第壱部

第1話

 案の定、オートマタを梱包する箱は無かった。

 通常、パッケージに梱包されているはずなのだが…まぁ、このら自体、裏口に置いてあったわけだし…持って帰るときになんとなく察した。

 結果、途中まで無理した持ち方で持って、タクシーの運ちゃんに引かれながら家の前まで送ってもらい、そこからまた無理した持ち方で持って帰ることになったのだ。死ぬほど恥ずかしかったし、大変だった。

 そして今、俺の家にオートマタの女の子が二人…。

 いよいよ起こすのだ。



「…起動の仕方…もはや変態の粋だろ」

 起動方法。両方の頬に手を当てる。そう説明書に書いてあるのだ。マジでそのまま書いてある。

 設計者とその周りは何も言わなかったのか?こんな変な起動方法、見たことも聞いたこともないぞ。

 それに、桃色の娘と金色の娘、どちらを先に起動すればいいんだよ。こんな二人を目の前にして優劣なんてつけられない!……いや、これは俺の自由なんだろうけど。

 疑問は残るけど考えてても先に進まないので頬に仕方なく両手を当てる。先に触れるのは金髪の方にした。

 その頬は冷たいが、当てたまま親指と人差し指で軽く挟むようにすると、もちっとした感触がする。

 なるほど、設計者は本当に変態らしい。なんで頬の感触まで忠実再現されてるんだ。頬に触れるなんてこの起動方法と体に触れ合い擬似的な…アレ…というかなんというか…。ナニとは言わないけれどそういう事をする以外にないと思うのだが…。

 金髪の娘が起動した。多分、起動シークエンス中だからこっちに何も反応を示さないだろう。続いて桃髪の娘の頬に手を当てる。

「マスターの名前を教えてください」

 当てている最中にさっき起動した金髪の娘から女性の声で聞かれる。

「『リト』」

 自分の名前を言うと、いきなりぱちっと開くものだからびっくりして肩が軽く上がる。あまり見ないタイプの起動の仕方だ。

 瞳は綺麗な白色でこちらを見ているような見ていないような…………あれ?動かない。あれ?

「あの〜…」

「起動準備中です。しばらくお待ちください」

 これまた珍しい。起動にこんなに時間がかかるなんて。

「起動準備とかあるんだ」

 ……あれ?今、顔がピクッと動いた気が。

「ん?」

 いぶかしんで顔を覗き込む。

「起動準備中です」

 うおっ。反応した。

「起動準備中でも目とか人感センサーは動いてるんだ。へぇ〜」

 ピクッ

 また顔が…しかも今度ははっきりと見えた。

「え、なんでだろ」

 またも訝しんで見回そうとした瞬間。

「起動準備中だって言ってんでしょおがぁ!」

「うわぁっ‼」

 起き上がった…。勝手に。って、いだだだだっ!

「痛い!なっ!痛い痛い!」

 頬に触れていた手を掴まれ、後ろに組まされてうつ伏せに拘束される。さらにその上に馬乗りにされた。

 技を掛けられているその一瞬の中で見えた金髪のオートマタの目はギラギラとした黄色で俺を見下し軽蔑するかのような目だった。

「…はぁはぁ……あんた、どういうつもり…?というか、ここは何処、あんたは誰⁉」

「痛い痛い!まだ何もしてないんだけど…」

「あ?何かしようとしたの⁉こいつっ!」

「いたたっっ!」

 更に強く締められる。

 マスターを攻撃した…⁉︎

「いちいちうるさいわね」

 えぇ⁉マスターを侮辱した⁉

「あんた、顔もムカつくし悪そうね」

「それは納得できない!」

 あ、ツッコんでしまった。

「あ?いちいちうるさいのよ!」

「あがっ!痛い!」

 手加減なしの無理な方向へ曲げられる腕。もげそうな痛みだった。

「で、でも設定しないと犯罪になる…」

「………別にいいわよ。そんなものいらないし…」

 初期設定アクティベーションがいらない…?

 俺がよくわからない違和感を感じている隙に、さらに体重をかけ乗り直して言ってきた。

「起動準備にいちゃもんつけてんじゃ無いわよ!大体、覗き込んでキモいのよ!」

「えぇぇ⁉」

 なんか、さらに傷つけられた…。

 ん?待てよ。

「あの…」

「あ?やっとそれっぽいこと話す気になった?」

 さっきから少しずつ感じていた違和感がようやく言葉にまとまった。


「いや…なんでそんなに感情と感受性豊かなの?」


 おかしい。感情プログラムで受けられる感受性はここまで高度じゃない。

 物事が起きた、だからアルゴリズムとラーニング結果からこの感情と言葉で表す。それだけのはず。

 第一、キモいなんて嫌悪の感想なんて抱かないのだ。起動準備についても多分、性能を下に見られたことに対して怒りを覚えたのだろう。なんというか…まるで『人間みたい』だ。

「なんでって……なんでだっけ?」

 しかも、忘れてる。機械なのに自分に何が積まれているのか、どういう機能があるのか把握していない。

「そ、そんなことどうでもいいのよ!それにどうやら、話す気は無いようね!なら今ここで殺すわ」

 こ、殺す⁉

 気が動転していた。そのせいで何が起きているのか半分も理解できてなかったけど、この声の迫力とトーンは間違いなく本気だろうと静かに悟った瞬間命の危機を感じた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「問答無用!死ねぇ!」

 目を必死に瞑った。

「待ってください!」

 言葉が聞こえた直後、自分の後ろからフッと音がして風が吹いた。と同時に俺の頭の上に乗ってきた。その瞬間パンッ!とまるで肌と肌が激しく衝突した様な破裂音が響く。

001ゼロゼロイチ⁉邪魔しないで!」

「でも…殺すのはよくないと思うんです!」

「は、はぁ?でも、敵かもしれないのよ?」

「私は違うと思います。そうですよね?」

 俺に突然振られる。

「モゴゴ……敵じゃ…ないよ…」

 頭の上に載られてるから顔が地面に押し付けられて上手く喋れないし敵っていう言葉が出てきた辺りから状況がよくわからなくなってきているけれど、とりあえず伝えたいことは伝えた。

 それと、何で拘束が強まったんだろう。多分、話の流れ的には俺は安全な人物だって言われてるんだと思うけど、今度は頭まで拘束されてるんですが…?

