第十九話
地下のダンジョンは『ライト』の魔法が無くても探索が可能だった。壁が常に淡く光っているからである。
「おい」
採取のために壁の一部を削り、持ち帰ろうとした調査部隊だったが壁から切り離すと光が消える。光を放っているのは壁ではなくその奥にある別の物質のようだった。
「おい……」
壁はあくまでも光を通す役割に過ぎないようだが、直接発光しなくても別の用途で使い道がある。この場で詳細に調べることは難しいため予定通り持ち帰ることにした。
「おい! 聞こえてんだろ⁉︎」
「貴様……先程から何と会話している? ……大丈夫か?」
「お前だよ! お前。そっちを見て話してんだろ!」
キートが大きな声で抗議する。
「少し静かにして下さい。声が響いて煩いですよ。……ですが心中お察しします」
現在調査部隊は地下五階にいた。探索は順調に進んでいるが、順調過ぎたことから疑問が生まれる。
「分かってんなら口を挟むな。……お前このダンジョンに来たことがあるのか?」
「それが貴様に関係あるのか?」
「大有りだ! 調査部隊のメンバーだろ⁉︎」
「おかしなことを言う。ガキがどうとか騒いでいたのは何処の連中だ?」
「ぐっ……それはだな」
「はっ、散歩にはちょうど良かったか? ……俺の手足になれないなら消えろ、目障りだ」
言葉の凶器で周囲を切り裂くジーク。自分本位な言葉に聞こえるがあながち間違いとも言えなかった。
一階と同じように他のフロアにおいてもギミックが存在していた。正しい順序で石像を壊す、特定の魔法を壁に放つ、指定された鉱石を祭壇に捧げるなど初見では解除が難しいギミックの数々。それをジークは一人で対処してみせた。
キートが疑問を抱くのも無理はない。
「どんな手段を用いている? 理解不能だ」
「貴様らの都合で俺を測るな。……気が済んだのなら速やかに失せろ」
ジークの罵詈雑言が止まらない。調査部隊の面々もたじたじだ。――だが一人、グランツだけは彼を見据える目が違う。
(ただ貶しているようにも見えますが、遠ざけているようにも感じます。……何故でしょうか?)
この場に至るまでのギミックはグランツでも時間をかければ対処できる内容だった。何らかの形でヒントが示されていたからである。
だがジークは思案する素振りなくギミックを解いていく。あらかじめ内容を把握していたかのように。
(このダンジョンが発見されて二週間程。直ぐに国によって封鎖されたことから、内部の状況を知るのは難しいはずですが)
微かな魔力の流れを感じたり石像が示したメッセージを解読することは決して不可能ではない。似たようなものが他のダンジョンでも存在している。
だがダンジョン内に記されている文字、通称『ダンジョン文字』と呼ばれている古代文字については話が変わる。ダンジョンによって文体意味がまるで異なるからである。
『ダンジョン文字』。各地に存在しているダンジョンで見られる旧時代の文字を指す。ダンジョン攻略に必要な情報や宝物の位置、旧時代の歴史であったり、特別な魔法に関する情報など様々な知識が記されている。
内容一つ解読するだけで一生の財を築けるとまで言われている。それだけ価値があり、解読には難航するのである。
(年齢で物事を判断したくはありませんが、解読にはそれなりの知識や経験が必要です。あの祭壇にはダンジョン文字が刻まれていましたが……)
祭壇に刻まれていたダンジョン文字。目にした瞬間に内容を理解するのは不可能に近い。似たような文体の文字が存在することもあるにはあるが、少なくともグランツは初めて確認した文字だった。
(偶々知っていたダンジョン文字だったのか、それとも偶然持っていた鉱石を置いただけでしょうか?)
