第32話 いやあれは魔人ではないだろう

「ふぅ――」


 イグルを吹き飛ばしたガレナは着地と同時に深く息を吐いた。そして次の瞬間にスライが駆け出す。スライはイグルの蟲共を相手にしていたのだが、サリーと協力し見事倒しきったようだった。


「凄まじい強さだなガレナ! 全く魔人すらも凌駕するとは」

「……凄すぎて何を言っていいやら。だが、ありがとう助かった」


 スライはガレナを褒めその背中を叩き、サリーは苦笑しながらもガレナの活躍を称えお礼を述べた。だがガレナはというと何故か小首を傾げていた。


「そんな顔して一体どうしたというのだ? 魔人を倒したのだからもっと誇らしげにしてもいいのだぞ」

「いや、その件だが……いまのは魔人ではなかったのではないか?」

「「は?」」


 スライとサリーの目が丸くなる。当然だろう。今の今まで戦っていた相手は二人から見れば十分に魔人と言える相手だった。しかしガレナは不服そうにしている。


「正直魔人を語っていたあいつの強さは、俺が以前森で出会ったカブトムシよりも下だった。恐らくだが魔人に擬態でもしていた虫、なのではないか?」

「「…………」」


 二人が沈黙し目を白黒させていた。ガレナが何を言っているのかわからなかったようだ。


 ちなみにそのガレナが言っていたカブトムシは魔境に生息するグレートインペリアルジャイアントカオスエンペラーホーンドラゴンキングカブターという名前のカブトムシあった。


 その強さは角にちょっと力を入れただけで大陸をひっくり返す程であり、羽を軽く動かしただけで万を超える国が滅びるとも言われている混沌のカブトの帝王なのである。


 しかしガレナはそのカブトですら昆虫採取感覚で捕まえられるわけであり――そもそも魔人イグルに勝ち目などなかったようである。


 故にこの発言。ガレナはきっと自分の推測に間違いないと自信を持っていた。


「はは、が~はっはっは! なるほどなるほど。流石は俺が見込んだ男だな! まさか魔人が虫螻扱いとは!」

「ガレナにとっては魔人もそこらの虫と変わらないということか。全く恐れ入ったぞ」


 だがしかし、ガレナの考えとは裏腹にスライとサリーは自分たちなりの解釈でガレナを褒め称える。その言葉にガレナはピンっと来ていない様子だ。


「いやそもそもあれは魔人ではないのではという話で――」

「ガレナ様~~~~~~~~!」


 ガレナが二人に対し改めて説明し始めたその時、フランの叫ぶ声が聞こえてきた。ガレナが顔を向けるとフランがパタパタと駆け寄ってくる。


「ガレナ様良かったご無事だったのですね」

「あ、あぁ。なんとか、な……」


 ガレナの下へやってきたフランがその手をギュッと握りしめ笑顔を見せた。フランに触れられガレナの顔が紅潮する。


「ガレナ様。魔人は追い払えたのですか?」

「いやいやフラン様。なんと魔人はガレナによって倒されたのですぞ」

「え! 魔人を! 流石ガレナ様です!」


 スライの答えを聞きフランが瞳を輝かせた。その姿にガレナが弱った顔を見せる。


「いや、あれはその、そもそも魔人ではなかったと思うのだが」

「そうだ! のんびり話している場合ではない。早く戻ってグラハム閣下にお伝えしなければ」


 再び自分の考えを伝えるガレナであったが、サリーが思い出したように割って入った。


「うむ。心配されておられるだろうからな」

「はい。お父様の下へ戻りましょう。さぁガレナ様もご一緒に!」

「あ、あぁ――」


 ガレナと三人の認識に多少の齟齬はある状況だが、こうして一行は領主の下へ戻ることになるのだった――

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