ラギアスダンジョン
第十七話
ラギアス邸の裏手にある大きな湖。馴染みあるいつもの場所で浩人は鍛錬をしていた。
領主ということもありかなりの敷地を誇るラギアス家。それをわざわざ裏手に回ってまで鍛錬するのは人目を避ける以外にも理由がある。
「フリーズショット」
氷の礫を撃ち出す速攻。威力よりも早さに重点を置いて放つ。
「フリーズショット。フリーズショット。フリーズショット」
連続での魔法行使。中級以上の魔法となれば魔力消費が激しく隙も生まれる。仲間のフォローがあって初めて後衛の強みが生まれるが、ジークにはそれが無い。
ジークとの戦闘は作中では常に一対多数で行われた。戦闘システムの都合ではなくジークというキャラクターの立ち位置からそれが決まっていた。
他人を信じず常に単独行動をする。他者は踏み台でしかない。信用できるのは己の力だけ。
ラギアス夫妻を見て育ったことから価値観に歪みが生じ、高い向上意識が合わさることで他人を否定するようになる。
どんな手を使ってでも自分が一番でなければ気が済まない。それで無能な人間がいくら死のうと関係無い。徹底した上昇志向がジークという作中随一の悪役を生む。
これが単に意識が高い三下だったなら序盤で退場し誰も気にかけないがジークは才能を持った悪役だった。
剣を握れば騎士を圧倒し、魔法は魔術師団の面目を潰す。神童と持て囃されたことも歪んだ要因の一つと言える。
「フリーズショット。フリーズショット。……アイスジャベリン」
人格はともかく才能の面に浩人は感謝していた。
元いた現実では武術の才能があってもそれで人生が約束される訳では無い。力が無くても生活は可能で、寧ろ無意味に誇示すればただの乱暴者である。
しかし今の現実では異なる。人里を離れれば魔物が跋扈するこの世界。安心して生きるには力が必要になる。
「……フローズンガイザー。フリーズショット。……アイスジャベリン」
浩人しても仲間は欲しいと考えている。原作のキャラ設定を守る必要はなく適材適所、全てを一人でこなす理由は無い。
敵にも種類があり人か魔物、それ以外の存在か。攻撃になると近距離、中距離、遠距離となる。武力では解決出来ない問題も多々ある。
浩人の全てを開示することは難しいが同じ目的を共有することは不可能ではない。できることなら仲間を集めて有事に備えたいところだ。……辛辣な自動変換機能が無ければ。
「ちっ……やっとか」
湖へ一歩踏み出す浩人。魔法を無駄撃ちしていた訳では無い。威力や連携を確かめる他に莫大な量を誇る湖の水面を凍らせる目的もあった。
「ここまで来ればちょうどいいだろう」
湖の中心へ立つ浩人。湖のほとりを鍛錬場所に選んだのは魔法をどれだけ使っても影響が少ないからである。無作為に地面に撃てば事後処理が面倒になるが、その点湖なら時間経過で元に戻る。
魔法を湖の真下へ放つように構える。より深く深層をイメージする。
「アイスプロジオン」
その日ラギアス邸周辺で小規模な揺れが観測された。使用人や兵士達が話しているのを耳にしたのである。この世界にも地震があるんだなと他人事のように考えていた浩人であった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「喜べジーク。我がラギアス領で新たなダンジョンが確認された」
ダンジョン。現代の技術では再現不可能な旧時代の文明が眠っているとされる。地上では入手できない武器、魔道具、未知の素材。それらを手に入れ一攫千金を目指す冒険者は数多く存在する、という設定がゲームでもあった。
「確か、過去の人間が遺した遺跡で金銀財宝が眠っているとか」
「そうだ、よく勉強しているようだな。これでラギアス領はより豊かになるだろう」
豊かになるのはアンタの懐だろと、心の中でツッコミを入れる浩人。しかしあながち間違ってもいない。
ダンジョンを求めて冒険者が集まり、冒険者相手に商売をする商人が現れる。物資の取引がされれば経済が循環する。領地としてはもちろん、国としても見返りが大きい。金の流れに税はつきものだからである。
(ラギアス領のダンジョンとなれば、考えられるのは……)
「だが直ぐには探索許可は下りない。国による調査が必要になる」
(どんな危険があるか分からないし、一般に流通したらヤバい物が眠ってる可能性もあるからって名目だったよな)
