第26話 身勝手な男
「ねぇ…ところでジルベール」
「うん?何だい?リディア」
ジルベールが嬉しそうに返事をする。
「貴方…ここに何をしに来たのかしら?」
「え?何をって…リディアと話がしたくてここに来たんだけど…もしかして邪魔だったかい?」
「…見れば分かるでしょう?私は今仕事をしているんだけど?今日中に全ての書類に目を通してサインをしなければいけないのよ。それだけじゃないわ。領民から相談事を受けているからこの仕事が片付いたら出向かないとならないし」
書類の束をポンポン叩きながら私はジルベールに言った。
「なーんだ、そんな事か。書類なんて一々目を通すこと無いじゃないか。サインだけすればいいだろう?」
その言葉に耳を疑った。
「…何ですって?ジルベール…貴方書類に目を通したことはないの?」
「そうだな…リディアが来るまでは目を通したことは無かったかな?だけど君が僕の妻として嫁いでからは僕の仕事を引き継いでいるんだろう?」
「…ええ。そうね」
僕の妻として…その言葉にゾワリと鳥肌が立つ。自分であまり自覚は無かったが、今の私は恐らくそうとうジルベールに嫌悪感を抱いているのだろう。
「だったら、もうそんな事しなくていいよ。書類なんかサインだけしてフレデリックに渡せばいいじゃないか…あれ?そう言えばフレデリックは何処にいるんだい?」
ジルベールが尋ねてきた。
「ええ、彼にはちょっとお使いを頼んでいるの」
勿論…どんな用事で、何処に言っているのかは明かすつもりは無いけれども。
「彼…か…」
すると何故かジルベールは不機嫌そうに唇を尖らせる。
「何よ?」
「いや、随分仲がいいと思ってさ」
「そんな事ないわ。普通よ」
もうこんな男の話に付き合っていたら仕事が終わらない。私は書類に目を通しながら適当に相槌を打った。
「いいや、やっぱり仲がよく見える。夫として見過ごせないよ。そうだ、いいことを思いついた。フレデリックはクビにしよう。リディアの側に置くのは女執事じゃないと駄目だよ」
「はぁ?」
私は顔を上げてジルベールを見た。一体どの面下げて自分の事を私の夫呼ばわりするのだろう?
「ジルベール…貴方、自分で何を言ってるか分かってるの?」
結婚前から恋人がいて、私と結婚後も愛人を側に侍らせておきながら?大体ジルベールは私よりも愛人を優先した。愛人は爵位も無いただの平民だったのに堂々とはべらし、私を蔑ろにしていた為に使用人たちは私を馬鹿にし、愛人を敬った。私をそんな状況に追いやった事にすら気づかず、挙げ句にこの屋敷の資産を盗み出して愛人と逃亡。結局旅行先で身ぐるみ剥がされ、物乞い同然で領地に戻ってくるとは、もはや呆れて言葉も出てこない。
「何をどう勘違いしているか知らないけれど、私はフレデリックをクビにするつもりも新しい執事を雇うつもりもないから」
サラサラと書類にサインしながら私は答える。
「リディアッ!僕は君の事を信用しているけれど、万一間違いがあったらどうするんだい?僕はそれが心配なんだよ」
「そんな考えに至る…それ事態が既に私を疑っていることだと思わない?」
もう我慢の限界だ。私はペンを置くと言った。
「いい?ジルベール。結婚する前に貴方に恋人がいようがいまいが私はどうでも良かったのよ。結婚して別れてくれればそれで構わないと思っていたの。それなのに貴方は結婚後も堂々と側に愛人を置いたわ。挙げ句に全財産を奪って愛人と勝手に行方をくらまして、生活出来ないからと言って戻って来る…そんな身勝手な行動を取っておいて私に文句を言える立場にあると思ってるの?!」
早口で一気にまくし立てた。
「リ、リディア…」
私の迫力に押されたのか、ジルベールが後ずさる。
「とにかく…忙しいんだから出ていって。貴方は愛人とよろしくしていればいいでしょう?」
頭を抑えながら言った。
「聞いてくれよ、リディア。僕はもうイザベラとは…」
「聞こえなかったの?私は出ていってと言ったのよ?」
私はジロリと睨みつけた。
「う…わ、分かったよ…とりあえず今は忙しそうだから出ていくよ…また後でね」
「…」
しかし、私はその言葉に答えず仕事を続けた。
パタン…
ジルベールが出ていき、ようやく部屋が静かになった。
「ふぅ〜…」
私はため息をつきながら思った。
早い所、ジルベールを何とかしなければ…と―。
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