第四話

 指導者が決まって最初の顔合わせが行われた。ブリンク・ハルトマンというこの国の元騎士がジーク浩人の家庭教師となる。

 年齢は三十代後半と聞いていたが、年齢に見合わない活力を感じるナイスミドルといった風貌。

 会社でいえば管理職を担うであろう年代のため何故騎士団を辞めたのかは疑問に感じたが、自分に都合が良いので深く考えないようにした。


「改めまして、私はブリンク・ハルトマンと言います。聞いているかもしれませんが元騎士を務めていました。以後お見知り置きを」


「ジーク・ラギアスだ。――余計な前置きはいいからさっさと始めろ」


(両親の前とではまるで態度が違うな)


 騎士団を退団して一年後ブリンクは実家のあるレント領へ戻っていた。家を留守にしても、息子の面倒を頼める両親がいる実家の方が安心出来るためだ。

 

 そのレント領の隣に隣接するのがラギアス領となる。他領にも関わらずラギアス家の悪評はこちらへ轟いている。

 領民へ重税を課し負担を強いて私腹を肥やす。払えないものなら問答無用で処罰する。やりたい放題ではあったが国から任されている領主である以上、それがまかり通るのが現実だった。


(親が親なら子も然りといったところか)


 悪評だらけのラギアス家で働くことは本来であれば願い下げだが馬車で一時間程で着き、拘束時間も騎士団に比べれば少ない。そして何より給料が良かった。

 息子のことを思えば金は必要になり貴族との繋がりを持っていれば、治療の糸口へ繋がるかもしれない。

 全ては家族のために。感情を抑えて淡々と業務を行うことだけを考えていた。


「では初めに確認しますが、剣を使ったことはありますか?」


「愚問だ。そこで見ていろ」


 浩人としては「あります。見て頂けますか?」と言ったつもりだったが、相変わらずのオート翻訳機能だった。


 剣を構え上段から振り下ろし、横払い、足を軸に回転させながら切り裂く。

 思い思いに剣を振り反応を窺う。 


 原作知識からジークの戦い方を思い出し個人的に自主練を重ねていたが、元々はただの高校生で剣を握ったことは全く無い。

 原作通りなら才能はあるはずだがそれを活かしきれるとは思えなかったので、早々に方向転換をすることにした結果が家庭教師だった。

 ポテンシャルが高い原作キャラのため、基本さえ掴めばどうとでもなると考え指導の初日を迎えていた。


(これはいったい……。既に型が出来ているのか)


 浩人は原作のコンボを意識して剣を振っていただけだが、傍から見れば異様な光景だった。

 訓練用の剣を少年が振り回すのは決して珍しくはない。騎士に憧れ見様見真似で剣を扱う事はよくある話であるからだ。

 しかしジークの場合は他とはまるで違う。一太刀が完成されている。淀みがなく流れるような剣筋はさながら名門オーケストラの流麗な旋律のようだった。

 

 短い時間でジークの実力をここまで把握出来たのは、元騎士として剣に理解があったからである。それでもジークが異常である事には変わりがないが。


「ジーク様はどなたかに剣術を習っているのでしょうか?」


「バカか貴様は。何の為に貴様を雇ったと思っている」


 まさにジークの言う通りであるが独学でこれほどまでの剣術を身に付けたとは到底信じられなかった。

 親族の指導という可能性もあるがラギアス家が武術に優れているという話は聞いた事が無い。そもそも何のために身に付けたのか。

 

 初めは深く関わらず給料の分働けばそれでいいと考えていたが気付けばジークの指導方針で頭がいっぱいだった。

 人格には難があるがただ純粋にこの才能溢れた少年がどこまで高みにのぼるのか、年甲斐もなく心を躍らせていた。

 

 同時に息子が健全であれば、共に切磋琢磨する未来があったかもしれないと寂しく思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る