死神からの贈り恋はさよならに幸せを

８

　テストがとうとう始まり、一日目からあまり良い出来じゃないものを感じ取った。

「テスト初日、どうだった？」

　昼に駅で待ち合わせしていた映見が、げっそりしている僕に容赦なく調子を聞いてくる。

「だめだ。いつも以上にできなかった」

「そんな、じゃあ、今日は早く帰って明日の準備に備えて」

「うん、そうするよ」

　僕は鞄からカメラを取り出そうとすれば、見当たらない。

「あれっ？　ない、ない」

「まさか、カメラをなくしたの？　それとも演技？　どっち？」

　映見は不意打ちかもしれないと半分疑っている。

「ごめん、まじでない」

　僕も映見も顔を見合わせて青ざめる。

「鞄にちゃんと入れてたの？」

「朝はちゃんと確かめたから、入っていたんだけど」

　僕はじっくりと鞄の中身を確かめた。何かがおかしい。

「あれ？　これ、よくみたら僕の鞄じゃない。神野のだ」

　学校指定のナイロン製紺色のボストンバッグ。自分の持ち物だと区別するキーホルダーもついてないから、手違いで入れ違ってしまったのだろう。どこで入れ違ったのかと思い出そうとすれば、それらしき出来事が頭に浮かんできた。

『時生映見とは上手くいってるのか？』

　帰り際に神野に訊かれたんだった。テストの出来も悪く落ち込んで答える気分じゃなくて、代わりに八つ当たりで鞄を投げつけたんだった。

『おっ、生意気な』

　神野は僕の鞄を手にして走って逃げていった。

『おい、鞄返せよ』

『だったら、謝れ』

『悪かったよ』

　でも素直に返してくれなくて、そこに面白がって他の奴が混じって僕の鞄がパスされまくった。最終的に僕の鞄を手にした神野とももみ合いながら、やっと手にしたと思ったら、神野の鞄だったとは。なんてこった。

「今から神野と連絡とって鞄取り替えてくるから」

　僕は映見に申し訳ない顔をして言った。

　でも映見はニコニコと笑っている。

「その必要ないかもよ」

「えっ？」

　映見は僕の後ろに視線を向けていた。僕も振り返ったとき、はっとした。

「おい、ドジな透。俺の鞄持って行くなよ」

「ああ、神野！」

「俺も忙しいのに、余計なことさせやがって」

　といいつつ、顔は怒ってなかった。笑いながら僕に鞄を突き出した。

「わざわざありがとうな」

　神野と無事に鞄を交換した。

「それじゃ、俺はお邪魔だろうから、すぐに帰るぜ。じゃあな、おふたりさん」

　無駄口を叩かずに神野は粋に笑って踵を返す。その姿は男の目からみてもかっこいいと思った。

「神野君って冷血漢のような雰囲気あるけど、本当は優しい人だよね」

「冷血漢？」

　僕にはそんな風に見えた事がなかったから、不思議だった。

「目がなんかきつい感じでしょ」

「言われて見ればそうかも。でもそれがアイツをかっこよく見せているように思う」

「かなりのイケメンではあるけども、なんか整いすぎて却って怖いものを感じる。私はちょっと抜けてて、不器用な面が多少ある方が好きなんだ。なんていうのか、きゅんって母性本能くすぐられるというのかさ」

　照れた笑いを僕に向けたそのとき「あれっ？」と僕は戸惑った。一瞬僕たちは見つめあい、変な間があいた。

　僕が我に返って慌てると、映見は何でもないことのような余裕さを添えて僕に微笑んだ。

「これで写真が撮れるね。早く撮って、今日は帰ろう」

「あっ、そ、そうだね」

　さらりと告白を受けたような、よくわからないまま鞄からカメラを取り出した。

　素直にそのままそれを向ければ、映見は頬をピンクに染めながら僕に笑顔を見せていた。

　カチッと音がして撮り終わっても、その笑顔は暫く続いていた。僕を純粋に見つめていた。その表情にドキッとするも、手に持っていたカメラが急に重く感じる。

　これで残りあと四枚だ。

　枚数はどんどん減って焦るのに、先ほどのはにかむような笑顔がいつまでも僕の脳裏に残って離れなかった。

　テスト二日目が終わったこの日。また昨日と同じ場所で映見と顔を合わせる。

　今日は少しだけだめもとで知恵を働かせてみた。

「あっ、またこれ僕の鞄じゃない。神野だ。あいつわざと鞄を摩り替えやがった。あいつならやりかねない」

「えっ、またなの？」

「神野ってさ、こういうこと平気でできるんだよね」

「じゃあ、またどこかにいて持ってきてくれるんじゃないの？」

「多分、この様子をどこかで隠れてみているんだと思う。神野の奴め」

　といいつつ、鞄の中にはカメラは入っている。ちゃんとフィルムも巻き上げ準備は整っている。これは僕の嘘だ。嘘がいけないとは分かっているが、これも勘違いだったとすっとぼけようとしていた。

　今までの失敗したことを活かして、今日こそはとチャレンジする。

　映見はすっかり信じて、神野がいると思ってキョロキョロと周りを見ている。

　そっと鞄に手を突っ込みながら、慎重にタイミングを計らっている時、うまい具合に映見の視線が一点を見つめたまま動かなかった。

　これならいけると素早くカメラを取り出して構えてシャッターを押すその一秒前、映見は身を屈め、虚しいシャッター音だけパチッと聞こえた。

「やだ、ハトよ、ハト。あの人、あそこで餌与え始めるから、あちこちから飛んできちゃった……って、えっ？　それどういうこと？」

　僕が持っていたカメラを見て驚く。

「あっ、えっと、安心して、また失敗したから」

「透、また嘘をついたのね。嘘ついて撮った写真は無効っていってるでしょ」

「いや、その、だから、ちょっと勘違いしてたんだって……」

　だけどどんな言い訳もこの先映見には嘘だと思われて、成功しても度々こういうことをしていると無効にされそうだ。

　それに姑息な手を使っても、度々のアクシデントで上手く行く気がしなくなった。

　残り三枚。

　どちらも気が抜けなくなってくる。僕は一体どうすればいいのだろう。足元になぜかハトが寄ってきて、その側で糞をされた。