第六話

 受付から話を持ちかけられた数日後、二人の姿は冒険者協会にあった。


「お二方、本日はお時間頂きありがとうございます」


「気にしないで下さい。先ずは話を聞くというスタンスですので」


 相談の結果、依頼者の素性を確かめることに決まった。

 ルークはともかく浩人には原作知識がある。たとえ身分を偽っていたとしても、主要人物やその関係者であればバックグラウンドを探ることは難しくないと考えたからだ。


「もちろんそれで構いません。こちらはお願いしている立場になりますから」


 二人は協会にある一室に通される。一般の冒険者が使うことは無いが、浩人達のようにランクが高い冒険者達は協会関係者や依頼主と打ち合わせに使う部屋がある。今回はそちらで話をするようだが。


(いや、誰もいないんですけど……)


「要望を出しておきながら俺達を待たせるのか?」


「どうやら高貴な方が依頼主のようだね。……平民の僕からすれば萎縮してしまうよ」


「ほざけ、常日頃無礼を働いてるだろうが」


 受付スタッフの対応を見る限りでは少なくとも貴族以上の存在が依頼主であることが窺える。――解せないのは受付レベルのスタッフしか出てきていない点だが。


「うん? 騎士を目指す身としては礼節を弁えているつもりだけど」


「……教育に問題があったようだな」


「ジーク……自虐は良く無いよ」


(こいつ、年々性格が変わってきてないか? やっぱり人違い説もあるか?)


 二人がいつものようなやり取りをしていると扉がノックされる。


「どうやらご到着みたいだね」


「藪蛇にならなければいいがな」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 冒険者協会の受付スタッフに案内され入室して来たのは三名。協会の人間は案内が終わると直ぐに退室してしまった。


(冒険者協会はあくまでも仲介のみって感じだな)


 特徴的な三人だった。

 一人は大柄な男性で頭髪をなでつけたオールバック。服の上からでも分かる筋骨隆々とした肉体はいかにも武術を嗜んでいますといった風体の男だ。

 二人目は長い髪を束ねた女性。眼鏡掛けローブを身に纏った姿から知的な雰囲気を感じる。


(……こいつはあからさまだな)


 残る一人は女性と同じようにローブを着ているが顔をフードで覆っているため姿を確認することができない。


 見た目の異なる三人だが共通して全員が分かりやすいように武器を携帯している。


(俺達は武器を回収されたのにな)


「失礼、立場上から武器を携帯するのはご容赦頂きたい。万が一に備えてだ」


 大柄な男性が言葉を発する。見た目にそぐわない丁寧な口調だ。


「情けない奴め。武器が無ければ何も出来ないか?」


「……なるほど、噂通り物怖じしない人物のようだ」


 ジークの発言によって険悪な空気になるのがいつものパターンだが今回はそれがない。寛容な人物なのかそれとも……。


「……お互い探り合いは後にしませんか。先ずは座って自己紹介といきましょう」


「同意だな。効率良く行こうじゃないか」


(こちらの素性はある程度調べているみたいだな)


「では先ずは私から。ルーク・ハルトマンです。それでこちらが」


「効率良く行くならこっちは不要だろうが。どうせ調べてるはずだ」


「厳しいな。そこまであからさまに警戒しなくてもいいと思わないか……騎士の卵殿?」


(ルークの素性も調べてるか。何が目的だ?)


「……ゴルトン。遅い」


 ローブを着た女性が発言する。声色から苛立ちを含んでいるようだ。


「ついな……失礼した。ゴルトンだ」


「……シュティーレ」


 二人が続けざまに名を名乗ったがフードの人物に動きはない。


「えっと、そちらの方は?」


「……依頼を受けるか否か。前者でなければ身分は明かせない」


「納得いかないかもしれないが、そういう決まりだ」


(台本通りって感じだな)


 示し合わせたかのような流れに懐疑的な印象を抱く浩人。だが現時点では判断がつかない。


「……身分はともかく依頼内容は教えて頂けますよね? でなければ判断のしようがありませんが」


「普通はそうなるが……」


「……依頼の内容を聞けば承諾したと見なされる。拒否権は無い」


「……滅茶苦茶だ。そんな一方的な話が成立するわけが」


(なるほどな、だから末端の職員しか出てこなかったのか)


 内容からして明らかに厄介事で公にすると都合が悪い。だから関わる人間を最低限に留めて情報の規制をする。

 冒険者協会と依頼者間で何らかの取引があったのだろう。――情報漏洩の際は迅速に対応出来るように。


「理不尽に感じるかもしれないが、世の中には数多くのそれ理不尽がある。騎士になれば尚更だ」


「……民のためにあるのが騎士団です。特定の存在がそれを捻じ曲げていい理由は無い筈です」


「……話が逸れてる。騎士は全く関係無い」


(指摘が的確だな)


 シュティーレが言うように騎士の在り方を議論しているのではなく依頼をどうするか。

 騎士絡みとなると少し周りが見えなくなるのがルークの欠点だった。それだけ強い思いを抱いているとも言えるが。


(そもそもこっちには無理に依頼を受ける必要は無いしな)


「……こちらとしては受ける理由がありません」


「そうなるだろうな。黒髪君はそれで構わないか?」


「……」


「……依頼は二人宛だが個人でも受諾は可能。報酬は達成報酬とは別にも用意がある」


(やっぱり調べてるな。金持ちのラギアス家が冒険者をしてまで金集めとなると怪しく映るか?)


「だんまりか……腹の探り合いはしないんじゃ無かったのか?」


「そのままお返ししますよ」


「……強制はしない、他をあたるだけ。ただ経歴に傷が残るか」


(いやいや、普通に脅してきやがる⁉︎)


「っ! それは……どういう意味でしょうか?」


「分からんな。ただこいつは額面通りの事しか言わない」


(俺が動かないと踏んでルークを突くか。……このやり口は)


「……それでも僕は」


 騎士になる。それはルークの幼き頃からの夢で何があっても必ず叶えたい夢だ。だがそれは友を不測の事態に巻き込んでまで成すことではない。


「そう言えば……連隊長に復帰した騎士がいたな」


「あなた方は!「おい……もう黙れ」」


 室内が濃厚な殺気に包まれる。今まで経験したことがない殺意を向けられる。

 

 凶悪な魔物や暗殺を目論む刺客、国の転覆を狙う反乱組織……。どの相手からも感じることの無かった明確な死のイメージが湧いてくる。全身からは汗が吹き出し、呼吸がうまく出来ない。護身用の武器も身体の震えから手に持つことすら叶わない。この状況では身を守るどころか声を上げることすら難しい。


 三人全員が認識した。手段を間違えたと。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る