異国の地にて

第三十九話

 深い森。日中にもかかわらず日差しが遮られる程の木々が生い茂った森林で二つの勢力がぶつかり合っていた。


「お前達分かっているのかッ⁉︎ 我々は不可侵条約を結んだ国同士なんだぞ!」


「知っている……だからこそ元ある形へと戻すのだ!」


 剣による応酬、魔法による撃ち合い。小さな火種が大きな戦火へと変わりつつある。


「火の魔法は使うなよ! 森林火災となれば大事になる!」


「しかし、奴ら構わず使ってきてますよッ⁉︎」


 武器による攻撃は守りに徹し、魔法は威嚇程度にしか使わない。そんな戦法に痺れを来したのか、ご法度である火属性魔法を敵は放ってきている。


「水魔法で消せ! ……奴ら正気か⁉︎ 火災となれば自分達もただでは済まんのだぞ」


 戦闘が続く中、彼らの背後に一人の人間が現れる。


「……遅れた。……敵は彼らだろうか?」


 くぐもった声。兵士達の会話を遮ったのは全身に甲冑を纏った人物であった。


「来たか……夜叉殿。殺しては駄目だ。拘束しなければならない」


 顔は窺い知れない。声も不透明の為人物像が分かり辛いが、何よりも特徴的なのが全身を覆うように身に付けられた甲冑。その甲冑は全体が赤く染められており、夥しい返り血を浴びたかのようだ。


「善処しよう。……お前達に恨みは無いが拘束する。自ら進んで争いを招くその行いは看過できない」


 何処からともなく現れた槍を手にした甲冑の人物。甲冑と同じように、おどろおどろしい色をしている。


「余所者に縋るとは情けない。……あの槍使いを近寄らせるな! 魔法を一斉に放て! あれが死んだところで何の問題も無い」


 ほとんどの人間が攻撃手段を魔法へ切り替える。標的は槍使い。命を殺りにきている。


「……無茶をさせてくれるな」


 甲冑の人物が槍を構え踏み出し新たな戦闘が始まる。両陣営が衝突する……かと思われたが、場違いな存在により遮られてしまう。


「ここは緩衝地帯と聞いていたが……。揃いも揃ってバカ共め」


 不思議と他者を惹きつけるような声であった。

 十代中頃と思われる黒髪の少年。貴族のような装いは深い森には似つかわしくないと誰もが違和感を覚えていた。


「このような場所に何故子供が……」


「他人を気にする暇があるなら、自分の頭を心配したらどうだ?」


 武装した兵士を前に物怖じしない態度は貴族故のものなのか。


「……世間知らずの貴族のガキか。無断でこの地に入り込んだことを嘆いて死ね。……構わん、ガキごと葬れ!」


「……愚かなことを。少年、下手に動くな」


 魔法による攻撃が迫る。それを防ぐ為に踏み出す甲冑の人物。だが、両者よりも先に動いたのは黒髪の少年、ジーク悪役であった。


「体が動かん……」


「な、んだこれは?」


 魔法は消え去り、二つの勢力は身動きを封じられていた。地面へ縫い付けるように足元は氷で覆われている。


「茶番は他所でやれ、目障りだ」


 何食わぬ表情を浮かべるジーク。まるで意に介していない。

 彼らの存在を無視して悠然と戦場の中央を突っ切る。その余りにも傲慢な態度に目が点になる人間もいたくらいだ。


「ま、待て⁉︎ このような行いが許されると思うなよッ!」


「貴様の許しなど必要ない。精々大地の養分にでもなるんだな」


 ジークの発言から顔を青くする指揮官と思われる男。慌てて拘束から逃れようとするがびくともしない。喚き散らすがジークが振り返ることはない。


「……少年、これ程までの魔法を何処で?」


 声の主はただ一人、拘束から抜け出していた甲冑の人物であった。


「ほう? 少しはまともな奴がいるようだな」


「……この装備は特別だからな」


 歩みを止め振り返るジーク。視線を向ける甲冑の人物。周囲には緊張感が漂う。


「夜叉殿……行けるか?」


「……彼に敵意はない。そして言えることは、この場にいる全員でも厳しいという事だ」


 拘束されながらも、夜叉と呼ばれる人物と器用に会話をする長と思われる男。肝が据わっていた。


「厳しいだと? ハッ、笑わせるなよ。貴様らが束になったところで結果は見えている。……試してみるか?」


 邪悪な笑みを浮かべるジーク。魔力が迸り大気には冷気が満ちる。周囲の木々が凍てつき散る様子は終末を連想させる。彼我の差を理解した者はガタガタと震えていた。


「……いや、遠慮願いたい。先程の言葉は訂正しよう」


「ふん、見掛け倒しの腰抜けめ」


 興味を無くしたのか、今度こそその場を立ち去るジーク。深い森を一人進んで行く。


「……俺を前にしても怯まないか」


「何か言ったか夜叉殿?」


「……気の所為だ。それよりも彼らを拘束しよう」

 

