第7話 ごはんは20%くらいしか関係ないにゃ!
「おまたせいたしました」
私は出来上がったブックパイをお客さんの元へ運び、テーブルに置いた。
パイからはふわっとカレーの香りが漂っている。
相変わらず、パイには読めない謎の文字が刻まれていた。
「ありがとう。おいしそう……カレーパイですか?」
「中身は食べてからのお楽しみです♪」
正直私も何が入ってるのか分かっていない。
ちゃんと食べられる味に仕上がってるといいんだけど。
カレーは大抵のものをおいしく包み込んでくれるし、きっと大丈夫だよね?
女性がサクサクと音を立てながらパイを切り開くと、中から蒸気とともにカレーが溢れ、白いお皿にとろりと広がっていく。
身がふっくらとした白身魚のようなものも見える。
――おいしそう。鱈かな?
というか私も食べたい!!!
パイとカレー、それから鱈を一緒にフォークに刺し、静かに口へと運んでいく。
こうして自分の作った料理を誰かに食べてもらうのは初めてで、ほんの数秒のことのはずなのにとても長く感じる。
まあ、これが「料理を作った」と言えるならば、の話だけれど。
不味くありませんように不味くありませんように不味くありませんように。
女性は口に含むとゆっくり味わうように咀嚼し、それからふわっと幸せそうに顔を綻ばせた。
どうやらお気に召したようだ。
ああああああよかったああああああああああああ!!!
「だから大丈夫だって言ったにゃ! 凛はモフが選んだ書店員なんだから当然にゃ」
「選んだ? 私、選ばれてたの!?」
「もちろんにゃ! モフは本を司る神様の遣いにゃ! 本を心から愛してる、モフの相棒に相応しい人間しか選ばないにゃ」
「てっきりごはんに釣られて懐かれたのかと思ってた」
「失敬にゃー!」
出会った当初、モフはまだ小さな子猫で野良猫だった。
なぜかよく星宮書店の近くをうろうろしていて、両親を亡くしたばかりだった私は、いつもひとりぼっちでいるモフを放っておけなかった。
そのため時折こっそりミルクやごはんをあげていたら、いつの間にかうちの子になっていた――というのが私の記憶だ。
「あれは調査にゃ! ごはんは20%くらいしか関係ないにゃ!」
「いやそれ結構影響されてない!?」
ひそひそ話とはいえこれだけ喋っているのに、女性にはまるで聞こえていない様子だ。
私とモフがじゃれあっている間も、女性は黙々とブックパイを食べていた。
パイに織り込まれたバターの、それからスパイスを感じさせるな芳醇なカレーの香りが部屋中に充満し、さっき晩ごはんを食べたばかりなのにこちらまでおなかが空いてくる。
「ねえ、あのパイ、あとで自分用に作れないの?」
「あのブックパイが本として完成したら、神界図書館で見られるようになるにゃ。そしたらどんなパイだったかも分かるから再現できるにゃ」
「神界図書館って、この間のあの白い空間のこと? というか本として完成ってどういうこと?」
「そうにゃ。ブックパイは、必要としている人が食べ終えることで物語として完成して、あの場所にストックされていくのにゃ」
え、何それすごい。どういう仕組み!?
というか既存の本を思い浮かべて作ったけど、盗作にならないよね!?
「それは問題ないにゃ。イメージはあくまでイメージにゃ。お客さんとブックパイが交わることで初めて物語が完成するにゃ」
「そ、そうなんだ」
もう、何から何まで人知を超えすぎていて「そうなんだ」しか言えない。
こうして喋っている間に、女性はいつの間にかブックパイを食べ終え、そしてとても気持ちよさそうに眠っていた――。
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