第四章 君が賭けに拘る理由
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長い連休が終わった次の日は気だるい。朝、自転車を漕ぐ足が重く、電車に乗っても欠伸ばかり出てしまい、目じりに涙が溜まっていく。それを指で拭えば、ため息がもれた。
十連休は僕を現実から遠ざけ、別の世界にいた気にさせた。だから急に現実に引き戻されると目覚めきってない僕の脳は境界線をはっきり区別できずに調子を狂わせた。
あやふやな現実と夢の狭間に迷い込んだこの世界。この後、僕の進むべきタイムラインはどれなのか。道にもなっていない
行くべき道を進まなければならないから、目を凝らしてどこにその道を作っていいのか見極めようとしているのに全然足が進まない。それでも無理に一度方向を定めれば、僕の行くべき道は水が流れるように僕をつるっと運んでしまう。これでいいのか迷う暇もなく、後戻りできないままに人生の道筋が安易に決まっていく。まるで何かに取り込まれてそう仕向けられているようでもあった。
ただはずれを引きたくなく、少しでも無難なものに当たればいいと、まだ自ら事を変えようと必死になってない、いい加減さが含まれている。あれだけ自分は不吉なものだと思いこんでいたのに、それもまたあやふやになって薄まっている始末だった。
映見と知り合った最初の頃は、この状態を続けることに葛藤し、映見に災いが起こることを怯えていたくせに、映見と過ごせば過ごすほど自分の置かれている立場に光が差していいように考えてしまう。
もしかしたら神野のいうように偶然が重なっただけだったのか。僕と関わった四人の大切な人たちを失くしたというのに、そんな風に思いたい自分がいた。
死神を否定していいように考えようとすることは、ただ嫌なものを何かで覆いかぶせただけだ。
見なかったことにしよう。
黙っていればそれでいい。
考えないように他のことで塗りつぶしてしまおう。
上辺だけの乾いたポジティブは見せかけと分かっているから足元はおぼつかない。
今は騙しに騙してそれは大人しくしているだけで、本質がいつもそこにある限りいつかはまた露呈する日がくると本能で感じ取っていた。でも今だけは上手くいくと信じたかった。
だけどそれは長く続かず、僕の安易な希望に容赦なくひびが入ってくる。
目を覚ませと、見知らぬ人からの警告のメールが僕のスマホに妖しく届いた。僕はそれを見て一瞬で心が冷えた。
映見チャレンジがそろそろ折り返し地点に来ているこのとき、まだ一度も条件に沿った写真を撮れていない。いや、次がある、次があると言い聞かせて失敗したことを真剣に受け止めてなかった。
なおざりにチャレンジを放棄してしまうことも多々あった。本来の目的が欠如して、僕は映見と一緒に過ごすことに慣れてしまっていた。
映見もまた賭けなどはなっから気にしてないように、ただ成り行きにことを進めているのかもしれない。
連休明けの久しぶりの学校の帰り、映見はいつもの駅前を指定してきた。何度も僕が失敗した場所。細かく知り尽くして隠れる場所も死角もばれ、すでに僕に勝算などないとそれすら慣れて思うようになってしまった。
映見の中でも、僕のチャレンジするやる気が薄れたと思っていたのかもしれない。そう思っているのなら都合がよかった。
僕はこの時、本気で映見に見つからないように全身全霊で挑んでいた。
映見が待つ場所の近くにタクシー乗り場があり、僕は前もって、待機しているそれに乗り込んでいた。
客がいない時間帯。タクシーは暇を持て余してそこに停まっていた。ほんの少し僕を座席に座らせてほしいと頼み込む。もちろん乗り込んだ分初乗り運賃分のお金は払うつもりだ。タクシー運転手は不思議な顔をしていたけど、人の良さそうな感じで断らなかった。
「なんだか事情はよくわからんが、客が来るまでなら、座ってていいぞ。私もそれまで休憩だ」
タクシー運転手は車から降り、外に出て伸びを始めた。
僕は礼を言って遠慮なく後部座席に乗り込んだ。身を潜め、タクシーの中からカメラを抱える。やがて映見が現れ周りを警戒しながらタクシー乗り場の近くに佇んだ。
僕の心臓はいつものようにドキドキとし出した。
焦るな、慌てるな。
そう言い聞かせてシャッターチャンスを窺う。あと少し映見がこっちを向いてくれさえすれば気づかれずに撮れるはずだった。
だけどもう少しというところで、乗客が現れてタクシードライバーが後部座席のドアを開け僕を追い出そうとする。
「すまないね、仕事だから付き合うのはここまで」
仕方なく僕がタクシーから出てくると、案の定簡単に映見に気づかれてしまった。
「ええっ! そんなところにいたの? もしかして写真撮っちゃったの?」
全く僕の計画に想像もつかなかった映見は不安そうに訊いてきた。
僕は首を横に振ったことで、映見はほっとしていた。
「それにしても危なかったな」
映見はすでにニコニコしてたので、僕は何も言わず投げやりに写真を撮った。
「いきなり乱暴に撮るなんて、一体どうしたの?」
僕の顔が強張っているのを見て映見は首をかしげた。
「今日はこれで終わりだから、じゃあな」
つっけんどんな態度で踵を返して僕が去ろうとすると、映見は引き止める。
「透、なんか変だよ。もしかしておばあちゃんの具合が悪くなったの?」
「ううん、ばあちゃんはなんとかひとりで動けるようになった」
「じゃあ、だったらなんで今日はそんなに機嫌が悪いの?」
「これが本当の僕だからさ。映見は僕と一緒にいちゃいけないんだ」
それだけ言うと、僕は逃げるように走り去った。
映見は僕の名前を何度も呼んでいたけど、僕は振り向かずにただその場から姿を消すことに必死だった。角を曲がり、雑居ビルの路地に紛れ、息が切れるほど走ったそのあと、虚しさがどっと押し寄せてきた。
はあはあと胸が苦しくなって立ち止まる。そこで初めて僕は後ろを振り返る。映見が追いかけてくるなんて思っていなかったけど、そこに彼女の顔を淡く想像していた。
こんな露骨なことをして逃げなくても、映見がメールを打てば簡単にメッセージが届いてまた次会うことになるというのに、まるで駄々をこねる子供みたいに幼稚な行動だ。
でも僕はそうすることしか出来なかった。
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