残念エルフとGO!
ハタやんはエルフ少女の耳元でテーブルを二回ノックした。
「入ってますかー」
「……」
「――へんじがない。ただのしかばねのよ「ともっちマジで縁起でもないからあっ!」あっはい」
っていうかその起こし方、さっき私がやったのと同じじゃんつまんない。そう言ったらすっごくちっさい声だったのに、獣人の耳で聞こえちゃったらしい。ツッコミ役にボケさせるなって怒られた。
「イッシー、おーいイッシー」
ハタやんが優しく肩を揺さぶってるけど、うーんと言ったきり起きる気配がない。
まあ焦っても仕方ないよね。私はきゅうり漬を二切れ口に放り込んで咀嚼する。うーんさっぱりシャキシャキして美味しいね。そのまま流れるようにハイボールを口に含んだところで、ゆっきーがエルフ少女の耳元で優しく、そして妖艶に囁いた。
「キュウキュウシャ ヨブヨー」
――ブッフォぉぉ!
今度は私が鼻からハイボールを噴出する羽目になる。
なぜなら前回の飲み会の時、イッシーは飲みすぎてしまって救急搬送されたのだ。そして今日上野に集まっていたのは、イッシーの復活祝いとリベンジを兼ねてという名目だったから。
でもゆっきーの放ったそのセリフ? いやある意味呪文?? は効果てきめん。腹をかかえて息も絶え絶えに笑い続ける黒い女豹ハタやんの横で、エルフ少女がシャキッと起き上がる。
「一生の不覚!……って、あれ?」
「あー起きた起きた! あっはっはっは」
「イッシーおはよー。体調は大丈夫ー?」
「え……っと、あなた達はどちら様で?」
それぞれ自己紹介を済ませると、イッシーも簡単に納得した。そうだよね。うちらはみんないい歳してるけど、何十年も前からファンタジーはあったし。なんなら今の世の中は、転生転移ファンタジーの洪水だもの。
ちなみにイッシーは某大手メーカー勤務のデザイナーさん。工業製品から可愛い女の子まで、なんでもデザインしちゃうすごい人。その仕事柄、流行りのアニメもよく見てチェックしてるんだって。
それにしてもエルフ少女なイッシーは、金髪碧眼の可愛らしい姿。そして特徴のある長い耳。ちょっと透け感のある素材でできた服と相まって、まさに森の妖精だ。
イッシーはさっきから熱心に鏡を覗き続けている。顔の角度を変えたり、髪の毛を触ってみたりして。そうだよね、アニメに出てくるみたいな典型的なエルフ美少女! 嬉しくないわけないよね。
「これ……本物のエルフの少女……」
「うんよかったね。イッシー、すっごい可愛いよ」
本気でそう思って褒めたのに、イッシーはふうっとため息をついた。
「うん、いい……いや悪くないんだけど……でもそうじゃないんだよなぁ……」
「え?」
エルフな美少女はやれやれとでも言いたげに額に指を当てると、ニヒルに笑みながら軽く首を横に振る。
「俺は二次元の方が好きなんだ……」
「「「あんた本当にめんどくさいね!?」」」
見事に全員でハモった。
***
「とりあえずさ、無銭飲食にはならずに済みそうだね」
ハタやんの言葉にうなずく私たちは、自分の手持ち荷物を確認していた。鞄だけはそれぞれ見たことない革製に変わってるけど、中身は上野にいた時のまま。あとスマホは圏外になってるのでさっさと電源を落とす。
財布を確認すると、免許やカード類はそのままなのに、お金だけが見たことのない硬貨と紙幣に変わってた。メニューの文字も見たことないけど、なぜか読める。うん、便利だわ。
「単位はエラ。んで紙幣と硬貨の種類は、日本と全然変わらないね。違うのは見た目だけ。これなら計算も楽だなあ」
ゆっきーが、メニューと手持ちの金を見比べながら説明してくれた。ふうん、それは本当に便利で助かる。私、暗算苦手なんだよね。
最年長61歳。メロンおっぱいゆっきーは、定年後も現役のエンジニアとしてバリバリ働いてる人だ。計算はもちろん、頭の回転も早い。でもこんなすごい人でも、お酒が入ると同じ話を繰り返しちゃうんだよ。お酒って怖いよね。
「とりあえず、これからどうする?」
少しだけ不安げにハタやんがつぶやいた。ふーんと少しだけ考えて、ゆっきーが提案する。
「まあ今テーブルにあるもんが無くなったら、一旦出ようか。んで寝るとこ確保して」
「いいっすね。んで明日朝、明るくなってからこの世界の探索?」
「いや、寝る前に別の店行ってみようよ」
「まだ飲むんかーい!!」
ハタやんのツッコミ炸裂を横目に、エルフ少女イッシーはニヒルにショットグラスを傾ける。あ、それウイスキーじゃん。ほんとそれ好きね。前はそれのせいで倒れたのに。
でも流石に今回はカパカパ空けるようなことはなく、香りを楽しみつつ舐めるように飲んでいる。うん、これなら今回は大丈夫そう。
「なんだ、俺たちはいつもと何も変わってないじゃないか」
「やだイッシー、なんかかっこいいこと言ってるわ」
「ちょっと待って。オイラたち相当変わっちゃってるからね!?」
連続ツッコミも大変だね。私はハタやんの取り皿に、串焼きを一本乗せてあげた。
「まあ今は飲もうよ。せっかく目の前に酒があるんだしさー」
「うう……ともっち、まじ天使」
「うん、ほんとに天使になったしねー」
私はケラケラと笑いながらハイボールを呷った。あーおいしいなー。
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