第24話 非常識で愚かな男
時刻は12時を過ぎていた。執務室で1人仕事をしていると、いきなりノックもなしに扉がガチャリと開かれた。
「え?」
驚いて顔を上げると、真新しいシャツにボトムス、髪と髭を整えてすっかり以前の姿に戻ったジルベールが部屋の中にズカズカと入ってきた。
そして書斎机に向かっている私の前にやってくると笑顔で言った。
「ありがとう、リディア。僕を再びこの屋敷に招き入れてくれて」
「…」
私は呆れて物も言えず、黙ってジルベールを見つめた。
は?
誰が招き入れたって?
勝手に人の留守中に領地に侵入し、屋敷に上がり込もうとしていたくせに?
私の沈黙をどう捉えたのかは分からないが、ジルベールは勝手な事を言い始めた。
「1年前、この屋敷の金庫から全財産を持って君をここに残したままイザベラと行方をくらましてしまった事…本当に反省している。でも信じてくれ。僕は本当はそんな事はしたくなかったんだよ。イザベラにそそのかされてやむを得ず、あんな真似をしてしまったんだ。本当にどうかしていたんだよ。僕はあの悪女に騙されていたんだ。だけど…もう目が覚めたよ。あの悪女と関わるとろくな目に遭わないって事が分かったんだ」
これ以上、ジルベールの戯言を聞いて仕事の時間を失うのは馬鹿らしかった。
「ふ〜ん、そう」
書類にサインしながら適当に返事をすると、更にジルベールは続けた。
「聞いてくれるかい、リディア。僕達はまず汽車と船に乗って東を目指したんだ。東大陸には有名な観光スポットやカジノがあることで有名でね…僕達は1ヶ月かけて東の大陸に到着したんだ。でもその頃には既にお金が心もと無くなっていたんだよ」
「は?」
私はその言葉に顔を上げた。
「ジルベール…貴方、自分がいくら金庫から財産を奪っていったのか分かっているの?あれはここ、クレメンス家の領地経営とこの屋敷の生活を維持させる為の1年分の財産が入っていたのよ?それを2人で…しかもたったの1ヶ月でほぼ使い切ってしまったというの?一体何をどう使えばそんなにお金が無くなるのよ?」
私は手にしていたペンが折れるのではないかと思う程、強く握りしめながら目の前の愚かな男、ジルベールに尋ねた。
「別に…対したことはしていないよ。それは確かに汽車は特別車両を利用したり、船も特別室を使ったりはしたけれども、食事や衣服に関しては特に贅沢はしていないんだよ?!」
その言葉に私は言った。
「食事や衣服に関しては…と言ったわね?ならそれ以外にはお金を使ったということでしょう?例えば高級服飾品にお金をかけたりしたのではなくて?そう言えば貴方は腕時計を集めるのが趣味だったわよね?イザベラは高級アクセサリーを身につけるのが好きだったし…」
「っ!」
するとジルベールが慌てた様に視線をそらせた。…やはりそうだ。この2人は東大陸を目指して旅を続ける中で、買い物を楽しんでいたのだ。残された私達の事は少しも考えずに…。
するとジルベールは私が怒りをこめて睨んでいる事に気がついたのか、慌てたように言った。
「だ、だから流石にこれではまずいと思ったんだよ。それで東の大陸に着いた僕達はカジノに出向いてお金を稼ごうとしたんだよ?」
「何ですって…?カジノ…?」
その言葉にピクリと私は反応した。まさかとは思うが…疑いもせずに本当にカジノで儲かると思っていたのだろうか?
「ああ、そうなんだよ。そうしたら聞いてくれよ!これが凄く大当たりしたんだよ!入店してたった2時間で賭けたお金が10倍になったんだよ?!」
興奮気味にジルベールは言う。
この眼の前の愚かな男は…騙されるなんて疑いもしなかったのだろうか?
呆れる側から、ジルベールの話はまだ続く。
「この日はそれでホテルに戻ったんだけどね。そして翌日から僕とイザベルはカジノへ連日通うようになって…気がついたら、大金持ちになっていたんだ。だけど1周間程経過してから…徐々に様子が変わってきて…いくらお金を賭けても賭けても損するばかりで…気がついたら手持ちのお金が全額消えていたんだ…」
悲しげに言うジルベール。
「…」
私はあまりにも非常識な馬鹿男にもはや掛ける言葉すら見つかず、ただただ、呆れて言葉を失っていた―。
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