第十四話 「激戦の始まり」

深夜の浮湖荘――


中庭の護摩壇がパチパチと音をさせながら、燃えている。

炎を前にして、8人の少女達が並び、神楽を舞う紫理を見つめていた。

金髪が揺れ、巫女装束がたなびく。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神」

「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等」

「諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと」

「恐み恐みも白す」


神楽鈴をシャンシャンと鳴らした後、紫理が振り向くと、神官装束に身を包んだ覇智朗が三方を恭しく差し出す。

三方の上には、大きく真っ白な皿が乗せられていた。



数時間前――


彩暉達8人は紫理に呼ばれ、浮湖荘の大広間に集まって居る。


「・・・という事。つまり、貴女達に4つの宝玉を集めて貰いたいの」


先日の犬童から聞いた4つの宝玉を集め、殺生石の山に住むという【九尾の狐】に会わなければならない事は衆目の一致する所であった。


「紫理さん。わたし達が何故この世界に呼ばれたのかが今、分かった気がします」

彩暉の言葉に皆が大きく頷く。


「でも、4つの宝玉を護っている守護者達は並の妖怪じゃないわ。出来る事なら、8人で1つずつ確実にしたいところだけど」

「せやけど、1人でもわい等の事に感づいたら他の奴がどう出るか分からへんし」

紫理の言葉に覇智朗が続けた。


「下手に刺激してまうより、一気に4ケ所へ行った方がええやろ」

「つまり、2人1組で同時に4ケ所へ行って貰いたいの」


 犬童との闘いを思い出す8人の少女達の顔は緊張に満ちていた。

8人揃っていても、犬童に勝てたがどうかは定かでは無い。

葛姫の降臨があって事が落ち着いたのである。


「どっちにしても、やるしかねえって事だろ」

歩南が重苦しい空気を跳ね飛ばす様に声を出した。


「そうね。その為にうちらは集まったんだし」

結那が歩南に同調する。


「ボクは異存無いよ」

「そうね。それしか道は無いんだし」

望永と慧が顔を見合わせる。


「パーっとやっちゃえぱ、いいじゃん」

「わたしは・・・。皆さんがそうおっしゃるなら」

栞寧と遼歌もニコリと笑う。


「紫理さん。わたし達に出来るんでしょうか?」

「じゃ無くて、やるんでしょ。彩暉」

彩暉の肩を軽く叩く七瀬。


「どうやら、決まりやな。紫理はん」

「そうね。覇智朗、護摩壇の用意を」

「はい・・・。って、何やねん。わいは小間使いとちゃうでぇ!」

「あら、ここに置いて貰えるだけで有難いって言ってなかった?」

「せやけど・・・」

何処か不満そうな覇智朗――


「ハチコー、さっさと準備しなさい!」

「何やねん、結那ちゃんまで。ええわい、分かったわい!」

そう言うと、覇智朗は大きな腹を揺らしながら広間を後にする。



「それで、どうやって組み分けを決めるのさ。くじでも引く?」

「易皿を使うわ」

歩南の問いに応える紫理であった。


易皿とは、望月家に伝わる占法である。

元は、古代日本多様されていた「太占(フトマニ)」という占いが原型になっている。

これは、動物(主に鹿等)の肩甲骨を火に梵べて、ひびの入り方で占っていた。

時代が進むにつれ、亀の甲羅を焼き、そのひびの入り方で占う「亀卜(キボク)」へと引き継がれ、中世期に望月家の「易皿」に行きついたのである。

 神仙山中の土を新月の夜に掘り、7日かけて祈祷した後に新円形の純白な大皿に焼き上げられた皿を護摩壇の火にくべて、ひびの入り方で吉凶を占うのである。




 覇智朗が恭しく掲げた三方から大皿を持ち上げた紫理がそれを護摩壇の火に梵べた。


パチパチと爆ぜる火の音が周囲に響く。


皆が目を閉じ、黙って神託を待つ――


ピシッ! ピシピシッ!


皿に亀裂の入る音を聞き、紫理はゆっくりと目を開けると皿に入ったひびの広がり方を黙って見つめる。


ピシッ! ピシピシッ! ピシピシッ! パリーンッ!