ダンジョンの初期調査は基本国主体で行われるが、特例としてダンジョンが確認された領地も合同での調査が許可される。今後の運営は領地が中心となるからだ。
「ちなみにだけど、どの辺りで発見されたの?」
「アンセリー森林だ。これから区画整備で忙しくなるぞ」
(……やっぱりな。そんな気がしてたよ)
アンセリー森林。ラギアス領にある広範囲にわたって樹木が密集している場所で魔物や動物が生息している。
ゲームではアンセリー森林内のダンジョンを訪れる際に探索することになるが、ダンジョン事業で周辺が栄えていた描写は無かった。――初期調査が失敗に終わり、多くの被害者を出したからである。
(ちゃんとした時系列は覚えてないけど多分この時期だよな。グランツ調査部隊が全滅したのは)
グランツ・フォルト。作中のパーティキャラで聡明且つ落ち着いた雰囲気を醸し出すナイスシニアな男性キャラとして登場する。
戦闘スタイルは魔術師タイプで全ての属性を操ることから『賢者』の異名で呼ばれていた。
元々魔術師団に所属していた彼だが、歳により現役を退きストーリー登場時は訳あってひっそりと暮らしていた。
(で、隠居の原因を作るのが目の前の……)
ストーリー開始前のある時期にグランツはとあるダンジョンの調査部隊に同行する。この段階でも既に引退していたが魔術師団の顧問役として時折指導を行う立場にあった。
「なんでも崇高な賢者と呼ばれる男が今回の調査に参加するらしい。これなら問題なく終わるだろうな」
グランツが参加したダンジョンの調査はラギアス領のアンセリー森林で確認されたものだった。
(バカみたいにこいつが罠に嵌って大惨事になると)
ダンジョンが見つかった領地の主は初期調査に参加できる権限を持つ。それを口実に当の本人が無理やり調査に加わり好き放題した。
金目になりそうな物を身勝手に確保しようとして罠が発動。脱出不能な状態に陥り全員が命を落とす事態にまで至った。
ただグランツだけは起死回生の一手を持ち合わせておりその手段は瞬間移動、テレポートであった。
特殊な分類の魔法を習得していたグランツは魔力の大半を使い空間を移動することができる。遺跡の外まで移動すれば窮地を脱することが可能だった。
しかし同時に移動可能な人数は自分と合わせて二人までで連続行使はできない。
それならいっそのこと仲間と共にここで果てることを望んだが、周りがそれを許さなかった。生きてほしいと涙ながらに求められ、グランツは決断した。
全滅のきっかけを作ったフールを敢えて連れ出したのは生きて地獄の責苦を味合わせるためだった。
だがフールは反省するどころかグランツを糾弾した。貴様のせいでダンジョン事業が台無しになったと。
その後グランツは魔術師団を完全に離れて隠居した。フールに糾弾されたからではなく、己の無力さを呪い戒めるために。
(こいつが何の罪にも問われなかったのは、グランツが何も語らず全ての責任を取ったから……。まあこのバカが自白なんてする訳ないからな)
グランツとラギアス家の因縁は深い。ストーリー上でパーティに加わっていれば自ずと向き合うことになる。仲間を皆殺しにした相手の息子であるジークと。
それでもグランツはジークを責めることは無かった。親は親、子は子であると。
しかしあろうことか、ジークはグランツの過去を表に出し責め立てた。貴様が能無しだから部下が死んだのだと。
(ホントに最悪な親子だよな。……ブーメランだな)
このまま何もしなければフールは自ら参加して調査隊は全滅する。シナリオ通りと考えればここは静観でも構わないが……。
「父さん、その調査隊に俺が加わってもいいかな?」
「……? ジークお前がか?」
「実力ある魔術師の魔法を見てみたいんだ。きっと将来ラギアス家の役に立つからね」
「……ジーク! お前と言う奴は。本当に良く分かっているな!」
毎度の如く何が分かっているのか浩人にはさっぱりだった。それでも口には出さない。
「先方への連絡はこちらからする。ラギアス家の力を調査隊の面子へ見せつけてやれ」
シナリオから大きく乖離するのは避けたいし、原作キャラにも近づきたくない。……だが興味があった。
作中きっての魔術師の魔法に、そして原作ファンとしてメインキャラを一目見てみたいと。
盗める技術があるならそれを貰い受ける。
――抗うためには必要なことだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます