第28話 お荷物男
午後2時半―
身支度を整えてエントランスに出ると、すでにジルベールがニコニコしながら扉の前に立っていた。
「やぁ、待っていたよ。リディア」
「…ジルベール…貴方、本当についてくるつもりなの?」
私は右手で頭を押さえながら尋ねた。
「勿論だよ、だって僕は君の夫だからね。妻の外出に付き添うのは夫として当然のことだよ。今までは君を蔑ろにしてしまったけど…これからは大切にする事に決めたんだから」
ジルベールは真剣な眼差しを向けてくる。
「…」
その言葉に驚いて、私は思わず目を見開いた。
ここで私がその言葉に感動…なんかするはず無いっ!逆に虫唾が走ってたまらない。
「どうしたの?ひょっとして感動で言葉も出なくなっちゃった?」
ジルベールは何やらとんでもない勘違いをしているようだ。
「ジルベール…」
私は頭を押さえながら言った。
「うん、何?」
「もし私についてくるなら馬車の中では静かにしていて頂戴。それが守れないならついてこないで」
「え?分かったよ。静かにしているからついていかせてよ」
「それじゃ…行くわよ」
私は目の前の扉を開けた―。
****
ガラガラガラガラ…
馬車は音を立てて、最初の目的地『シェロ』を目指して走っていた。
「…」
ペラ…
ペラ…
私は馬車の中で領民達の様々な嘆願書が書かれている資料をページをめくって読んでいた。
「…ねぇリディア」
「…」
「リディアってば」
「…何よ、馬車の中では静かにしていてって言ったでしょう?」
「うん、確かに言われたけど黙っていてとは言わなかったよね?」
「…」
思わず開いた口が塞がらなかった。何という言い草だろう?揚げ足を取るとはまさにこういう事を言うのだろう?
「…何よ。早く用件を言って」
「うん、リディアは働き者だね。そんなに働かなくてもいいのに。もっと楽に生きなよ、楽にさ。仕事なんて適当でいいんだよ、適当で」
「あ、あのねぇ…っ!」
そもそもそんなずさんな管理をしていたから使用人たちに横領されていたのにも気づかなかったのではっ?!そう怒鳴りつけてやりたいのは山々だが、そもそもクレメンス家の保有する金庫の中身を根こそぎ盗んで愛人と出奔した男に言っても無駄なことだ。この男の相手をするくらいなら書類に目を通していたほうが数倍マシだ。
私は言いたいことを全て飲み込んで再び書類に目を落とすと、再びジルベールが話しかけてきた。
「ね、リディア」
「もうっ!いい加減にしてよっ!見て分からない?私は忙しいのよ!」
「うん…それは分かるんだけどさ…それじゃせめてこれから何処へ行くか教えてくれるかな?」
「『シェロ』の村よ」
「え?あんなつまらない村へ行くの?あそこは確か僕の記憶では何もない場所だよ?土地も良くないから住んでいる領民も少ないし…」
「…本当の目的地は『カヤ』の村よ。」
これ以上ジルベールの相手をするのは御免だったので、理由も話したく無かった。
「えっ?!あんな家畜臭い村へ行くの?嫌だな〜行くだけで服に家畜の匂いが移りそうだよ」
ジルベールは心底嫌そうな顔で言った。
「いい加減にしなさいっ!文句があるなら、今すぐ、この馬車から降りなさいっ!」
我慢の限界でとうとう私はジルベールを怒鳴りつけてやった。大体領民達がいるお陰で私達の暮らしが成り立っているということをこの阿呆男は何も分かっていないと見える。そんな彼らを心底馬鹿にするのは許せなかった。
「ご、ごめんよっ!そんなつもりで言ったんじゃないんだ。だからこんなところで降ろさないで!もう話しかけないから、お願いだよ」
何度も何度もペコペコ頭を下げるジルベール。しかし…こんなに卑屈な男だっただろうか?どうやらカジノで身ぐるみ剥がされ、文無しにされてこき使われた事により、大分性格が変わったのかもしれない。
「そうよ、到着するまでは一切口を聞かないで頂戴」
するとジルベールは無言でコクコクうなずく。
ふぅ…これでようやく仕事に集中出来るわ。
それにしてもとんだお荷物だ。フレデリックさえ屋敷にいてくれば絶対にジルベールなんか邪魔だから連れてなど来なかったのに。けれど彼は今重要な用件で屋敷を開けているから仕方ない。
我慢我慢…。後少しの辛抱なのだから。
私は自分にそう、言い聞かせた―。
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