海と水着と選択
「あの、有栖先輩、周りに全然人がいないんですけど本当にここであってます?」
今は8月の頭で一番海水浴に適したシーズンのはずだ。
それにここの近くには有名な観光地の寺院や滝があるような立地で別荘もそれなりにあると聞く。
「あってるよ? 人が少ない理由は単純にここが小鳥ヶ丘家のプライベートビーチだからかな」
「サラッと凄いこと言いますね……」
朝のお父様の件といい、どうやら有栖先輩はとてつもないお嬢様なのかもしれない。
「とりあえず下見も済んだし宿に荷物置きに行こうか」
◆◆◆
「有栖先輩、何回も申し訳ないですけどここの旅館に本当にただで泊めて貰っていいんですか?」
「いいの。それに今回も連絡寄越さないし浮気もする大智君への当てつけみたいなものだから、ね」
当てつけという言葉が最近の有栖先輩のマイブームだ。
確かに細やかな復讐心を満たすにはこれぐらいが丁度いいのかもしれない。
「それで颯斗君、海へ行こうと思うんだけどね?」
「はい、元より海で遊ぶ為に来ましたから。それがどうかしたんですか?」
「うん。あの水着を2着、持ってきたんだけど選んで欲しいなぁって……ダメ?」
好きだった人から顔を真っ赤に染めてそんなことを言われたら、断れない。
だったら返事は決まっている。
「い、いいですよ。着替えないといけないと思うので俺は一旦部屋、出ますね」
「あ、あのこの部屋ね、障子で半分に別れるから別に出なくてもいいよ……」
キュッと服の袖を掴まれ、出ていかないでほしいと懇願される。
有栖先輩の意図は正直全くわからないが、頼まれたのなら仕方ない。
そう、仕方ないのだ。
「わ、わかりました。それじゃあこっち側で待ってます」
「う、うん! なるだけ急いで着替えるね」
すーっと障子が閉じていく。
後は俺が心を無にして待つだけなのだが、ここで困ったことが起こった。
今の時刻はお昼前だ。
そして有栖先輩側の部屋は西向きに窓が配置されている。
そう、障子の紙を通して有栖先輩が服を脱いでいる姿が影で映し出された。
心の中で平常心と唱えても、どうしても目を開けてしまい、その完璧なまでのプロポーションが目に入る。
絹が擦れるような音が更に俺のうちに眠る何かを掻き立ている。
そんな俺のドキドキの時間は数分で終わりを告げるた。
「1着目ど、どうかな」
障子が空いた先にあったのは黒を基調としたハイネックのビキニだった。
奇跡のようなアリス先輩の体型によって成り立っているともいえる絶妙なバランスだ。
「とてもいいと思います……」
「じゃ、じゃあもう1着着てみるね!」
そしてもう一度障子が閉まり、俺にとっての地獄の時間が始まる。
目を瞑っていればいいのだが、どうしても男としてはみたいという葛藤がずっと俺の中で喧嘩をしていた。
だが、水着から水着だからか思ったよりも今回は短く済んだらしい。
「2着目はこんな感じなんだけど」
2着目は青を基調としたオフショルダーのビキニだった。
個人的には俄然、2着目の方が好きだ。
何というか有栖先輩の魅力全てを引き出せている気がする。
「それでどっちの方がいいかな……?」
だが、ここでよく考える必要がある。
女の人は男に2択を迫る時、大体もう答えは決まっていると何処かで見た気がした。
つまり、アリス先輩の中での答えはもう出ていて俺は試されているのではないか?
悩んだところで待たせすぎるのも良くはない。
俺は悩むのをやめ、自分の気に入った2着目を推すことにする。
「俺としては2着目の方が好きです。有栖先輩の良さを一番引き出せていると思いますよ」
「じゃあ2着目にする! 颯斗君も早く着替えてね」
こうして俺にとって天国か地獄かわからないイベントは終わりを告げた。
◆◆◆
夕方まで海で遊んだ俺は夕飯に舌鼓を打った後、温泉で温まり部屋へと帰ってきた。
流石にプライベートビーチというだけあって有栖先輩が不届き者にナンパされるなんてこともなく、楽しく遊べた気がする。
「じゃあ寝ようか!」
「あの有栖先輩?」
「何かな!?」
「何で布団が同じ部屋に敷かれてるんですか?」
「気のせいだと思うな。うん」
どう見ても俺の目の前には布団が2つひいてある。
有栖先輩から旅館に来た時に部屋は別れてるから安心してくれと、言われていた気がしたが。
「俺としては有栖先輩がいいならいいんですけどね……。知りませんよ、朝起きて何かあっても」
「大丈夫だよ。颯斗君はヘタレだから」
前回に引き続きまたヘタレと言われた俺は少し凹みながらも布団へと身を埋めるのだった。
—————
ラブコメ難しいです……。
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