第二十九話

 激しく魔法が飛び交い剣技の応酬が繰り広げられる。二年前よりも戦闘。両者の成長が顕著に現れていた。


「シュッ! シュッ! シュッ!」


 レイピアの特性を活かした刺突に素早く放たれる雷魔法。アーロンの持ち味を前面に出した戦闘スタイルはより磨きがかかっていた。


「ふん、多少速い。……それだけか?」


 体を逸らし刺突の連撃を躱すジーク。時に剣で受け流しながら捌いてゆく。レイピアに時折乗せられる雷魔法を瞬時に見分けながら戦闘方法を変えていた。


「そうこなくては、我が好敵手よ! ボルトウィップ!」


 バックステップから繰り出される雷の鞭。

 レイピアに付加することで遠距離攻撃を可能とした魔法武器を振り回すアーロン。広い訓練場を活かした攻撃にジークは防戦を迫られる。


「まだまだ円舞は終わってないよ! ライトニングスピア!」


 鞭を器用に操りながら新たな魔法を放つアーロン。二重詠唱ダブルキャストをいとも容易く行使する姿はまさに秀才。かつての神童の名は色褪せていなかった。


「……」


 迫り来る魔法の嵐を躱し続けるジーク。訓練場を縦横無尽に駆け回り、氷の足場を中に発生させ空間全域を飛び回る。


「君には翼があるのかなッ⁉︎ なら、これはどうだいッ!」


「調子に乗るなよ」


 ジークの姿がブレるように消える。気付いた時にはアーロンの上部に移動していた。


「月下衝」


 月を描くように振り落とされる蹴り技。死角から繰り出される転移を合わせた体術技はジークのオリジナルであった。


「くっ⁉︎ 何のこれしき!」


 ノールックで転がるように攻撃を避けるアーロン。

 ジークと共に数々の仕事をこなしてきたからこそ分かる経験則で反応する。そのまま雷魔法を周囲に発生させることでジークの追撃を防ぐ。


「油断も隙もない。君が相手だと間合いなんて最早意味を成さないね」


「面倒な奴め。今ので終わらせる予定だったんだがな」


「ハハッ、恐ろしいね……」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ジークから放たれるプレッシャーに体が竦む感覚を覚えるアーロン。これが真っ当な殺し合いなら直ぐに決着がついただろうと分析する。


(本当に恐ろしい相手だ。だが君は私の敵ではない)


 ジークを侮っているのではない。そもそも命の取り合いをする必要がないのだ。ジークを友人だとアーロンは認識している。

 決闘などと大それた言葉を使ったのは今の自分の全てをジークにぶつけたいと考えたから。そしてあることを伝えたいと願ったからであった。


 イゾサール侯爵家というディアバレト王国で地位と権力を持つ名家に生まれたアーロン。

 誰もが羨むような出自であったが当の本人は大して興味はなかった。

 

 侯爵家の三男として生まれたアーロンには家を継ぐ資格がなければその気もない。それを何度も兄達に説明しても理解されることなく排斥される日々。

 得意の細剣術や雷魔法はアーロン個人の存在を認めてもらう為に努力を重ねて得たものであったが、それが却って軋轢を生む原因になってしまった。

 近衛師団と諜報機関。二つの顔と立場を使い分ける日々は次第にアーロンの心を磨耗させていった。


 ――ただ認めて欲しいだけだった。二人の兄に。血を分けた兄弟であることを。


(君に出会ったのはそんな時だったね)


 天から降り注ぐ氷の雨を撓る雷の鞭で叩き落とす。全てを防ぐが油断をする暇はない。

 悪寒を感じすぐさま飛び退くアーロンの頭上を死神の鎌が通過する。魔法で形成された大鎌をジークは軽々と振り回していた。


 アクトルの指示により初めてジークと対面した時に感じたこと。それは孤高であった。

 ラギアスとして向けられる嫌悪の視線を意に介さない不遜な態度に、実力者達を前にしても止まることのない罵詈雑言。

 世界の全てを敵に回すような立ち振る舞いに衝撃を覚えた。何が彼をここまで突き動かしているのか気になった。色眼鏡で他人を見ることをしない、全てを平等に拒絶するジークに感銘を受けたのだ。


(父は私を道具として扱った。兄達は私を認めてくれなかった。世間は天才としか見てくれない。ただ一人、君だけが私を特別扱いしなかったんだ)


 なりふり構わず生きるジーク。ラギアスの立場をもろともせずに進み続ける孤高の存在。そんな彼の見る景色を共に見てみたい。その為に力を振るいたいと思うようになった。


(世間で悪く言われているラギアス。その真実はどうでもいい。君が悪に手を染めるなら……共にその悪道を歩もうじゃないか)


