第7話 去る者は追わず
「リディア様、どうされますか?ジルベール様の捜索願を警察に届け出ますか?」
フレデリックが尋ねて来た。私は少し考えると言った。
「…出さないわ」
「えっ?!出さないのですか?!」
セイラが驚きの声を上げる。
「ええ。とりあえず、ジルベールの部屋へ向かいましょう。話はそこでするわ」
私は金庫の扉を閉めながら2人に言った―。
****
「それで?リディア様。何故ジルベール様のお部屋で話をされるのですか?」
フレデリックが尋ねて来た。
「ええ。部屋の様子を良く見ておきたかったからよ」
そしてジルベールの部屋を改めてじっくり見る事にした。本棚やクローゼット、デスクの引き出しに浴室…。
一通り見て回ると部屋に置かれたソファに座ると言った。
「ふ~ん…やっぱりね…」
「リディア様。何がやっぱりなのですか?」
セイラが首を傾げる。
「ええ。ジルベールの失踪が計画的では無かったと言う事が分ったわ。何故なら大事な本は全て残されているし、衣類にしたって今シーズン着れるだけの分しか持ちだしていないわ。季節外の衣類は全てクローゼットの中に残されているもの。そのくせ、金庫の中身は全て持ち去っているわ。本当に自分達の事しか考えられないのね。ほんの少しでも思いやりの心があるなら、全額奪わずに少しでもいいから残していくべきなのに」
淡々と語る私にフレデリックが言う。
「リディア様…何故そんなに冷静でいられるのですか?突然ジルベール様が失踪してしまったのに…」
「別に冷静という程の物では無いけど…しいて言えばそうね…。ジルベールがいなくなっても、もう何も感じなくなるほどに私の中で彼はどうでも良い存在になっているからもしれないわ。それにね、実は昨日ジルベールに『ラント』へ視察に行った報告書を渡しているのよ。あの書類にはね、村を救う為にクレメンス家の金庫に入っている財産の半分をつぎ込むべきだと提案しておいたの」
「えっ?!半分もですかっ?!他に領地を抱えているのにですかっ?!いえ、それどころか金庫から私達の給料を支払っていたのではないのですか?!」
セイラが驚いた様子で声を上げた。
「確かに金庫の財源を半分割く…というのはクレメンス家にとって痛手かも知れないけれど、『ラント』の村が潤えば、税収だって上げられるし…何より領民達から信頼されるじゃないの。彼らの信頼を得られれば、より一層村の発展に貢献してくれるわ。そうなると結果的に村が潤うと思わない」
「確かに言われてみればそうですね」
フレデリックが相槌を打つ。
「それにね、ジルベールは知らないかもしれないけれど…実は私がクレメンス家に嫁で来た持参金は全て銀行に預けて、株を運用して貰っているの。かなり配当率が高くて、お陰様で貯金が倍増したわ。そこから皆の給料を支払っていたけれど…」
そこで私は溜息をついた。
「でも確かにそれでは賄いきれませんね…この屋敷を回していくには他にも予算が必要ですからね…」
フレデリックが続く。
「それについてもまだ他に考えはあるのだけど…兎に角、ジルベールは金庫の財産が減るのが嫌だったのね…ひょっとすると愛人にそそのかされたのかもしれないし。それで緊急にとりあえず最低限必要な荷物をまとめて出て行ったのよ。予定外の逃亡だった事に間違いないと思うわ」
「ですが、それと捜索願を届けない事と何が関係あるのですか?」
「だって、戻ってきてほしくないもの。ジルベールは自らの意志でこの屋敷から出て行ったのよ。知ってた?私のモットーはね、『去る者は追わず』って事を」
私はポカンとしているフレデリックとセイラに自分の考えを述べた―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます