第三十一話
「何者だッ⁉︎ 何処に潜んでいる?」
「捜せッ! 殿下をお守りしろ!」
即座に反応した近衛師団がアルニカの元へと駆けつけ、ホールの端へと誘導する。
騎士達が侵入者を捜すが姿は見当たらない。魔法による索敵でも捉えることが出来ないでいた。
『まぁまぁ落ち着きなよ。夜は始まったばかりだよ?』
「黙れ不届き者がッ! 栄えある社交界を邪魔立てしておいてこのまま帰れると思うな!」
近衛師団を指揮する壮齢の人物が剣を抜き声を荒らげる。
『そんなにカッカしないでよ。僕はただ真実を伝えに来ただけさ』
魔術師により情報伝達がなされ、ホールの外や周辺は警護の騎士達で既に包囲されていた。
「逃げ場はない! 安易な考えで王城に足を踏み入れたことを後悔しろ」
『喧嘩しに来たわけじゃないけどね。でもね〜、簡単に侵入を許した君達じゃ僕を捕まえられないと思うけど……』
「き、貴様ッ⁉︎」
言葉巧みに近衛兵を揶揄う声の主。会場の隅から隅まで捜索を続けるが未だ侵入者の発見は叶わない。慌ただしく動き回る近衛兵の後ろからアルニカは冷静に状況を分析していた。
(この気配は……)
少し離れた位置で成り行きを見守っているアクトル。アルニカと同じように何かを感じ取っているのかもしれない。一瞬ではあるが視線が重なった。
『ここに招かれているのは有力者ばかりなんでしょ? だったら分かるはずだよね。王国が抱えている矛盾を』
嘘を吐き続けている。矛盾。
それらの言葉と侵入者から感じる気配から妄言ではないと判断が付く。敵は全てを知った上で真実を吹聴しようとしている。王家の立場からすれば、それを許すわけにはいかない。だがアルニカにはそれを防ぐ力が無ければ権利も持ち合わせていなかった。
『国は法があり秩序があるから存続するんだよね? 貴族や富豪であっても悪いことをしたら罰を受ける……常識だよね』
「貴様何を言って……」
『重税で金を巻き上げたり、有りもしない罪で処分したり、領地の管理を全くしなかったり。これは罪じゃないのかな?』
思い当たる節があるのか会話を止める近衛兵。
『知ってる? 貧困で毎年何人も命を落とす領地があるらしいよ。免税の嘆願をしたら斬り殺されたんだって。酷い話だよね』
敵が何を言いたいのか。どのような流れを想定しているのか。アルニカには直ぐに理解出来た。
『何の話かもう分かるよね? 領民の生き血を啜る大悪党のラギアスが何で処分されないのかな? 平民だけじゃない、悪さをすれば貴族だって、時には王家の血を引いた者まで罰を与えるのに……これっておかしいと思わない?』
会場にいる貴族や商人、騎士や近衛兵全員の視線がジークに集まる。その目には純粋な疑問もあるが、ほとんどが憎悪に染まっていた。
『ラギアスを断罪するよう王に求めた人もいるはずだよね? でも王は動かずラギアスは今も昔も好き放題。この国には王家に近しい
憎悪の視線に晒されるジーク。
侵入者を警戒する騎士達という構図から全員がジークに敵意を向ける状況へと様変わりしている。会場全体の悪意がジーク一点に集中していた。
(どうして彼は……この状況で平然としていられるのでしょうか?)
