第四十三話

 突然玄関部分を破壊され、侵入してきた少年に脅される。思考が回復するまでに時間を要しても仕方が無い状況であった。


「さ、最悪だ何てことを……! 皆さんッ、お怪我はありませんかッ⁉︎」


 慌てふためきながらクラッツが入ってくる。

 動揺していた家の住民達であったが、自分よりも混乱している兵士を見て逆に冷静になる。


「君達は何なんだ一体? これはどういう状況だ?」


「えっと、自分達はですね……」


 険しい表情を浮かべていた人物がクラッツへ話しかける。だが視線はジークやブラッドへと向いていた。

 

 しどろもどろになりながら自分達の身分を含めて説明するクラッツ。一方でジークは腕を組み周囲を観察している。ブラッドに関しては直立不動といった様子だ。


「反乱を企てた容疑者の捜索か。要件は理解出来るがこの惨状にはどのような意味がある?」


「その、この辺りに容疑者の痕跡がですね……」


 腰を抜かしていた者、呆けていた者も平静を取り戻す。クラッツに鋭い視線を向け不信感や警戒感を露わにしている。


「痕跡があったら家屋の玄関を壊すのか君達は? 先ずは事情を確認するのが普通だと思うが?」


「一般市民の家にいきなり押し入って、しかも武装した兵士まで動員して……何を考えてんだッ⁉︎」


「仰る通りですはい。何と申し上げればよいか……」


 正論である。必死に頭を回転させるが妙案が浮かばない。援護を求めようと考えてみたが、近くにいるのは危険な思想を持った自称貴族の少年。そして全身甲冑の戦帰りかと思われるような男。詰んでいた。