ひびが全面へと広がり、皿が落ちた。



「ふうぅぅぅっ」

大きく深呼吸する紫理。


「紫理はん。どうやったんや?」

覇智朗が紫理に尋ねる。


「見えたわ、ご神託が」

そう言いながら振り返る紫理。


「栞寧と慧は、四国・四万十」

「奈々聖と優奈は、長野・天狗山」

「歩南と遼歌は、山形・蔵王」

「望永と彩暉は、京都・二条」

名が呼ばれた者同士が頷き合う。


「覇智朗、この娘達の足を頼むわよ」

「しゃーない。最高の旅行を手配したろうやないか」

こうして、8人の少女達は4組に別れ、それぞれの目的地へと向かったのである。




 四国・四万十――


四万十川(しまんとがわ)と呼ばれる大河である。県の西部を流れ全長196km、流域面積2186km2と四国内で最大の河川である。

日本最後の清流の別名を持ち、名水百選・日本の秘境100選にも選ばれている。

また。この川には47カ所もの沈下橋がある事でも知られている。



「ねぇねぇ、見てよ。栞寧ちゃん」

「うっわー! 水が透き通ってる」

沈下橋の上から川面を覗き込む、栞寧と慧。


「でも、この橋、何で欄干がないの? 落ちたら危ないよね」

「えーっとね・・・」

慧はどこかで貰って来たらしいパンフレットを取り出す。


「沈下橋っていって、欄干を無くす事で洪水の時に橋が流されるのを防いでいるってさ」

「洪水って?」

「大水って事じゃないかな」

「へぇ、この時代はそう言うんだ」

納得顔になる2人。


「さてと・・・」

「川で宝玉を守っている妖怪ってなると」

「普通に考えると、河童だね」

「問題は、どうやって見つけるか」

頭を悩ませる慧、だが栞寧は既に何かを思いついている様である。




「有った、有った」

栞寧と慧は川沿いを少し離れた田園地帯を歩いている。


「栞寧ちゃん。お百姓さんの所にでも行くの?」

「そうそう。河童と言えば、やっぱ胡瓜でしょっ」

「でも、ここ。人居ないよ」

「無人? 販売所?」

「お代は?」

「ここに入れるみたい」

慧は置かれている缶製の貯金箱を指差す。


「お代ってどれくらい?」

「えーっと、1袋100円って書いてあるよ」

「100円って、どれかな?」

「栞寧と慧は覇智朗から渡されていた財布を空けて覗き込む」


「まぁ、これで良いんじゃね」

「胡瓜は5袋だから」

「んじゃ、こいつも5枚だな」

そう言うと、栞寧は1万円札を5枚取り出すと小さく折り畳み、貯金箱へと無理矢理押し込む。

きっと、この貯金箱を回収した後に設置した人は驚く事であろう。




 数時間後――


「来ないね」

「胡瓜じゃ、駄目なのかなぁ」

「お酒の方が良かったとか?」

川に1本ずつ胡瓜を投げ入れ、流れて行くのを見続ける栞寧と慧。


「もう無くなりそうだよ」

「さっきのとは別の所に、探しに行くっきゃないかぁ」

諦めがちな栞寧が、残り少ない胡瓜を川に投げ入れた時――


 ボコッ! ボコボコボコッ!

胡瓜に向かって水泡が沸き上がったかと思うと、胡瓜が水中に消えた。



「胡瓜、無くなった・・・」

「いよいよ、登場かな」

川面を覗き込む2人。



ボコボコボコッ! ボコボコボコッ!

水泡が更に激しくなり――


 ザバァッ!

水が吹きあがったかと思うと、そこにはそれまでには居なかった異形の姿がある。


 青緑の体色・背中には大きな甲羅を背負い、整った顔立ちながらも頭頂部には毛が無い。

まるで相撲取りを思わせる様な巨大な体躯が、川面に立っている。


「胡瓜くれたんは、おメえらけ? オラに何の用ずら?」


「貴方がこの川の主?」

「そうずら。河童の蒼河(そうが)様ずら」

「んじゃ、宝玉持ってるよね?」

宝玉という言葉を聞いて、蒼河の眼つきが変わった。


「ちょっと貸して欲しいんだけど。その顔じゃあ、無理っぽいな」

「慧ちゃん!」

慧と栞寧が身構える。


「宝玉が欲しいんなら、力づくで取って行くずらっ! 女子(おなご)でも、容赦しないずらっ!」


「やっばり、こうなるか。慧ちゃん!」

「うん、栞寧ちゃん!」


遂に四万十の主、蒼河との闘いが始まろうとしていた。





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