第43話 ヒト殺し4
『そう、君の御先祖様だ。誇るといいよ。その殺人本能や人を越えた力の数々は君の血に刻まれているものだ。神の真理なんて関係なく、君自身の力さ』
誇る?
誇れるものなのか、これは?
こんな厄介で扱い難いものに、とてもではないが誇りを持てるわけがないだろう。
だが、俺の気持ちを無視して、声は続ける。
『君の御先祖様は実に有能だった。まぁ、そうでなければ、公儀隠密など務まるはずもない。ただ、彼はこの時、ひとつだけミスを冒したんだ』
一人だけ残った金元が足を止めて、振り返るなり鋭い突きを繰り出す。
もはや、これまでとでも思ったのかもしれない。
だが、そんな決死の突きを軽やかに躱した弥兵衛は、すれ違いざまに自身の掌を金元の顔面へと叩き付けていた。
重く、鋭く。
紙を何枚にも束ねて一気に斬り落としたような音が響く。
気が付いた時には、金元の顔には弥兵衛の掌と同じ形をした穴が空いていた。皮膚も、肉も、頭蓋も何もかもを指先の力だけで薄紙のように抉り取った弥兵衛は、金元の頭の一部であったものをその場に払うように床へと投げ捨てる。
ベチャッと濁った水音が響き、地面に投げ捨てられた肉片が白い世界の中で妙に紅く、どす黒く床を染める。
「金元と言えば腕利きで知られていたが、期待外れだったか」
そう言って、弥兵衛は血塗れの指をペロリと舐め取る。
その行為をすることで、彼の目付きが徐々に温和になっていく。
うぅむ。自分の先祖のことながら、かなりのイカレ具合である。この男の血を引いているというのなら、俺もそうなるだろうなという謎の説得力がある。
『ココだ』
此処? 何処? いや、何?
あ、あれか。何か殺してはならない相手を殺してしまった、とかそういう話か?
だが、甲高い声は違うとばかりに声のトーンを落として続ける。
『彼は、神の真理を喰った』
喰った? 神の真理を?
喰ったって……食べた?
『そう、この殺された金元は神の真理をその身に宿した存在だった。その真理から得た知識を元に、開国や倒幕を声高に唱えていたんだ。恐らく、彼には神の真理によって来たるべき未来が見えていたんだろうね。でも、そんな彼を殺して、神の真理を喰らってしまった者がいる。……それが、君の先祖だ』
血を舐める――たったそれだけの事で、神の真理を喰らったということになるのか?
それは、グラシャラボラスと同じで、神の真理を得る為に人を喰らったという事と同義だと?
だとしたら、俺が今悩まされている問題も、全てはここから始まったのか。
『正確に言うと、血を飲んだ程度では神の真理は得られない。けど、そこに肉体の崩壊が重なると話は別だ。生物の生存本能とでも言うのかな。神の真理にもそういうものが働いて、次の宿主へと移り住もうとするんだ。その移住先の条件に、神の真理を宿した者の血肉を喰った者という条件があるんだけど、丹生弥兵衛は偶然にもその条件を満たしてしまったんだ。……あの様子だと、殺した者の血を舐めるのは昂ぶった気持ちを落ち着ける為のルーチンワークだったのかもしれないけどね』
人を殺すということは、多かれ少なかれ人の精神に影響を与える。
その影響を考えて、気持ちのリセットの為にルーチンワークを決めているというのは、有り得る話ではあった。
……あったが、それがこの時ばかりは、悪い方に作用したということか。
『丹生弥兵衛が人斬りとして全くの無名なのは、この所作にあったからかもしれない。いわゆる、二重人格という奴さ。血を舐める事で公儀隠密から、全く無害のただの町人に変わってしまう。けれど、それが今回は裏目に出た。丹生弥兵衛は、金元の血を飲む事で神の真理を会得する事に成功してしまったんだ。本来なら、それはそれで喜ばしい事なんだけど、ここでひとつ大きな問題が起きたのさ。何だか分かるかい?』
いや、全然。
何が起きたんだ?
『少しは考えなよ。正解は、金元が多少ではあるけど神の真理を使い熟せてしまっていたって事さ』
そういえば、先程、神の真理を使って未来を予見していたとか言っていたか。
いや、あの悍ましいものを使い熟すだと?
俺はつい先程、神の真理に侵食されかけた感覚を思い返しながら背筋を震わせる。
とてもではないが、あれを制御して利用するなんて正気の沙汰じゃない。
だが、金元はあの感覚を受け入れて、神の真理をその手にしていたという事か。
俺が言えた義理ではないが、金元という男も相当狂っているな。
『そうだね。神の真理に精神を冒されながらも、彼は正気を保っていた。恐らく、彼にはそういったものに対する適正があったんだろう。十全とは言わないけど、何とか騙し騙しといった感じで使っていたんだ。だからこそ、彼は自分が殺される瞬間も、冷静に神の真理を利用することが出来たんだと思う。今みたいにね』
今みたいに?
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