 進み続けるジーク。輝きを放つラギアスの悪魔。

 その彼の歩みが止まろうとしている。光に陰りが生じている。――そのようなことはあってはならない。彼は彼でなければならない。覇道を阻む者がいてはならないのだ。


「イゾサール流宮廷剣術……」


「――遅い」


 殺気や魔力、気配の全てがジークから消失していた。無となったその一撃をまともに受け地面を転がるアーロン。壁にぶつかることでやっと静止する。


(重い蹴りだ。でも、あの時の君なら……今の一撃で沈めていたはずだ)


 アーロンが強くなっていることも理由ではあるが、それはジークも同じ。であるなら他の要因がジークの足枷となっている。――そのようなことは認められない。


(ならば私が……君の足枷を壊して見せようじゃないか)


 黄色い雷は次第に色を変え青白く変化する。アーロンの口から漏れた血と混ざり合うように最後には赤雷となる。


「イゾサール流宮廷剣術 鳴雷」


 赤く轟く雷を身に纏うアーロン。

 今のアーロンが持ち得る最大の力でジークを迎え撃つ。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 赤い雷を身に宿したアーロン。雷魔法の特性を考えれば身体能力の向上が予想されるが、そもそも雷魔力を鎧のように纏う戦術は初めて見た。原作に無い戦闘スタイルに警戒感を露わにするジーク浩人


「カラミティサンダー!」


「⁉︎ クソがッ!」


 地面を噛み砕くように進む赤き稲妻。速さと殺傷能力を兼ね備えた複数の雷が対象を喰い殺そうと迫る。


「アイシクルプロテクト!」


 咄嗟に形成した魔法で攻撃を防ぐが、氷壁を掻い潜った一部の稲妻が牙を剥く。


「魔法にはがあるんだったな」


 剣を抜き一閃。赤く染まった顎は一瞬で霧散する。

 

(連携魔法を一人でやったのか? 速すぎる)


 魔法の連撃を止める為にアーロンを狙うが本人は姿を消していた。雷を纏った高速移動により背後を取られる。


「ワッツ⁉︎ 何故ついて来れるッ⁉︎」


 刺突を剣の腹で受け止めるジーク。そのまま剣技の応酬となるが強化状態のアーロンに遅れることなく捌き続ける。


「バカが。力の無いラギアスに価値は無い」


「ならば、今の君がまさにそれだ……」


「――何を言っている?」  

 

 激しい応酬が止まり鍔迫り合いのような形となる。

 依然アーロンは雷を纏った状態。赤い雷は地を這うように周囲に迸る。


「初めて戦った時の君はこんなものではなかった。揺るぎない意志で私をコテンパンにした。――それが今の君は何だ? 迷いが剣に魔法に表れている」


「……」


「例えるなら、君は当時よりも強い剣を手にしたかもしれない。だが――それを振るう者が弱くなっている」


 ジークが剣で浩人が振るう者。

 浩人の事情をアーロンが認識しているとは思えないが、そう言われているような気がした。


「もっと速く! 私はまだ舞える」


 アーロン怒涛の連続の刺突。

 身体強化の影響だけではない。アーロンから伝わる決死の覚悟が更に後押しをしている。次第にジークの剣は遅れ、防戦を強いられる。


「気付いているかい? 君のスピードは段々と落ちてきていることを。こうも連続で雷魔力の影響を受ければ当然さ。……普段の君なら長期戦を良しとはしなかったはずだ!」


『ウィッシュソウル』の戦闘には状態異常システムが採用されている。属性が乗った攻撃を受けた際に毒や凍結、火傷に呪いなど多くの副次効果を受けるのだ。

 メインキャラ達は各キャラによって耐性値が異なるが、それは敵も同じ。特にボスキャラについては耐性が高く設定されている。ジークもその一人であったがそれを上回る感電効果をアーロンは手にしていた。


「君は何の為に今まで戦ってきたんだッ!」


「――分かったような口を利くなよ」


 剣を自ら放り捨てるジーク。

 氷で形成した盾に持ち替え、強引にレイピアの刺突を防ぐ。空いた片腕でアーロンを掴み動きを封じていた。


「分からないさ。君は自分のことを話そうとしないからね」


「自惚れるなよ部外者が……」


 アーロンが纏う雷は直接触れているジークにまで広がりを見せる。身体の内側から焼かれるような痛みに顔を顰める。


「部外者ではないよ。言うならば私は……共謀者だ」


「……」


「イゾサール家も近衛師団も……諜報機関すらどうでもいい。私は私だ。望むままに生きたいんだ」


 赤雷が耐久値を超えたのか、アーロンの持つレイピアは弾け飛びジークの氷の盾は砕け散る。

 そのまま取っ組み合いとなる両者。


「マイフレンド……君はどうする? 他人の為に己を捨てるのか? 理不尽な世界の為に命を燃やすのか?」


「……」


「心のままに、生きればいいじゃないか。それだけの力が君にはあるのだから」


 内側から刺すような痛み。

 雷の影響なのか目の前の戦士による言葉が理由か。

 アーロン自身も相当無理をしているのだろう。堪えるように苦しげに力を維持している。――それは一番身近な誰かの姿と重なる。


「ククッ、成る程な」


「⁉︎ サプライズ……」


 絆されたわけではない。信用も信頼もない。

 この世界に来てしまった時から浩人は常に独りだった。ラギアスであるジークも世界の異物である浩人と同じように孤独であった。だから力を付けた。生き残る為に、誰にも負けないように、最後に笑っていられるように。