「それに、この部屋や現在地からして一般人でしょう」

「…」

 俺の腕を抑えて馬乗りになっている女Aは黙ったままだ。おい、そろそろどけ……え、退いてくれた。それに次いで頭に乗った女Bも退く。

 軋むような痛みを感じる肩と腕と手と頭を楽にして起き上がると金髪がギラギラとした黄色に似合わない気まずそうな目でこちらを見下ろしていた。

「…その…謝るつもりはないわ!」

 はぁ。そうですか。もう何が何だか分かってないからひとまずどうでもいいか…。

「でも…ごめん」

 結局謝るんかい。

「ま、まぁいいよ」

 言ったそばから悪いけれど、俺、この女に殺されそうになってたんだよな…許してよかったのかな。

「私も本当にごめんなさい…頭、大丈夫でしたか?重くありませんでしたか?」

「え、あ、うん。大丈夫」

 あ、あぁ。そうか。桃髪の娘が助けてくれたのか。その鮮やかで優しい目は間違いなく救済してくれた天使だった。

「あの子も悪気が……」

「…あったよね」

「…すいません」

 あんな手加減なし問答無用絞め殺しアタックを女の子にされるとは……って、そうだ!あまりに突発の出来事で忘れそうになってたけど…。

「それより、君達…なんでそんな感情が豊かなの⁉ていうか、何で俺を攻撃できたの⁉」

 俺が一番気になっているのはそれだ。

 オートマタにしては感情が豊かすぎるし、全てのオートマタは人間に攻撃できないプログラムがあるはず…。

「その…これは言いにくいんですけど…」

 もじもじして、言おうかどうか迷っている様子。

 だけど、これも変だ。本来なら開示しろと行った情報は可能な限り開示しなければならない。

 無論、感情プログラムについても開示可能範囲に入る。

 でも、なぜか開示しない。仮に無理なら迷わずに拒否するはずなのだが、目の前の少女は何故か迷っているのだ。

「誰にもバラさないって誓えますか?」

「うん。約束する」

「っ!もしかして、あんた話す気なの?」

 金髪は話すことに否定的らしい。

 けど、知らない事には何も解決しないし始まらない。まぁ、目の前の少女の身を案ずるが故に約束するという事ではないし、その保証もないのだけれど…。

「ではご説明します」

「はぁ…どうなっても知らないわよ」

 意を決したように若干迷っていながらも教えてくれた。


「一つ目に私達はそれぞれに、感情プログラムの代わりに―」


〝心〟を持っています


「え、実用化はまだっていうか開発段階なんじゃ…」

「はい。そのようですね」


「メーカーは?」

「わかりません。情報がどこにも見当たらないです」


「管理通信から逆探知できないの?」

 大体と言うかほぼ全てのオートマタの行動ログ等は通信しサーバーにも保存される。

「管理通信も行っていないんです。行動ログも規制プログラムも私の中で行っています。つまり、私たち自身が管理しているんです」

「外部からの干渉は無いと…」

「そうですね。それともう一つ。……えーっと…」

「ん?」

 何か迷っている様子だった。

「えっと…何とお呼びすればいいでしょうか」

「『リト』でいいよ」

 そういえば、この娘は俺の名前を登録する前に起動したな。

「では、リト様。026ゼロニロク―彼女がリト様を攻撃できた理由ですが―」


 私は『スタンドアローン型アサルト級戦闘オートマタ』と言います


 戦闘…オートマタ…まさか…。

「もうすでに顔に出てますが、そうです。戦闘するためには人を攻撃できなければならない、その為に人間に対しての攻撃不可プログラムがインストールされていないんです」

「……ちょ、ちょっと待って…違法イリーガルオートマタなの…?」

「そういうことになりますね…」

「すぅ…ふぅぅ…」

 ため息が出た。

 これはまずいことになったかもしれない。

 今、目の前のオートマタが言った事は


『私達は心を持ったメーカーが分からない人を殺傷することができるオートマタで、外部サーバーで行動ログは記録してないけど、自分で記録してるよ』


 ということなのだ。

 その中でも一番怖いのは行動ログを自分たちで記録しているという事。

 メーカーもしくは公的機関が使うために外部に行動ログを記録しているのに、その目的の為に記録しているわけではないのだ。

 なら、その行動ログは何に使うんだ。何のためにその機能を積んでるんだ。少なくとも流出していないという事だけはわかった。けど、目的が分からない以上、不安要素はある。というか、それ以外も不安要素の塊みたいなもんじゃないか。

 …店で買った時点でやばいことには気付いていたけど…マジでやばいかもしれない。

 そもそもメーカー不明のノーブランド品にしては良くできすぎている。

 どっかのメーカーの試作機……いや、なら裏口に置くわけ無いし説明書だって無いはず…。

「あの…」

 頭を抱えて悩んでいると話しかけてきた。

「あ、ごめん。何?」

「もしご迷惑でしたら出て行きますよ…?」

「あ、いやそういうことじゃないんだけど…」

 少女は申し訳なさそうにそう申し出てきた。

 いや~…ね、実質ひとめ惚れした女の子にこんな表情させて出て行けって言えるわけないでしょうが。本当にこんな状況になっておきながら自分でも馬鹿だとは思うけれど、損する様な気がしてならない。

「いや、そういうわけじゃないんだけど…」

 でも、それで判断したら人間として、いや、男として終わってしまう気がする…。

「じゃ、じゃあ…処理しているサーバーはどこ?」

 兎にも角にも、僕の情報が駄々洩れになるのは避けたい。いくらかわいい女の子でもそれはダメだ。仮に漏れてたら出て行ってもら……ん~それは後で考えるか。

「先程ご説明しました『スタンドアローン型』というのは、つまり、単独で動作可能ということです。ですので外部との通信を行って処理はしておりません」

「え、え…まさか…『グレードA』なのか?」

 『グレード』―処理能力においてのランクの値―。グレードEからグレードAまであり、Eはほぼ全ての処理をサーバーを経由して行う。Cにまでなったところで状況把握と性格、口調プログラムの処理が自分で行えるようにまでなる。BはCより処理能力が少し向上したくらい。Aにまでなると自分で全ての処理を行える。

 その中の一番上。グレードA…。

「はい。グレードAに相当します。先ほど申し上げた通り管理サーバーもありません。ですので、恐らくマスターがご心配になられている情報流出は避けられます」

「え、うん」

 やはりグレードAになると、自分で処理するためにかなりの性能を有している。それもあってか、俺が一番心配していたことも当ててきた。

「なんか…すごいね」

「ありがとうございます」

 別に褒めたわけじゃない。ただ圧倒されてしまいそう口に出ただけだけど少し嬉しそうにしてそう答える。すると、何かを思いついた様な表情をしてまたもじもじして何か言いたげな表情をしだした。

