第四話
ロッシュバードの群れとの戦闘。思わぬイレギュラーに『デュークガード』の騎士達は浮き足立ったが、それを難なく処理したセレン。以降は大きなトラブルなく進み一行はとある宿場町へとたどり着いていた。
「目的地の農村までは距離があるし、襲撃を考えれば野営はベストとは言えない。このような旅路も悪くないと思うよ」
「ふん、貧弱な連中だな」
農村民失踪事件の調査も目的ではあるが、シエルを守り襲撃者を捕縛することも考えなければならない。滞在場所を設定して着実に進んで行くことは悪くない選択であった。
「王都内での任務が多い彼らには中々堪えたんじゃないかな? おっと……噂をすれば」
騎士達を複数引き連れたマエノフが二人の前に現れる。出立前に輝いていた自慢の鎧は今では土埃で汚れ細かな傷ができていた。
「ミスター……
「⁉︎ ……マエノフ・プロトコルです。以後お見知り置きを。用があるのはラギアスの方です」
「俺は貴様に用はない。速やかに消えろ」
「何だその態度は⁉︎ このぼ、私が話しかけているんだぞ! 本来であればラギアスが一生関わることの出来ない存在だ!」
顔を真っ赤にして喚き散らすマエノフ。周りの騎士も同じように怒りを露わにしていた。
「くどい。さっさと結論を言え」
「⁉︎ ……ラギアス、お前の役割は何だ?」
感情を噛み締め怒りを堪えるマエノフ。口撃技術は相手が遥かに格上であると既に学んでいた。
「冒険者として雇われたのがお前のはずだ! ならば、何故先陣を切らない? 最後尾でこそこそと恥ずかしくはないのかッ⁉︎」
「バカなのか貴様は? 露払いは貴様らの務めだろうが。まぁその役目すらあの女一人に奪われた貴様らには同情するがな」
「黙れッ! 今回の任務は特殊な事情が多くある。政治も知らない、王宮事情も疎く、ましてや神聖術を使えないお前の出番は限られている! 魔物の相手はお前だけで十分だ!」
怒号を飛ばすマエノフ。疲れたのか息を切らしていた。
「そうか。なら貴様は何の為に存在する? 散歩にでもきているのか?」
「ふざけるなッ! 私はシエル様を御守りし、必要ならば神聖術で民を癒す。その為にこの場にいる! 金の為だけに行動するお前らラギアスとは違うのだ!」
「そうか。それはよかったな。貴様は最高だ」
やり取りに飽きてしまったのかマエノフ達を無視して宿へ向かうジーク。
「勘違いするなよ! 護衛の関係上同じ宿が用意されているが、シエル様のフロアは立ち入り禁止だ。お前のような小僧は近寄ることすら認めん!」
何が気に食わないのか、ジークに対して怒号を飛ばすマエノフ。周囲の客は物珍しそうにマエノフ達を見ていた。宿場町として栄えているこの地は常に一定数の利用者がいる。マエノフの存在もあり周囲からは浮いていた。
「……いい加減鬱陶しいぞ。黙って寝ていろ」
足を止めたジークが視線だけをマエノフに向ける。その瞳は他者を拒絶するかのような冷たさを含んでいた。
「ふう……リトルヤング。お大事に」
静観していたアーロンが一言発する。マエノフから大きく離れ迂回するように宿の方角へと離れていく。残されたのはマエノフと騎士達だけである。
「な、何を言っている? そ、そんな距離から睨まれたところで――⁉︎ どわぁっーー⁉︎」
ジークは一歩も動いていない。一瞬だけだが瞳が光ったように見えた。後は何が起きたのか分からなかった。何かに弾き飛ばされるような感覚を受け、マエノフ達は全員水路に叩き落とされていた。
周囲の客は見せ物だと勘違いしたのか拍手が湧いていた。
「マーベラス! 素晴らしい余興だったよ」
「静かにしろ。貴様も加わるか?」
「ノンノン、役不足だよ。僕にはもっと相応しい舞台があるのさ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
拍手が湧き起こる傍ら、離れた位置から注意深くジークを見つめる二人の人物がいた。
「うげぇッ⁉︎ 何でラギアスがいるのさ⁉︎」