 この世界の人間には到底理解されない考え方。それも仕方ないと割り切っていた。根本的に作りが違うのだからと。


「これだけの雷魔力を常時展開するには、それに耐え得る身体が必要というわけか……」


「私が、何年もかけて習得した鳴雷を君は……」


 だが目の前には自分と同じような異物がいる。この世界から見れば歪んだ存在。周りから理解を得られない異分子が。――使


 轟くように鳴り響いていた雷鳴がやがて二つとなり重なり合う。力を増幅した稲妻は訓練場に迸る。


「チッ、制御が面倒だな。実戦では使えないか。……それでもう終わりか? 何やらホザいていたが」


「……治癒魔法も同時に展開しているのか」


 焼ける身体を魔法で治す。不足している耐性を治癒魔法で補うという力技。

 面倒事は力で強引に対処する。これまでと同じ。そしてこれからも。


「楽しませてくれた礼だ。――これで散れ」


三重詠唱トリプルキャストだって⁉︎ 君は賢者の身内なのかッ⁉︎」


 ホザけと否定するジーク。あのような隠れ脳筋爺と一緒にするなと内心でも否定しておく。


 両者の頭上に現れたのは冷気を放つ巨大な水瓶。中には触れたものを瞬時に凍結させる未知の液体。冷界にあるとされるこの世界にはない物質であった。


「俺は雷を耐えた。さて、貴様はどこまでこの冷気に抗える?」


「我慢比べということか……オフコースッ! 私がライアーでないことを証明しよう!」


 身構えるアーロン。逃げる素振りを見せない姿からは覚悟が伝わってくる。その様子を見て小さくバカがと呟くジーク。水瓶は消失した。


「? 何故……」


「ふん、くだらん余興は終わりだ」


 全ての魔法を解くジーク。気が抜けたのかアーロンはへたり込んでいる。魔力切れを起こしていた。


「都合良く使える駒を壊すわけないだろうが」


 淡い光がアーロンを包む。受けた傷はジークの治癒魔法によって完治していた。


「死ぬまで使い潰してやる。精々覚悟しておくんだな」


 アーロンを置いて訓練場を後にするジーク。

 霞がかった思考が晴れる感覚は久しく、気持ちが少し楽になった。それがアーロンによって齎されたのは癪ではあるが。

 

 難しく考え過ぎていたのかもしれない。結局のところ、何を思いどのように行動しようが最終的に求めるものは同じなのだ。

 シナリオに恭順する必要はない。自己犠牲など以ての外。気に入らない相手は全て叩き潰す。必要ならば手を汚す覚悟を。目の前で人が死ぬなら無理矢理救ってやればいい。自分と無関係な連中が勝手に退場するなら放っておけばいい。そんなことは知らん。

 ジーク浩人にはジーク浩人のやり方があるのだから。


 訓練場の扉を開けて出るとそこには多くの人だかりが。冒険者協会の職員や冒険者の姿があった。

 あれだけ激しい戦闘を行ったのだ。上階にまで音や振動が響いても仕方ないのかもしれない。


「失せろゴミ屑共」


 蜘蛛の子を散らすように逃げていく見物人達。

 彼らの後をゆっくりと進んで行くジークであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ジークが去った訓練場に一人残されたアーロン。傷は全て癒えていたが消費した魔力の回復には時間がかかる。地べたに腰を下ろし休んでいた。


「ハハッ、そうこなくては……」


 荒れ果てた訓練場を見て思う。結果だけならアーロンが善戦していたかのように見えるが、実際のところは完敗であった。ジークが一枚も二枚も上手だった。


(二年前と同じだ。コテンパンにされたのに心はとても晴れやかだ)


 笑顔を浮かべ大の字になるアーロン。このような姿をイゾサール家の人間に見られたら何を言われるかは分からない。――だがそのようなことはどうでもいい。


(やはり私の目に狂いはなかった。彼となら……)


 何処までも共に歩める。そんな気がした。


 


 余談ではあるが、ボロボロになった訓練場の修理費については回り回って何故かアクトルに請求されたのは別の話である。


「なッ⁉︎ 何ですかこの請求は⁉︎」

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