第二十六話

 日が沈み王都の街並みが街灯に照らされる頃、アーロンとジークの姿は平民街にあった。

 貴族であるアーロンに平民街を案内されるのは意外な体験ではあったが、直前まで夕食の話をしていたことから隠れた老舗にでも案内されるのかと思っていたのだが。


「本当にバカだな貴様は。ただの民家に何の用がある?」


 案内されたのは王都で一般的な造りをしている住宅の一つ。中には住民がいるのか灯りが窓から漏れていた。


「心配することはない。に食事に招待されたことがあってね」


「……それはいつの話だ?」


 二年前さ!と大きな声で答えるアーロン。近所の飼い犬が驚いたのかキャンキャンと怯えるように鳴いていた。


「ほう? つまり貴様は約束も無しにこの場に来たとほざいているのか?」


「照れることはない。私達はきっと理解し合える」


 どこからその自信が湧いてくるのか。

 要は二年前の社交辞令を真に受け、何故か二年越しに招待された食事の場に赴いたということである。しかもアポ無しで。関係の無いジークを連れて。


「ボロ小屋に突っ込みたいなら貴様一人で行け」


「ボロ小屋ではないよ。コンパクトなウェアハウスじゃないか」


 家の前で会話を続けるアーロンとジーク。傍から見れば二人して他人の家に暴言を吐いているような状況である。しかもアーロンに関しては悪意の無い発言だからこそ余計にタチが悪い。


「庶民の食生活を知るのも貴族の伝統さ」


「バカなのか貴様は? そんな伝統あってたまるか」


 騒ぎに気付いたのか、周囲の住民達が窓からジーク達に目を向けていた。

 このままでは本当に通報されかねない。そう思い移動しようとするジークであったが、無情にも先手を取ったのはアーロン。アタック!と叫びドアノッカーを鳴らしていた。


「やぁ! 私が来たよ」


「……」


 建物の中には人の気配はあるが、住民が姿を見せることはない。当然ではあるが完全に警戒されていた。


「おかしいな……君に気遅れしてしまったのかな?」


「貴様のイカれ具合に驚愕しているんだろうな」


 両者共に自身に非は無いと思い込んでいるが、どちらも不審者であった。

 不毛なやり取りを続けるうちに痺れを切らしたのか、中の住民が扉を開けて出てきた。


「……お前達、人の家の前で何をしている?」


 堅気には見えない凶悪な人相の男性が現れジークの警戒感は一気に膨れ上がる。大柄な身体に綺麗に髪が剃られた頭。額から左目にかけて残る大きな切り傷。

 ここは平民街にある監獄なのかと勘違いしても仕方がない状況。だがアーロンに慌てる様子は見られない。それどころか旧友に再会したかのようなフレンドリーな態度を取っていた。


「チャオ! ミスターバート。元気そうで何よりだ」


「……アーロン・イゾサールか。それと」


 思い返される二年前の記憶。

 領主会談の護衛として集められた場で対面したマリア教会の人間。模擬戦と称して行われた戦闘で冒険者達を叩きのめして睨まれたこともあった。今思えばアーロンもその一人であった。


「ジーク・ラギアスか。……背が伸びたな」


「ふん、貴様は相変わらず悪人面だな」


 バート・ピナス。見た目にそぐわない正真正銘の神官。マリア教会のバートと不思議な縁で再会した。


「招待? 一体何の話だ?」


「そう畏まらなくていいよ。何かあれば’俺を頼れ’と言ってくれたじゃないか」


「……’俺’というのは教会という意味だ。それに’何かあれば’ではない。負傷した際は治療をしてやると言った」


「う〜ん、シャイだねミスターバート。しかしその謙虚さが貴方の魅力なのだろう」


 勝手な解釈をして納得をしているアーロン。そのアーロンを冷めた目で見ているジーク。

 大方アーロンの暴走に巻き込まれたのだろうとジークを不憫に感じるバートであった。


「家族に話をしてくる。少し待っていろ……静かにな」


 家の中に戻るバート。すぐ近くに家族がいたのか話し声が聞こえる。その後扉が勢いよく開き妙齢の女性が現れる。


「まぁまぁまぁ! お二人が主人のお友達ですね! 随分とお若いこと!」


 輝くような笑顔を向けてくる女性。発言からしてバートの妻なのだろう。その女性をバートは宥めていた。


「落ち着けカレン。こいつらは……」


「お友達? ――! そう、我らは共に王都を守る戦友なのさッ!」


「やっぱり! ……あらいけない。いつも主人がお世話になっております」


「そんなことはない。私も助けられているよ」


 勝手に話を進めるアーロンとカレンに置いてけぼりのジークとバート。


「夕ご飯の途中だったのよ。今日は作り過ぎたからちょうど良かったわ!」


「なるほど。ではご相伴にあずかります」


 どうぞどうぞと招かれ家の中に入るアーロン。流れるような展開の早さである。


「……おい、何故止めない?」


「ああなったら妻はもう止まらないからだ」


 溜息をつくバート。仕方なく二人も続くのであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 招かれた?食卓の席に着くアーロンとジーク。バートとカレン、そして夫婦の娘であるフィリアと食事を共にしていた。


「デリシャス! 非常に興味深い料理だ」


「まぁまぁ、ありがとうございます。主人がお友達を連れて来ることなんてないから嬉しいわ」


 笑顔を浮かべるカレンに大きなリアクションのアーロン、そしてアーロンを不思議そうに見ているフィリア。独特な空気が流れている。

 

 会話に混ざることなく淡々と食事を進めるジーク。アーロン程ではないが内心驚いていた。

 普段ラギアス家で出されている料理は高級食材をふんだんに使ったものばかり。この世界に来てからはそれが当たり前であり、出先ではほとんどを軽食で済ませていた。食事は空腹を満たす手段であり、味はどうでもよかった。


「パパ? このお兄ちゃん変だよ?」


「……人を見た目で判断するのはよくないぞフィリア」


「その通り! 一人一人がスペシャルなのさ」


 これがいわゆる家庭料理なのだろうか。何処か懐かしさを感じる料理に温かい家族の団欒。

 ラギアス家では先ず考えられない。会話はあるがそれはコミニュケーションではなく事務的なものであったり、打算的な内容がほとんどであった。


「僕の口にはあっているかしら?」


「……」


「うん、彼はトレビアンと言っているようだね」

 

 目的は生き残ることであり、必要なのは力だけであった。信用出来るのは己自身。横の繋がりなど考えたこともなかった。


「そう? 食べ盛りなんだから遠慮したらダメよ?」


 世界から見ればジーク浩人は異物であり、ジーク浩人から見た世界は仮初だった。上辺だけの偽物がどうなろうが関係なかった。


「本当に素晴らしい料理だ。ミスカレンは王宮の料理人にも匹敵するね」


「まぁまぁお上手なこと。主人にも見習ってほしいわ」


「……俺にこれを求めるのか?」


 目の前の人間達も生きている。理屈では分かっていても、心の奥底では否定していた。一歩引いた場所から眺めていた。その方が……楽だったから。


「失礼。少しお手洗いに」


「……そちらの奥だ」


 ただ存在するだけで疎まれた。何をしても、何もしなくとも否定された。だから、そんな奴らは消えてしまえばいいと考えた。


「……お兄ちゃんどうしたの? お腹痛い?」


 悪意には悪意を。正義を騙るつもりはない。これまでも、これからも。


「――おい、いつまでこの茶番を続けるつもりだ? いい加減教えてやったらどうだ? 俺がだということを」


 何故ジークに憑依してしまったのかは分からない。だが今の自分は世界から見ればラギアスであり最低最悪の悪役なのだ。

 なら、その無垢な瞳を悪意に塗れた憎悪の色に染め上げたとしても許してもらえるだろう。あいつはラギアスなんだからという理由で片付けてくれるから。


「? ラギアスってなぁに?」


「ハッ、歴史を知らないのか? 俺との接触は貴様の人生の汚点となる。ラギアスは国一の悪党だ」


 五歳程度の子供なら仕方がないのかもしれない。だが本能では理解しているだろう。この世界の人間はそのように作られている。


「……? お兄ちゃんは悪い人じゃないよ。優しくて、泣き虫なお兄ちゃんだよ」


「……何を言っている貴様? その歳で壊れているのか? 哀れだな」


 時間を無駄にしたと席を立つジーク。やるべきことは他にも沢山ある。もっと力を付けなければならない。全ての理不尽を撥ね除ける程強く。


「そうねフィリア。このお兄ちゃんは優しい人ね」


 娘を慈しむように優しく語りかけるカレン。そして温かな目をジークに向けてくる。


「……バカなのか貴様は。俺はラギアスの人間だ」


「知っているわ。あなたはジーク・ラギアス。傷だらけの、ちょっと寂しがりな英雄よ」


 言葉が通じていないのか、会話が成り立たたない。


「あなたが拘っているはそんなにも特別なのかしら?」


「拘っているだと? 貴様もイカれているのか?」


「人は生まれた瞬間からその人なのよ。家も育ちも関係ない。――あなたはあなたよ」


「…………」


 意味が分からない。目の前の人間は何を言っている。


「……小僧。今は分からなくてもいい。いずれ、その時が来るだろう」


 ジークが言葉を失っているとアーロンがステップを刻みながら戻ってくる。


「待たせたね諸君。さぁ食事を続けようじゃないか」


 再び席に着くジークであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王都から離れた位置にある廃村。人の気配の無い打ち捨てられた村の教会に彼らの姿はあった。


「了解で〜すリーダー。そっちはそっちで頑張りなよ。まぁ念の為見張っておくけどね」


 一人の人物が教会から出てゆく。


「皮肉なもんだな。本当に……」


「そうかな? 喜劇みたいで楽しいじゃん」


「……お前よりゲスな奴はこの世にいないな」


「そりゃあね? ……ロヴィンズも逝っちゃったか」


 同胞の亡骸に目を向けるデクスとパリアーチ。

 ロヴィンズの腕は断ち切られ、全身が何かに焼かれたように変色していた。


「当初は街二つを堕とす予定だったんだけどね。『鍵』の所在をハッキリさせただけでも上出来かな?」


「気に食わねえ奴だったが最後は務めを果たした。なら、もう言うことはねぇ……」


 デクスの瘴気に包まれ少しずつ消えてゆくロヴィンズ。最後には跡形も無く消滅していた。


「これが『鍵』の力か。俺の力が通りにくい。銀の聖女と同様に厄介だな」


「本質はある意味と同じだからね。あ〜考えただけでもイライラするね」


 つまらなそうに足元の小石を蹴るパリアーチ。子供がいじけているように見える。


「それで、お前の方は大丈夫なんだろうな?」


「もちろん! 仕込みはバッチリだよ。後はいつ芽吹くかだね」


「ならいいが……王都には奴がいる可能性があるが?」


「それはどうかな? 反感を買うから遠避けると思うけど……」


「……俺はもう奴とは戦わん。お前でどうにかしろ」


 疑いの眼差しをパリアーチへ向けるデクスであった。

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