き飛ばされる。嵐が通過したかのような光景に人々は唖然としていた。


(くそ……やり辛いなホント!)


 高速で移動しながら剣と魔法の応酬が続く。相手の動きが手に取る様に分かり、裏をかこうとしても全て読まれてしまう。それもある意味では当然である。相手は誰よりも知るジークのコピーであり、原作では何度も戦闘を重ねたボスキャラなのだから。


(イベントとしては確かにあった。けどその対象が悪役とかありかよ)


 姿形に本人の戦闘能力から装備品に至るまでを完全再現。ゲームではパーティキャラがコピーされ一対一での戦闘イベントが用意されていた。敵サイドからすれば足止めの意味があったが、イベントコンセプトとしては内なる自分自身と向き合う、だったか?と記憶を辿る浩人。そもそもジークですらない自分が何と向き合えばいいんだよと心の中で悪態を吐く。


(ミスったら一気に持っていかれる。こんな弊害があるとはな)


 生き残る為に、誰にも負けないようにと力を付けてきた。作中最悪のキャラとして存在する以上、独りでどうにかするしかなかった。まさかそれがこのような形で裏目に出るとは想定外であった。今更ながらもっと警戒しておけば良かったと後悔が募る。

 作中で登場のないモブキャラにパリアーチが接触する。これもまたシナリオ改変の影響なのか。どちらにせよ、このままでは不味い。


 空中に形成した氷の足場を使って王都の上空へと駆け上がる。同じように影も飛び上がり、空中戦の様相を見せる。

 氷の剣や槍が飛び交い、冷気の暴発が衝突する。互いに魔法は大技ではなく出の速い魔法を優先して使用している。下手に魔力を込めれば王都に被害が出るという理由もあるが、単純に隙を突かれることに繋がる。影が王都民のことなど考慮するはずがないことから、後者を理由に戦闘は均衡を保っていると言える状況であった。


(一番不味いのは相手に捨て身策を取られること、か)


 浩人からすれば王都民の為に、ましてや世界の為に自らの命を捨てる選択などあり得ない。相手を倒す為に自爆するなど言語道断。そのような綺麗事は主人公達にやらせればいい。だが、今鎬を削っている相手に同じ理屈が通るとは限らない。

 感情のない戦闘兵器。倒せという命令ならどんな手段を使ってでもそれを成そうとするだろう。最悪決着が着かないと判断すれば、ジークを含むこの王都全体を氷の海に沈めようとするはずだ。――そうなればもう、手の打ちようがない。


(転移魔法を使える俺なら逃げる事は出来るが……)


 それは最終手段。王都民がどうなろうが関係ないが、仮にあの世があるのだとすれば、死んだ時に恨み節を永遠と聞かされることになるかもしれない。――そんなのはごめんだ。

 

(転移魔法で奴と一緒に場所を変えるか? いや、その後逃げられたらそれはそれで厄介だ。直接アーロンを狙われる可能性もある)


 互いの蹴り技がぶつかり轟音と衝撃が広がる。

 下にいる王都民達が空を見上げている姿が視界に入る。呑気なものだなと呟く。


(こっちの魔力は有限なのに、あっちは無限とか反則だろ)


 原作マニアの浩人は色々なプレイを当時楽しんでいた。偽主人公達の魔力は有限なのか、周回プレイで覚えた技までコピーされているのか、課金限定魔法も相手は使用してくるのか、など色々と調べた。

 結果的に、相手の魔力は尽きることがなく、周回限定技をキャラが習得していれば相手も使える。ただし、課金技は使えないということが分かった。――だから何なんだと終わった後で冷静になったことを覚えている。


(⁉︎ しまっ――)


 思考の狭間、一瞬の隙を突かれ背後を取られる。

 頭上から振り下ろされる蹴り技――月下衝。

 魔力を練る時間は無い。躱す為の足場も無い。防御に徹するしか選択肢は無かった。


 ――ガキィィンッ!


 影の蹴り技が何かに阻まれ鈍い音が響く。


(これは……神官の結界術か? いや、そもそも)


 ジークの目の前には透明の結界が張られている。影の蹴り技を耐え抜く堅固な結界。ここまで強力な物は並の神官ではまず不可能である。となれば術者は……。


 転移により地面へと降り立つジーク。

 急にジークが現れ驚いているようだが、浩人からすればアンタの方が怖いというレベルであった。


「何のつもりだ強面? あの程度で俺に貸しを作ったつもりか?」


「……その口の悪さから見て問題なさそうだな」


 マリア教会所属の神官、バート・ピナス。

 教会トップクラスの実力と凶悪な人相が有名な人物であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「貴族街への訪問診療を予定していたのだが……キャンセルになり戻って来ていた。そしたらこの騒ぎだ」


「ふん、その貴族は貴様が恐ろしくてキャンセルしたんだろうな」


 会話をする両者ではあるが、敵から目を離すことはしない。影は氷の足場を形成しながら建物の上部へ降りてくる。こちらを注意深く観察しているようであった。


「あれは……何だ?」


「俺を模倣した存在だ。言葉の意味を正確に理解出来ないなら今すぐこの場から消えろ」


「……いや十分だ。下から見ていたからな。どうやらこの市民街は危機的な状況らしい」


 上着を脱ぐバート。神官とは思えない屈強な体が顕となる。


「意外そうな顔だな。王都の問題は王都に住む者達で解決する。前にに言われた言葉だ」


「……一瞬だけでいい。奴の足止めをしろ。アレは欠陥品のようだからな」


「小僧……少し変わったか?」


 数日前に見たジークには迷いがあった。少なからず今も何かに悩んではいるのだろう。だが、前に進もうとする意識は格段強くなっていると感じる。


「ハッ、足を引っ張るようなら貴様から消すぞ?」


「……それは認められんな。家族を残すわけにはいかない」

 

 異色のコンビが偽りの悪役を迎え撃つ。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 雷魔法により周囲の建物は大きく損傷していた。辺りには何かが焼けたような不快な臭いが漂っている。


「ハァ、ハァ……何故だ。何故この俺が……お前なんかに」


 肩に腕に足。多くの部位から血を流すクロテッド。顔に浮かんだ術式は弱々しく明滅していた。


「もう、ここまでです兄上。兄上では私を倒す事は出来ない」


「黙れ……俺は力を手に入れたんだ! ――イレクトスラッシュ……ボフォッ⁉︎」


 血を吐くクロテッド。無理に魔法を行使しようとしたのか、身体が悲鳴を上げるように血が吹き出る。


「何のリスクも無く、簡単に手に入る力など無いのです兄上。その術式は兄上の命を糧に……」


「黙れ黙れ黙れ黙れ! 三男のくせに俺に指図するな! その憐憫の眼差しを俺に向けるなッ!」


 血塗れになりながらもアーロンを睨み付け暴言を吐くクロテッド。そんなクロテッドを冷めた目で見つめるアーロン。依然両者の間には大きな実力差が生じていた。


「……兄上が悪巧みをしているのなら、ツァイティ兄さんもいるのでしょう? 今何処に?」


「クッハハ、ツァイティは既に王都を出ている。計画の為に……残念だったな、お前の席は無い!」


 何がおかしいのかアーロンを指差し吐血しながら笑っている。完全に狂っていた。


「兄上……兄上達は一体何をしたいのです? 兄上とツァイティ兄さんがいなくなればイゾサール家は誰が継ぐのです? 父上の代で歴史を終わらせるつもりですか?」


「白々しいんだよお前は。俺達がいなくなれば自分が家を継げると考えているんだろう? 馬鹿が!」


「何度も言っています。私に家を継ぐ資格はありません。そしてその気も無いと。何度も言っているではありませんか!」


 昔から何度もしたやり取り。アーロンの主張は二人の兄に届くことはなかった。この命懸けの状況でもアーロンの叫びはクロテッドの心に響かない。


「……それじゃあ駄目なんだよアーロン。父上が俺を認めなければ」


 膝をつくクロテッド。どうやら限界は近いようだ。放置していても時間の問題で兄は事切れる。――ならば最後は自らの手で。そう考えていた時に、予期せぬ来訪者が現れる。


「? 変なお兄ちゃん?」


「…………ミスターバートの、リトルレディ?」


 先日食事の場で邂逅した小さな少女。父親であるバートに全く似ていないフィリアが不思議そうな顔をしてアーロン達を見ていた。


「な、にをしているんだい?」


「今日のパパのお仕事はあっちの街だから。お迎えに来たの」


 フィリアの手には小さなバッグが握られていた。形状からして弁当が入っているのかもしれない。それを父親に届けに来たのか。


「――トネルスプリズン!」


 突如フィリアを覆うように現れる雷の牢獄。激しく帯電する魔法の檻は激しく鳴動している。


「キャッーー⁉︎」


「リトルレディ! 兄上何をするのです⁉︎」


 再び立ち上がるクロテッド。その表情は狂気に歪んでいる。


「だからお前は甘いんだよアーロン! 平民の餓鬼に私情を挟むからそうなる」


「何を言っている⁉︎ 今すぐ魔法を解け!」


「あぁ? いいのかそんな態度でよ? 俺がその気になれば直ぐに黒炭になるぞ」


「――くっ」


 血を吐きながら顔を歪めるクロテッドは心の底から嬉しそうに笑っていた。


「レイピアを捨てろ。抵抗すれば……餓鬼を殺す」

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