 喚く敵勢力を一人ずつ意識を奪い丁寧に拘束する夜叉。その姿は悍ましく見えていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 広大な運河の上に作られた水上都市。長い年月を運河と共に刻んできた風光明媚な水の都。複数の橋が掛かり運河にはボートが見て取れる。

 君主を持たない政治体制としても知られているイグノート共和国。その首都であるワーテルをジーク浩人は訪れていた。


(モデルは間違いなくあの都市だよな……行ったことないけど)


 元いた世界の都市に似た風景をこの世界で見る。何とも言えない不思議な感覚である。もちろん、観光目的でこの地に来たのではない。確固たる意志と目的を理由にここまで辿り着いたのだ。


 イグノート共和国。ディアバレト王国からは複数の国を挟んだ位置に存在する。『ウィッシュソウル』の世界観からは珍しい王や貴族が存在しない民主国家である。国の代表は国民から選ばれ議会によって政治運営がなされている。


(何か親近感が湧くよな)


 ゲームでは話題が少し出たのみでストーリーでは特に関わりはなかった。では何故浩人がそのような国にいるのか。――それは下見のためである。


 当初から画策していた国外への逃亡。それを実行に移す前段階として、遥々イグノートまで移動してきたのだ。

 

 ジークに憑依してから三年の月日が流れた。当時はストーリー上で確実に死ぬことが決定付けられていた悪役だと気付いた時は深い絶望感に苛まれた。

 何故自分がと己の運命を呪いもしたが、それだけでは何も変わらない。だからこそ力を付け、見識を深め、この世界を知ろうとした。物語の主要人物に近寄り過ぎず敵対せずに。自分が死なないように、シナリオ通りに進めばそれでいいと考えていた。


(けど、結局俺は何も変えられなかった)


 力を得るために出来ることは何でもした。何度も抗ってきた。血反吐を吐いても立ち止まることはなかった。全ては生き残る為に。そのためだけに要らないものは全て捨ててきたのだ。


(なら、俺に出来ることは限られている)


 悪役としての立場を強制されるなら徹底的に抗う。相手が誰であろうと関係ない。必要ならこの手を赤く染める覚悟はある。世界を相手にするならそれ相応の覚悟が必要なのだ。

 だが、ふと思う事もある。生き残る為に命を懸ける。それは本当に正しいことなのだろうかと。


(何を真面目になっていたのやら。逃走プランは考えていたじゃないか……)


 ジークとしてどれだけ力を付けたとしても人間であることに変わりはない。他より出来ることが多くとも全てを覆すのは現実的には難しい。であれば真っ向からぶつかる必要はない。すなわち、逃げてしまえばいいのだ。


(シナリオがどうとか知ったことじゃない。俺はただの高校生だったんだ)


 ラギアスのこともジークのことも、ましてやディアバレト王国すら知らない遠い場所。王や貴族がいない浩人からすれば近代国家に近いイグノート共和国。逃走先にはまさに持ってこいであった。

 もちろんリスクもある。原作知識が通用しない未知の国でもあるのだから。


(世界の為とか主人公達は平気で言い出すんだろ? 完全にイカれてるな……)


 逃走先での必要な資金は既に集め終えている。慎ましく暮らせば安泰と言える程の金額だ。それだけのことを一人で進めてきた。……偶に同伴者がいたが。


(元の世界に帰れる保証も無いし、複数のプランを用意しておくべきだ)


 今回の下見でイグノートを知り居住先を探す。仕事は程々で問題ない。無名の冒険者として一から始めるのも悪くないだろう。疲れたら命の危険がない場所でゆっくりと休むこともできる。


(俺の戦いはここから始まるんだ……!)


「……そこの君、少しいいかな?」


 振り返れば兵士が二名。どちらも警戒心を露わにしていた。

 

 余談であるが、浩人はイグノートに来るまで幾つかの国を越えてきたが、入出国の手続きは一度もしていない。ラギアスとして足が付くのを恐れたからだ。身体能力を活かして城門を飛び越え、魔法により結界を無視、目にも留まらぬ速さで駆け抜けた事もあった。

 

 ジークは不正入国の疑い有として兵士達に連行されてしまった。

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