謎の声や多くの悪意にも動じることなく佇むジーク。感情を乱すことなく泰然としている。
(敵が王家の秘密を開示すれば……次は私の番)
全ての者が話を鵜呑みにするとは思えないが、少なからず怪しむ人間は出てくるだろう。疑問は疑念へと変わり最後には確信となる。そうなれば王家は求心力を失うことになる。
(これが
『まるで何か繋がりがあるみたいだよね。だから消すわけにもいかないと。まっ、実際そうなんだけどね〜!』
ざわつき出す招待客達。
『実のところラギアスは被害者なんだよね。都合良く王家に使われてきた操り人形なんだよ。可哀想だから見かけた時は優しくしてあげてね!』
アハハと爆笑する謎の人物。ひとしきり笑った後に真面目なトーンで語りだす。
『この世界は全てが嘘っぱちなのさ。何処かの誰かさん達にとって都合の良い現実なんだよ。――今疑ったよね絶対……なら証拠を見せてあげよう』
アルニカが感じていた妙な違和感が強くなる。
(もしかするとこの声の主は……いえ、これで良かったのです。嘘を吐き続けてきたのは事実。後は国民の皆様が決めること……)
死刑執行を待つ罪人のような気持ちになるアルニカ。彼らの反応が気になるが、最後に目に入ったのはジークであった。
(これで、ラギアスである彼の気が少しでも晴れれば……もうそれで)
『ディアバレト王家が勝手につくッ――――⁉︎』
悪意を孕む声が急に途切れる。何事かとアルニカが顔を上げた瞬間、轟音と衝撃に見舞われる。
社交界の会場であるホールの中央に設置された大きなテーブル。豪華な料理や酒が並べられたテーブルが粉々に砕ける。
かろうじて確認出来たアルニカの視界には、小さな人影を叩き付けるジークの姿があった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「――グゥッ⁉︎」
「口がよく回るガキだな」
衝撃によりテーブルが砕け料理や酒が飛散する。赤ワインをモロに被ったのか、クロテッドとツァイティは真っ赤に染まっていた。
「な、んで……何でラギアスのお前がここにいるんだよ⁉︎」
「託児所と間違えたのか? 下調べもなくこの場に来るとは間抜けだな」
「あり得ないだろッ⁉︎ 王族がいる場にラギアスがいるなんて……」
――ズドンッ!!
ジークが一発、拳を打ち付ける。
衝撃によりホールが再び揺れる。
「やはりな。貴様も
「僕の……空間にどうやって入った?」
「バカなのか貴様は。一度見た魔法に後れを取ると思うのか?」
「あの時は入口を用意していたからだよッ! 完全に断絶された空間なんだぞ……あり得ない」
この場にいる者達で状況を正確に理解出来ている者は少ない。だが、ジークが潜んでいた侵入者を引き摺り出し、圧倒していることは分かる。
多くの近衛師団や騎士団が手出しの出来ない状況を一人でひっくり返すジーク。空気が変わりつつある。
「殿下お怪我はありませんか?」
「アクトル……彼は一体……」
何者なのか。
武を嗜まないアルニカから見てもジークの力は異常であることが分かる。武に秀でたラギアスなど歴史を振り返っても聞いたことがない。
ジークの話はよく耳にはしていたが、実際に目の当たりすることで初めてその存在を認識することが出来るのかもしれない。自然と目が惹きつけられていた。
「何故ですか。何故彼は止めたのです……黙って成り行きに任せれば、ラギアスに向けられる目は変わったかもしれないのに……」
「興味が無いのでしょう。私達とは根本的に考え方が違うのです」
ジークがディアバレト王家に恨みを抱いているのは先の会話から間違いない。恨みを晴らす絶好の機会を何故無駄にしたのかアルニカには理解出来ない。
ラギアスがこれまでしてきた悪行全てが許されるわけではないが、世界の真実が明るみとなれば批判の矛先は王家に向くことになるのだから。
「彼の存在は
何かを思い出すように語るアクトル。
「状況次第では処分する。それが私の出した答えでした。――彼はそれだけ異質でしたから」
名状しがたい感情をアクトルから感じる。
恐れや不安に後悔。色々な感情が複雑に入り交じっている。
アルニカは思う。ある意味ではアクトルもまた被害者なのかもしれない。他の継承者達と同じように重荷を背負っていること。生まれながらにして公爵家の役割を強要されることを。人を自ら望んで殺めたいと思う人間などいるはずがないのだから。
「結果的には失敗しました。彼は人の手で対処出来る存在ではありません。――危うく私が消されかけました」
自嘲まじりに当時のことを話すアクトル。
諜報機関が一度決めた選択を覆すことなどそうそう無い。シエルの件だけでも異例と思っていたが、それ以上のイレギュラーが発生していた。
「殿下が、王家が彼とどのように向き合うのかは分かりませんが、仮に敵対を選択するのであれば……覚悟を決めた方がよろしいかと」
「……分かりません。貴方達の過去を考えれば今の関係には矛盾しかありません」
「そうですね。私もそう思います」
抵抗を試みる侵入者を完全に制圧しているジーク。会話の内容が耳に届くことはないが、何かを話しているように見える。
「彼が何の目的で行動しているのかは分かりません。何故あれ程までの力を有しているのかも。――ですが」
氷魔法で形成された十字架が現れる。侵入者を磔にした十字架はホールの高い位置まで浮かび上がる。大勢の者達が見上げる形となる。
「彼は何かに抗っているのかもしれません。私はそう感じました」
「……」
「もしかしたら彼なら『
真っ直ぐ侵入者を見つめるジーク。その瞳には何が映っているのか。
「サウザンドソード」
空中に浮かぶ十字架の周辺に冷気を放つ千の剣が現れる。侵入者は必死に抵抗しているようだが拘束から逃れることが出来ないでいた。
「じゃあな。もう散れ」
ジークの発言と共に冷剣が一斉に侵入者へと突き刺さる。何本、何十、何百本と止まることなく全ての冷剣が招かれざる客を貫く。余りにも惨たらしい様子に目を塞ぐ者もいた。
ジークが拳を一握りする。それが合図だったのか、十字架と冷剣は輝き出し一斉に暴発する。
目を閉じ、慌てて伏せていた者達が再び目を開くと、侵入者は跡形も無く消え去っていた。
目まぐるしく変わる状況に言葉を失っている彼らにアクトルが一言告げる。
「皆さん、ご覧の通りです。――国を裏切れば
ホールの中央に一人佇むジークはつまらなそうに、こんなものかと呟いていた。
招待客や警護の者達の記憶に鮮明に刻まれる出来事。ラギアスには下手に手出しをしてはならないと全員が認識していた。
アルニカの判断で社交界はお開きとなる。
長年続く伝統ある王家主催の社交界が賊の侵入により中止となるのは異例であった。
二年前から続く王国を揺るがす数々の事件。聡い者は今回の出来事も一連の事件に関連する物だと考えている。
大国としての盤石な土台は揺らぎつつあった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「どうするんだ兄さん……」
「知るか! お前も少しは考えろよッ!」
ワインを被り真っ赤に染まったクロテッドとツァイティ。普段であれば怒り狂い、直ぐに身なりを整えるのだが彼らはそれどころではなかった。
「もう計画はお終いだ。あいつはラギアスに殺された。つ、次は僕達の番だ……」
「くっ……俺達には力があるだろ」
「その力もあいつから渡された物じゃないかッ! ……ラギアスに簡単に消された。あの場には公爵家もいた。もしかしたら、もう直ぐそこまで」
ガタガタと震えるツァイティ。社交界で見たジークの姿はまさしく悪魔そのものであった。それが自分達の首を刈りに来ると想像しただけでも震えが止まらなくなる。
「今更引けるわけないだろ! ……俺達の目標はあの悪魔じゃない、アーロンだ! 力もある、例のブツもあるんだ。俺があいつに劣るわけがない」
クロテッドの手には小さな瓶がある。不可思議な液体が怪しげな光を放っている。
「作戦が上手くいけば俺達はいくらでも変われるんだ。仮に公爵家が俺達の謀反に勘付いていたとしても関係ない」
「な、なら作戦決行は……」
「明日だ。明日作戦開始と同時にお前は指示通りの場所へ向かえ。あいつの他の仲間がいるはずだ。もう後戻りは出来ない」
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