第七話

 バジリスクを馬車へ乗せて冒険者協会を訪れた二人。元騎士と貴族風の少年という珍しい組み合わせが辺りの目を引いていた。


「冒険者協会へようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」


 受付にいた若い女性が笑顔で応対する。どこの世界にも顔採用があるんだなぁーとくだらない事を考えていた浩人。


「魔物の解体を頼みたい。必要な素材は引き取りで残りは売却でいい」


「承知致しました。魔物はどちらにございますか?」


「解体場付近へ馬車を停めている。魔物はバジリスクだ」


 賑やかだった協会内がバジリスクと聞こえた瞬間静まり返る。


「――えっ、バジリスク……ですか?」


「そうだ。竜種のバジリスクだ。驚くのは分かるが現物を見れば理解できる」


 突然現れた二人組に竜を討伐したと聞かされ困惑する受付スタッフ。この街周辺には竜どころか危険な魔物が出現することが稀のため驚くのも無理もない。


「か、しこましました! 直ぐに担当と確認させて頂きます」


 


✳︎✳︎✳︎✳︎




 解体場には協会スタッフだけではなく、野次馬の冒険者も集まっていた。


「マジかよ。ホントに竜がいるぞ……」


「しかも全身氷漬けだ。どうなってやがる」


 竜種が討伐された事実に困惑する冒険者達。


「確かに毒竜バジリスクで間違いないようだ。あなた方二人で討伐を?」


 先程の受付スタッフの上司と思われる男性が対応する。


「そうだ。凍結してるのは死体の腐食を防ぐためだ。解体前には溶かす」


「承知しました。必要部位は引き取りで残りは売却でお間違い無いでしょうか?」


「それで問題無い。ただ急ぎで頼む」


「――竜種の解体となればそれなりに時間が必要です。少なくとも五日は時間を要します」


 竜を正確に解体するノウハウをこの街の冒険者協会は持ち合わせていない。そもそも平和な街周辺には竜は存在しないため、わざわざ不要な技術を学ぼうとする者は皆無と言える。


「……可能な限り早急に頼む」


 ブリンクも状況は理解していた。いきなり現れ竜の解体依頼となればそれなりに時間を要する。理解できるからこそ無理強いはできなかった。


「さっきから何をグダグダ言っている。今すぐやれ、命令だ」


 冒険者協会に来てから無言だったジークが不機嫌そうに言葉を発する。ブリンクは慣れているが周りの者達は少年の不遜な態度に目を開く。


「ジーク様、こればかりは無理があります。技術を持ち合わせた人間がいないのなら尚更です」


「無理だと? それは誰が決めた? 人がいない? だったら連れて来ればいいだろうが」


 周囲に多くの大人がいようがお構い無しに、いつもの辛辣な言葉が飛び出す。


「……ここは冒険者協会です。国や立場にとらわれず我々は常に中立を保っています」


「そんなことは知っている。対価無しに貴様らが動かないことくらいはな」


 職員の顔が引き攣る。世間知らずの貴族の子息が問題を起こすことは偶にあるが、ここまで酷い態度は初めてだった。


「でしたら規則を守って頂きます。特別扱いはできません」


「話を聞いていなかったようだな。必要な素材以外は全て無償でくれてやる」


 ジークの発言でまた場の空気が変わった。聞き間違いかと周りを見渡す者もいるくらいだった。


「……ご冗談を。竜の価値をご存知ないのですか?」


 職員の疑問も当然と言える。竜の素材の扱いは多岐に渡る。武器、防具、魔道具など戦闘用品全般に使用され、時には貴族の嗜好品として家具に用いられることもある。竜の素材が使われれば一級品となるため素材価値が他と比べ段違いに高いと言える。


「バカか。そんなことは貴様らよりも知っている。やるのか、やらないのか。早く決断しろ」


 本来竜の討伐依頼となればかなりの報酬が支払われる。希少であり、討伐難易度も高いためである。素材の買取も含めれば更に費用は跳ね上がるが、冒険者協会からしたらそれでも大きな利益が生まれる。それ程までに竜は特別だった。


「……上の者を呼んで参ります。少々お待ち下さい」


「何でもいいから急げ。分かっていると思うが素材に不備があればタダではおかん。貴様らの首が飛ぶことになる……物理的にな」


 冒険者協会全体を巻き込む結果になったが、話は纏まった。明日の同じ時間に来る旨を伝えて場を後にした。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「これを貴様に渡す」


「こちらは何でしょうか?」  


 ジークから封書のような書類が手渡された。


「素材の納品を確認したら一緒に薬師協会へ渡せ。魔力硬化症特効薬の製造法を記している」


「――っ! 特効薬の製造法……」


 驚きのあまり言葉に詰まるブリンク。どれだけ時間をかけても見つかることのなかった解決策が手の内にある。

 息子のことを伝えたのは昨日のはずなのに、短時間で何故ここまで出来るのか。


「さっきの奴らみたいに喚くようなら製造法をそのまま渡せ。もちろん無償でな」


「……どうしてここまでしてくださるのですか? 会ってそれほど時間も立っていない。ましてやあなたからすれば私はそこらの平民と変わらない。しかも他領のです」


 尋ねずにはいられなかった。ここまでする価値がどこにあるのか。下手をすれば命の危険もあった。一度も会ったことがない息子のために何故そこまで出来るのか。


「俺が何のメリットも無しに行動すると思うか? この恩は高くつく、それだけだ」


「もちろんです……。この御恩は必ずお返しします」


「……完治すると決まったわけじゃない。それと俺の両親には何も伝えるな。余計な騒ぎを起こす可能性があるからな」


(何故自分の行いを隠す? 特効薬の利権を手にすれば莫大な富となるはずなのに)


 金にがめついことで有名なラギアス領主の子息であれば同じような思考をしていると初めは思っていた。だが蓋を開けてみれば、厳しい言動の裏には常に他者へ気を配り、時には己の命もかける。


(そうか、この方はなによりも民を第一に考えている。だからこそ両親へ全てを伝えない。実権の無い今衝突すれば確実に軋轢を生むことになるのだから)


 まだ子供なのにどれ程の覚悟と信念を持ち合わせているのか。同じ立場だったとして自分にそれができるのか。

 

「何を腑抜けている、早く馬車を出せ。両親に勘ぐられるだろうが」


 初めはただ将来が楽しみだと思っていた。いずれ、かつて無いほどの偉業を成し遂げるのではないかと。      

 だが今は強さの裏にどこか危うさも感じる。聡明だからこそ周りに頼らず一人で全てを背負おうとする。

 

 何処を見据えて何を成そうとしているのか。叶うことなら彼の行き着く先を息子と共に見届けたいと願うブリンクであった。




第一章 悪役として 終



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る