「おかしくはない。公爵家と連んでるなら尚更な」
少年とも少女とも取れる見た目。小柄な体格で幼さを感じさせる。一方は対照的で体格がよく、二メートル近くある男性である。
「でもラギアスだよ? 世の為人の為に、ましてやディアバレトの為に行動する訳ないじゃん」
「理由は何でもいい。この場にいるのは偶然じゃないはずだ」
計画の為に何年も前から暗躍してきた。その初手が二年前のアピオンである。今思えば計画の影には常にラギアスの子息が絡んでいた。
「まともにぶつかっても……いや搦手でも勝てっこない。あれは全盛期の
「パリアーチ。お前は二年前に直接見たんだったな。……奴のおかげで計画に遅れが出た」
アピオンに王都に入団試験。計画は阻まれ同胞は捕まった。情報漏洩の可能性はほぼ無いが、重要なのは組織ではなく、たった一人の人間によって計画を変更せざるを得ない状況に陥ったことである。
「聖女様は一旦諦めようよ。僕はもうラギアスとは関わりたくない。それに
「だからこそだ。……だからこそ奴との接触が必要なんだ」
目を細め拳を強く握る大柄の男性。その表情は決意に満ちていた。
「奴は理解しているはずだ。この国の、この世界の歪みを……。ラギアスだからこそな」
「まさか……こっちに引き込むつもり? 冗談キツイよそれは。――いいかい? あれは災厄なの。人の手には負えないの」
力説するパリアーチ。王都の郊外で見た古代魔法。世界の理を破壊するその力は今でも印象深く残っている。
「なら諦めるのか? 俺達は何の為に存在する? ……ラギアスがこちらに加わらなくとも障害になるなら消さないといけない、そうだろ?」
「はいはい、分かってますよ。……ラギアスも人の子ならやりようはいくらでもあるか。後は神頼みかな……?」
「お前がそれを言うか? ――この世界に
「デクスやる気いっぱいだねぇ。――それにしても、何だか面白そうな人がいる……掘り出し物があるかもね!」
✳︎✳︎✳︎✳︎
夜の宿場町を歩く黒髪の青年。
町にたどり着いた時に感じた視線。その違和感の正体を確かめるために警戒も兼ねてジークは見回りをしていた。
町に来た夕方とは異なり出歩く者はほとんどいない。宿場町と言うだけあり宿は豊富にあるが、観光地として栄えているわけではない。夜は静寂に包まれるのがこの町の常であった。
その静寂から外れる者がいるとすれば、悪事に手を染める人物か人目をはばかり密会を重ねる者。そのどちらかであった。
「静かな町よね。
「……」
背後の存在には気付いていた。いつ動いてくるのか。誘い出すためにあえて人気の無い場所をジークは選んでいた。
「そう警戒しなくてもいいじゃない。殺気が漏れてるわよ」
「ほざけ。妙な動きをすれば首を刎ねる」
ジークから感じる静かなプレッシャーに思わず息を呑む。下手なことをすれば本当にそうなり兼ねない。冗談を言うような正確ではないとセレンは理解していた。
ホルスターから二丁の魔道銃を抜いて地面へと置くセレン。警戒を解くには態度で示す必要があった。そもそもセレンからすれば何故ここまで警戒されているのか分からないのだが。
「慎重なのね。でも……嫌いじゃないわ」
「くだらん前置きはいい。何の用だ?」
つれないのねと悲しそうな表情を見せるセレン。あくまでも表面上だけだが。
「……二年前のお礼がまだだわ。あなたは勝手に居なくなってしまったもの」
「勘違いするなよ。俺は俺の都合で動いただけだ。貴様がどうなろうが心底興味が無かった」
「いいわそれでも。あなたに救われて、勝手に勘違いして、そしてお礼をするのよ。――ありがとう」
裏表の無い純粋な笑顔であった。セレン・ブルームが原作で主人公達に見せた屈託の無い笑み。それが
「ハッ、それだけの為に護衛対象を無視してここまで来たのか? これで何かあれば貴様の名は後世に語り継がれることになる。救いようのない無能としてな」