「何か言いたいこととかあったりする?」

 思わず聞いてみる。

「あ、えっと…その…一応、私達はマスターが不在でも動作ができるのですが…もし、差し支えなければ、私達を置いてほしいです」

 ぇえ…また新情報ですか…。マスターがいらないって…もう差ほど驚かなくなってきたけど…。

 というか、この001ゼロゼロイチ?って娘、さっきから申し訳なさそうな顔しかしない。今度はそれに寂しげな表情も混じってきた。

「そうだね…」

 ハッキリ言って、不安な要素の方が多い。もっと言うなら、売ってしまった方が良い。美少女オートマタ十、二十人は買える値段にはなるだろう。なにせどれくらいの価値があるかわからない〝心〟も持ってるわけだし…。

「私の中ではマスターに危害を加えてしまうようなことはないと思います。ですが、無理にとは言いません」

 ここまでせがむのはもはや人間の所業レベルだ。普通のオートマタには決してできないだろう。

「それに、何でもしますよ!」

 え、何でもする…?

「戦闘ならお任せください!」

 いや、そのガッツポーズはカッコいいけど…。

「いや、戦わないよ。むしろ戦わないで…」

 オートマタが戦ったりしたら大惨事だし、俺の身も危ない。主に警察さんとかお役所さんのご用になっちゃう…。

「そ、そうですか…では…その…」

 今度はいきなり赤面しだした。忙しい娘だな。

「えっと……そ、その…えっちなことも…」

 溜めに溜めて言いだした。もじもじとしてその恥じらった顔も仕草も初々しさがありながら妙に欲求が刺激される。

「え」

 え…。

「え、あ、そういうわけじゃ―」

「あんた何言ってんのよ!」

 さっきまで静かにそっぽ向いていた金髪が急に声を張り上げる。

「え、え、なに?」

「あんたじゃない!このドピンクにいってんの!」

「だ、誰がドピンクですか!」

「あんた以外いないでしょうが!あんたねぇ、こんな男に体許していいわけないでしょ!」

「で、でも…」

「従わなければ脅して痛めつければいいでしょう」

「それはダメですよ!それに―」

「もう!えっちすることしか頭にないの⁉頭の中もドピンクなわけ?」

 あ、また赤面して今度は焦ってんなぁ。

「な!違います!そんな言葉どっから覚えて来たんですか!」

「あのぉ…(性格)キツ娘さん」

「だれがキツ娘よ!抱かれても無いのにキツイなんてわからないでしょうが!この変態!でも、ゆるゆるよりマシだから許してあげ―」

「キツ娘さん。そういう話じゃないですよ。何想像してるんですか…」

 みるみる顔が赤くなって…。

「……っ⁉ちょっ!言わせてんのよ!」

「あらやだ~人にはあんなに淫らな女って言ってたくせに~」

「う、うっさいわね!…あ、あんたも!」

「え、俺⁉」

「そうよ!何想像させてんのよ!」

「いや、拡大解釈…」

「それよ!拡大解釈させてきたんじゃない!」

「キツ娘さん。ダメですよ。マスターを責めたら」

「うっさいわねぇ!あぁぁぁぁもおおぉぉぉ!!」

 頭をぐしゃぐしゃと無造作にかき混ぜる様にして髪の毛をぼさぼさにする。

 それに対して、意地の悪い笑みを浮かべるピンクの(頭の中も)娘。

「ふふっ」

 思わず笑ってしまった。すると。頭を抱えている方も、クスクスと笑っている方もこちらに気づいた顔でこちらを見た。

「いいよ。そんなことしなくても」

 大変なことになるかもしれないっていうのはわかっている。


 でも、なんとなく一緒にいたら楽しそうだなって思った。


「いいんですか…?」

「いいよ。追い出すつもりなんて無いよ」

「ありがとうございます!」

「ふん…しょうがないわねっ」

「居場所が見つかって実は少し安心してるくせに~」

「んな!あんたまた!」

「まぁまぁ」

 この二人を見てるのも面白いし。


「とりあえず!これからよろしくお願いしますね!」


「マスター!」「マスター…」

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