第3話 合気の達人
乾いた枝は一緒に野宿することになった冒険者が集めてくれた。ガレナはそれに石で火を付ける。
この辺りには打つと火花が出る火打石も多く転がっていた。そのためガレナも火を起こすことに苦労はなかった。
焚き火を挟んで向かい合い適当に食事を摂りながら話を聞く。
「貴方も合気のスキルを持っているのか?」
「ふむ。スキルとはまた違うのですが、まぁ似たような物と思ってくれたらいいです」
そう彼は答えてくれたがガレナにはピンっとこないものがあった。この世界はスキルが全てだ。スキルがなければ人の力などあまりに脆弱でこの世界に存在する凶悪な魔物や魔獣、竜などにはとても敵わないだろう。
「その、不躾でもうしわけないが、貴方から見て俺の合気はどう見えた?」
彼について気になることはあったが、とにかく合気と近しい力があるというならどうしても聞いてみたかった。
長年自分なりにスキルに磨きをかけてきたつもりだった。進化もなく派生もしないハズレスキルとされたが、それでも鍛えることで何か見えてくることもあると思ったのだ。
「そうですね。非常によく使い込まれてると思いますよ。よほど努力されたのでしょうね。合気をそこまで使いこなせる人は決して多くはないでしょう。ただ――」
確かに十年間ひたむきに合気の鍛錬を続けてきたつもりだった。それをわかってくれたのはガレナにとっても嬉しいこと。
しかし、その先にどうやら何かありそうであり、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「その上で評価させて貰うなら、貴方の合気はまだまだ未完成と言わざるを得ませんね」
「未完成――それは、一体どんなところがだ?」
前のめりになって聞いてしまう。ガレナはここ最近は合気の伸びに限界を感じていた。独学でやってきたが故の弊害かもしれないが、ここ半年ほどは何をやっても成長している気がしないのだ。
「そうですね。例えば貴方は合気と口にしてますが、どこか画一的になってしまっております。それでは意味がないでしょう。声に出すならそこにしっかり合気を乗せて上げてください。そうすれば貴方はもう一歩先に進める筈です」
「な、なるほど。確かに言われてみれば俺はただ合気と口にすればそれでいいと思っていた。任意発動型のスキルはそうだと思いこみそこに工夫をとは思ってもみなかった」
そう任意発動型はただスキル名を口にすればそれがトリガーになって発動する、声の大小による変化はあるが、それだけだとガレナは思い込んでしまっていたのだ。
「多くの人は意識していなくても常識に囚われすぎているものです。ですがより上を目指すなら特にその合気を完璧に使いこなすならば、これまでの常識を一度壊して考える必要があります」
「なるほど――それができればさっきのようなことも出来るのか。あれは俺にも可能だろうか?」
あれとは山のずれを直したことだ。自分で聞いておいて失礼かなとは思ったが、やはり自分の可能性が気になった。
「そうですね――今後の精進次第と言えるでしょう」
「なるほど。だがこれ以上どうすれば」
「ならばこれは出来ますか? その火をよく見ていてください」
「火を?」
ぼうぼうとよく燃えている焚き火にガレナが目を向ける。すると正面に座る彼が突如火の中に手を突っ込んだ。
「あ! そんな、火傷してしまうぞ!」
「問題ありません」
「問題、ない?」
ニコリと微笑み彼が言う。その腕は火の中に突っ込まれたままだった。普通なら熱くて手を引っ込めるかやせ我慢するにしても何かしら反応があるだろう。しかし彼は涼しい顔をしている。
「もしかして火に耐えるスキルを?」
火に耐性のつくスキルというものは存在する。火耐性などは常時型スキルだ。
「私はそのようなスキルなど持っていませんよ。あくまでこれも合気の範疇です。さてこうすると――」
燃え盛る火に腕を突っ込んだまま、腕をぐるぐると回しだす。すると驚いたことに真っ赤な火も彼の動きに呼応するように動きはじめ、更に段々と腕に巻き付いていく。
「凄い。まるで綿あめみたいだ……」
飴細工というスキル持ちが作ったことで流行ったのが綿あめだ。棒状の物にふわふわした綿状のアメを巻きつけていくお菓子だが、炎がぐるぐる巻き取られていく様子にそれが重なった。
「はは、なるほど。綿あめですか。ではこんなかんじで如何ですか?」
そう言って人差し指を建てると巻き付いた火が指先に集まりまさに綿あめのような形に変化した。
「す、すごい燃え盛る炎を消しもせず取り出し巻きつけるなんて――これが……」
「はい。これが私の合気です」
目を見開いたガレナの肩がプルプルと震えた。感動を覚えていた。まさか合気でここまで出来るとは。ガレナもかなり合気を使いこなせているように思えたが、彼の合気と比べるとガレナの合気など児戯も同じだった。
故に合気を踏み台に飛び回ったり攻撃を受け流したり勢いを利用して叩きつけたり火竜の吹き出す炎を単純に受け流したりも可能だが彼のようにまるで炎を操っているかのような繊細な合気は不可能だ。
それにガレナは昼間戦った火竜の炎で火傷を負ってしまっている。まだまだ未熟な証拠だった。
だが彼が見せた方法ならあのような失敗をおかすことはないだろう。
「お、お願いだ! どうか俺に本物の合気を教えてくれ!」
反射的にガレナは頭を下げ、彼に教えを請うていた。自分の限界を超えるためにはこのまま我流ですすめていては限界があると感じていた。
しかし今まさに彼が教えを請うに相応しい相手が現れたのだ。なんとしてでも合気の秘訣を教わりたい。
「そうですね。少しぐらいならここに留まるのもいいでしょう。ただ私が教えてあげられるのは基本的なことだけ。そこから先は貴方が考え磨き上げる必要があります。それでも宜しいですか?」
「それで構わない! どうか宜しく頼む!」
こうしてガレナは通りがかった旅の冒険者から合気について教わりさらなる修行に励むこととなったのだった――
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