「そもそもだ。軍が活動出来ているのは我々市民の税金によるものだ。君の給料は誰の金だ?」


「善良な市民の皆様のお金です、はい……」


「家を滅茶苦茶にしやがって! だいたいその血塗れの男は何だッ⁉︎」


「そういうデザインらしいです、はい……」


 一方的に責め立てられるクラッツ。ひたすら謝罪を続ける。味方からの援護は望めない以上謝ることしか出来なかった。


「君に話していても埒が明かない。……一旦、軍本部に戻って上官に話を通してきてもらおうか」


「家の修繕についても確認してこいよ! 口だけで役立たずの兵士だなまったく……」


 項垂れているクラッツ。懲戒は免れないと内心諦めていた。その時は絶対にジークも巻き込むと心に決めていたが。


「申し訳ございませんでした。直ぐに報告して参りますので……君も謝るんだ」


 促され一歩前に出るジーク。不遜な少年の口から出たのは謝罪の言葉……ではなく別の内容であった。


「態々軍本部に戻って報告だと? バカほど非効率を好むようだな」


「……礼儀を知らない子供のようだな」


「⁉︎ た、頼むから静かにしてよ⁉︎」


 クラッツが必死に止めようとするがジークの口の方が早い。


「この惨状に貴様らは納得していないんだろう? だったら一緒に来て直接要件を話せ」


「な、何で俺達がそんなことを」


「見ての通りこいつは無能だからな。歩けば数歩で記憶を失う恐れがある。となれば、望む結果が手に入らないかもしれんぞ?」


 そこまでバカじゃないよ!とツッコミを入れるクラッツ。若干涙目である。


「ゴミ屑共にも合う茶菓子を用意させる。盛大に貴様らを歓迎してやろう」


 バカにしたように笑みを浮かべるジーク。完全に煽っていた。


「……この状況で家を空けれると思うのか? 君達のせいでこちらは後始末も必要だ」


「そうか、それは大変だな。……なら人手が必要だろう。おい無能、貴様だけで本部に戻って増援を連れてこい」


「僕だけで……? 何でまた?」


 物取りに狙われる可能性があると説明するジーク。二人は残って護衛する必要があるとのことだ。


「こちらの不手際だからな。そうだな、警護は百人体制でしてやろう。不届き者がいれば全員捕まえてやる。至れり尽くせりだろう?」


「百人だとッ⁉︎ そんなに心配する必要はないだろう。……この辺りは治安もいいからな」


 今度は家の住民達が動揺している。あからさまな変化であった。


「なに、遠慮することはない。この無能の落ち度だからな。責任は取らせる」


「いや……君の落ち度なんだけど」


 ククッと楽しそうに笑っているジークの姿を見てクラッツはドン引きしていた。


「随分と静かじゃないか。先程までの威勢はどうした?」


「……護衛は不要だ。軍への報告もこちらからするつもりはない。もう帰ってくれ迷惑だ」


「ハッ、騒ぐだけ騒いでおいて尻尾を巻いて逃げるのか?」


 更に一歩踏み出し、剣の柄へと手を掛けるジーク。


「偉そうに講釈垂れていたな。税がどうこう抜かしていたが、貴様らの捕縛にも金がかかると理解しているか?」


「訳の分からないことを……。何を根拠に」


 ジリジリと距離を離すように間合いを取る三人。緊張によるものなのか額には汗が浮かんでいる。


「それで誤魔化しているつもりか? 魔力痕は下へと続いているな」


「⁉︎ クソ何故バレているッ⁉︎ ――仕方ない、全員生きて帰すな!」


 隠し持っていたのか暗器を取り出す男達。一斉にジークへ飛び掛かるが相手が悪かった。


「バカが……何もかもが遅い」


 魔法でなければ剣すら使わない。不用意に近付いてきた三人を体術技で蹴り飛ばす。耐え切れず男達は意識を失ってしまった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 玄関部分が破壊された住居。その建物内では三人の男が気絶している。外から見れば異様な光景に映ることだろう。


「ど、どういうことだい? 僕には何が何だか……」


「本当に記憶を失ったのか? ……医者に診てもらえ」


「その憐れんだ目を向けるのはやめてくれないか! 本当に失礼だな君は」


 室内を物色するジーク。ブラッドは伸びた者達を拘束している。


「……少年からすれば魔力痕という絶対的な根拠があった。だから彼らを泳がしていたのだろう」


「で、でももしかしたら本当に無関係だったかもしれませんよね?」


 撹乱の為であったり、本物の住民が騙されていた可能性も捨て切れなかった。


「だから奴らが動くのを待ったんだろうが」


「……結果を見ればそうかもしれない。褒められた方法ではなかったが」


「バカか貴様は。結果が全てだ。そして貴様に褒められる必要もない」


 薄れてしまっている痕跡を慎重に探る。初めと同じで床下から微量の魔力痕を感じるが。


「と、取りあえず報告しないと! やっと見つけた手掛かりなんだから」


「ふん、勝手にしろ。……ここか」


 剣を抜き納刀する。クラッツには何をしたのか分からなかったが、地下へと続く階段が現れていた。一瞬の内に床を斬り刻んだのだと遅れて理解が追い付く。


「階段がある⁉︎ もしかして魔力痕はこの下へ続いてる? ……というか君は何者なんだい?」


「……魔法もそうだがその剣術も。……まさに見た目で判断するなという教訓だな」


「貴様は見掛け倒しのようだがな。装備に頼って中身が伴っていない。羊頭狗肉とはよく言ったものだな」


 嘲るような発言であるが、その見た目からかブラッドの感情を読み取ることは出来ない。


「……今すぐにでもこの下を調べたいけど、彼らを放置するわけにもいかないよね。急いで報告してくるからここは頼むよ!」


 絶対勝手に動かないでよ!と釘を刺しその場を離れるクラッツ。残されたのはジークとブラッドであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「……」


「……」


 無言。その場を沈黙が支配していた。

 そもそもジークとブラッドは初対面のような間柄でどちらも進んで他者とコミュニケーションを取るような人間ではなかった。


「……彼がいないと静かに感じるな」


「なら貴様も失せろ」


 ブラッドは寡黙な武人といった印象が強いが、その彼が絞り出した発言を一刀両断するジーク。会話が成り立たない。


「……中身が伴っていないか。……初めてだ、このような言葉を貰ったのは」


「図星を突かれて癇癪を起こしているのか? 気色悪い」


「……手厳しいな」


 ブラッドがどのような感情を抱いているかは不明だが、少なくとも怒ってはいないようだった。


「……本音をぶつけられるのは久しぶりだった」


「話し相手が欲しいのか? それを俺に望むとは……正気の沙汰とは思えんな」


「……お前は面白いな」


 会話が成立しているとは思えないがブラッドの声は心なしか嬉しそうに聞こえていた。


「……国境付近の森林で初めて会った時もそうだったが、俺が怖くないのか?」


「ハッ、自惚れるなよ。貴様程度の存在を恐れると思うか?」


 そうかと呟くブラッド。激怒しても不思議ではない発言であるが、甲冑に覆われたその瞳が何を映しているのかは知る由もなかった。


 クラッツの報告を受け件の住居は軍により封鎖された。反乱分子と関わりがあると思われる三人は拘束され、地下については本格的な調査が行われた。


「一応確認だが、住居破壊これをやったのはお前か?」


「役立たずの貴様らに代わって俺が先陣を切った。感謝するんだな」


 ジークに関しては建造物損壊の疑い有りとして再び兵士に拘束されてしまった。

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