ジークが所持していた鉱石は一般に流通しているため入手自体は難しくない。だが意味もなく持ち歩くような物でもない。ましてやダンジョン調査に不要な荷物を持ち込む理由がどこにあるのか。
(やはり事前にダンジョンの実態を把握していた? となると調査部隊を待つ理由は? そもそも我々にギミックの解き方を開示する必要性が分かりません)
本人は具体的なことを語らないが
(深みにはまるような感覚。……本当に興味深い少年ですね)
ダンジョン調査よりも目の前の少年に意識が向いてしまう。言葉では説明が難しい何かを感じる。調査前に感じた胸騒ぎとは別のものなのか、それとも。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「それにしても……魔物が全然いないわね」
「そうですね、このまま何事も無く終わって欲しいものですが」
ダンジョンは地上と違い魔物の生態系が大きく異なる。単純な強さの違いだけではなく種としての存在意義が全く別となる。
生きるために戦うのではなく遺跡の守護や侵入者の排除、時には案内役を務めたりと様々だ。
「ダンジョンは歯応えのある魔物が多いから期待してたんだけどな」
「完全同意はできませんが、見識を深めるには適した環境と言えるでしょう」
「坊主、剣を持ってるようだが誰かに師事してるのか? 俺が教えてやろうか……有料で」
「マヌケに心配されるほど落ちぶれてはいない」
「……あなたね、魔物が出たらどうするつもりよ? 態度を改めた方が良いんじゃない?」
「騎士団では自己暗示でも流行っているのか? そのまま続けておけ」
ここまでくると逆に感心する。こうも周囲に気後れすることなく罵詈雑言を吐けるのか。将来有望なのではと誤解しかねない程の唯我独尊だ。
「……おい、大男。その壁にサーチを使え」
「むっ? 壁にサーチだと? ……構わないが」
大男、ルートンがジークに言われた通りに壁へサーチを使う。――グランツが目を細める。
「なっ⁉︎ これはどういうことだ⁉︎」
「急に大声を出さないでくださいよ。どうしたんですか?」
「壁の中に大量の反応がある! 魔物の集団だ」
「は? 索敵は常にやってただろ⁉︎ 何で急に?」
キートが言うように索敵は常に行なっていた。魔法や術技、異なる角度から念入り周囲を警戒していたはずだった。
「……どうやらこれもまた隠蔽魔法のようです。それもかなり高度な」
「しかしグランツ様。索敵範囲内のはずなのに、何故今まで気付けなかったのでしょうか?」
「意識を向けることで初めて隠蔽魔法が解ける仕組みのようですね」
(気付かずに進めばこの狭い空間で奇襲を受けていたかもしれませんね……)
「どうするよ? ここで叩くか?」
「結界は張れますが退路の確保が難しくなります」
「カリナ、貴方は治療を優先して下さい。ですから魔力を節約して、ここは私が」
瞬時に状況判断をして陣形を組む。国によって選抜された人選なだけはある。――だが一人、別行動を取る人間がいた。
ゆっくりとした足取りで壁に近づくジーク。その手には短いナイフが握られていた。
「ちょっと、何をしてるんですか⁉︎ 早く後ろへ下がりなさい!」
「黙れメガネ。静かにしておけ」
壁の手前で静止する。淀みのない正確な動作でナイフを壁に突き刺す。――するとナイフを中心とした魔法陣が浮かび上がる。
「また隠蔽魔法⁉︎ しかも二重の!」
「いちいち狼狽えるな、鬱陶しい」
(この魔法陣は現代のものではない……。空間、範囲、指定、消滅……?)
妖しい光を放つ魔法陣ではあったが時間経過で消えてしまった。目視できる範囲に変化はないが……。
「っ! 魔物の反応が消えた……。どうなっている?」
「何なのよいったい……」
「み、皆さん落ち着いて、状況の確認を!」
「坊主! てめえ何しやがった!」
臨戦態勢を整えていたら急に目標が全て消えてしまった。視認できないからこそ余計に混乱する。
「魔物を全て消した。それだけだ。……どうした、期待に沿えなかったか?」
嘲笑を含んだ笑みを浮かべるジーク。周囲を明らかに馬鹿にしていた。
「魔物を全て消す? この僅かな時間で……あり得ません」
「理解できないのなら、ここが貴様らの終点だ。家に帰って昼寝でもしていろ」
一団を無視して先に進んで行くジーク。まるで興味が無いと周囲に知らしめているようだった。
(やはり我々を拒絶、いや遠ざけている? この先に何があるのでしょうか?)
「ま、待ちなさい! 説明になってないわ!」
「グランツ様。彼は明らかに情報を隠匿しています。国に謀反と捉えられても仕方ありません」
「……彼が言うように、我々は引き返した方がいいのかもしれません」
神妙な面持ちでジークが進む先を見つめるグランツ。
「どうしたよ、賢者様? 臆病風にでも吹かれたか?」
「どうやらそのようです。……嫌な感じがします。'勘'と言う言葉はあまり使用したくないのですがね……」
「……私は進むわよ。騎士として責務を全うする」
「だな。疾しい理由があるならしょっぴけばいい」
「役目を果たす。それが仕事だ」
先へ進むことを決めた調査部隊。ジークを追ってダンジョンの奥を目指す。
(この選択が、悲しい結末を生まないことを願うのは私のエゴでしょうか)
立場上何人もの死傷者を目にしてきたグランツ。どうか先のある若い彼らに幸あれと思う賢者であった。
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