「心配してくれるのねありがとう。でも問題ないわ。あの子は休む時は常に結界を張っているから。神聖術の特別製よ」
ジークの罵りを軽く流すセレン。ブラッドとして接した時間は多くはないが対処法は既に研究済みであった。
「……あれからあなたを追いかけてこの国に来た。シエルに出会ってディアバレト中を回ったわ」
アピオンでシエルに出会い、色々な出来事と事情が重なった結果護衛をすることになった。
公爵家の令嬢。国の中枢を担う神聖術の使い手。ディアバレト王国の実情を知るには都合の良い立ち位置だと初めは考えていたが、今では本当の意味で護衛を務めている。シエルはかけがえのない
「領主貴族のラギアス家。どこもかしこもその悪評で持ちきりだったわ」
領民を不当に扱い圧政で苦しめている。どの街でも聞いた共通の悪評があれば、王都に魔物を放ち征服しようとしたなど耳を疑う話もあった。
「最近はジーク・ラギアスの話題が多いみたいだけどね。……人気者ね」
「黙れ」
大きな事件の裏には常にラギアスの悪童の影がある。呆れるようなこじつけもあり、思わず笑ってしまったこともあった。
「だから調べたのよ。何が真実なのかを」
「記者の真似事か? それで満足するなら一生続けていろ」
「あなた専属だけどね。……レント領。あの場所だけはあなたに対する評価が大きく異なっていたわ」
ラギアス領の隣に位置するレント領。そこが冒険者としてのジーク・ラギアスの始まりの地であった。
十二歳の少年が未知の病に冒された同年代の少年を救う。
新米冒険者でありながら数々の強悪な魔物を討伐し、時には危険に晒された冒険者や住民を助けたこともあった。
立場を利用して悪事を働く貴族は叩きのめし、街道をうろつく盗賊は一掃された。
「口が悪いは共通認識だったけど、何だかんだでレント領の人々は感謝していたわ」
ジークと関わりのある人物とそれ以外ではまるで意見が違う。ラギアスは存在全てが悪であるという常識がディアバレト王国には広がっていた。極端なまでのその考えは歪で気味が悪いとセレンは感じていた。
「呪いに王都襲撃に魔物のスタンピード。他にも沢山ある。全てあなたの功績、あなたが救ってきたはずよ。……何故この国は感謝ではなく悪意であなたを否定するの?」
今回の任務で同行している騎士達もそうである。聞けば初対面であるにもかかわらず、ジークへ憎悪のこもった目を向けていた。それはかつてセレンが父親達から向けられた視線と似ていた。禁忌の装備に手を出して家族を救った。だが与えられたのは感謝ではなく拒絶であった。
「どうして折れないの? 国全体から悪意を浴びて……私なら耐えられないわ」
「それがどうした?」
「あなた一人が傷ついて……それで満足なのかしら? 私は嫌いだわ」
「ハッ、貴様に何を思われようが関係ない。……俺は先に進む」
だから邪魔をするなと睨みを利かせるジーク。説得は無意味である。シエルからも事前に言われていた。あの方は何があっても自分を曲げることがないと。
「ふふっ、やっぱりいいわね……ジーク」
「失せろ気色悪い。……前にも貴様と同じような戯言を吐く女がいたな」
「…………それはどこの誰かしら? 詳しく教えて頂戴。――しっかりと始末しておくから」
身の毛もよだつような笑顔を浮かべているセレン。やはり要注意人物だと認識を改めるジークであった。
「話が逸れたわね。とにかく、私はあなたの協力者……いえ、共犯者とも言えるのかしらね」
ジークが悪行を重ねていないことは理解しているが、国民からすればジークは悪そのもの。そんな彼を手助けするのであれば自分は共犯者であるとセレンなりの冗談であった。
「私があなたを守るから」
✳︎✳︎✳︎✳︎
アクトルから聞いた村人の失踪事件。その農村にジーク達はたどり着いていた。
入り口には門があり村は柵に覆われている。どこにでも存在する普通の農村といった外観である。
「ふむ、何かと争った形跡はなさそうだね。表面上は……」
「そうね。中を調べてみないと分からないけど、誘拐が目的なら普通は抵抗するはずよね」
農村の前で各々が意見を述べていた。一人一人が真剣な表情を浮かべる中、マエノフ達は少し離れた位置で顔を強張らせていた。
「彼らは何をしてるのかしら? 口だけの小物が沢山いるわね」
「マイフレンドからお叱りを受けたのさ」
そういうことねと納得するセレン。
彼らの視線の先にはジークがいた。腕を組み静かに村を観察している。
「人の気配を感じません。誰かが生活していれば必ず存在する人の生命力が……」
両手を握り祈るような仕草で気配を探るシエル。この二年間で身に付けたのは治す力だけではなかった。
「なら村を直接サーチするしかないかな。マイフレンド、入ってみるかい?」
「やめておけ。もう手遅れだ。先に行くぞ」
村を調べずに次に行くと断言するジーク。普段は何だかんだで慎重なジークを見ているアーロンからすればその即決は意外に映っていた。
それでもアーロンがジークの考えを否定することはない。
「ラ、ラギアス! 勝手に仕切るな! ここが例の村のはずだ!」
怯えながらも声を張り上げるのはシエルの護衛として同行しているマエノフである。騎士を引き連れジークに近づいてくる。
「我らの目的の為なら村を調べるのは当然だ! 大体次とは何の話だ⁉︎」
「バカなのか貴様は? 他の農村に決まっているだろうが」
不遜な態度でマエノフを蔑ろにするジーク。辛辣な言葉で罵倒するが視線は村に向けたままである。その態度がマエノフの神経を余計に逆撫する。
「⁉︎ ……シエル様はそこでお待ちください。我々が村の中を調査して参ります。そして必ずや手掛かりを掴んで見せましょう。ラギアスではなくこの私が!」
敵意を剥き出しにし、意気揚々と村へ進んで行くマエノフ達デュークガード。
「止めなくていいのかい?」
「自業自得だ。奴らの命まで保証する義理はない」
先頭を歩く騎士が村に足を踏み入れる。その瞬間シエルが違和感を捉える。
「ん? ……おお、生存者か! やりましたよシエル様!」
建物の影から出てくる村人と思われる人物。農民を思わせる服装をした者はゆっくりとした足取りでマエノフ達に近付いてくる。
「! 急に気配が現れました。……しかし、あの方からは生命の息吹を感じません」
真剣な表情をしたシエルを見て何を勘違いしたのか敬礼するマエノフ。自ら先陣を切って村人へ向かっていく。手柄は誰にも渡さないといった態度である。
「村人よ何があった? このマエノフ様が助けてやろう」
「……アアァァァァ」
「何だよく聞こえないが? ……え?」
俯き加減で表情まではハッキリしないが違和感に気付くマエノフ。村人の肌は土気色のような見た目で生気を失っている。離れていて感じなかったが腐敗臭のような物も漂ってくる。
「ア、アアァァァァーー!」
急に発狂したかのような大声を出す村人。そのままマエノフの背後にいた騎士にしがみ付いてしまう。
「な、何だ⁉︎ 何をするッ!」
しがみ付いてきた村人を引き剥がそうとする騎士。周囲の騎士も協力して対応するがまるで成果が得られない。
「ダメね……騎士が邪魔で撃てないわ」
離れた位置から魔道銃を構えるセレンではあるが射線上にいる騎士がそれを阻んでいた。
「――! 魔力が急激に高まっています。あの人物からです」
熱を持っているのか熱さにより触れることが出来ない騎士達。しがみ付かれている本人の鎧は熱の影響からか、赤みを帯びていた。
「不味いわ……このままでは暴発する」
「ナイト達! そこから離れるんだ!」
パニックによりアーロンの声が届かない騎士達。マエノフに限っては腰を抜かしていた。
「チッ、世話が焼けるゴミ屑だ」
先程までアーロンの側にいたジークがいつの間にかマエノフの前にいた。ジークが唱えた魔法により騎士と
上空で光が明滅後激しい爆発音が周囲に木霊した。
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