第23話 語り部不在の部屋にて 2/2
”やはり、心地の良い音色だ”
それから何度も、時の精霊は風の精霊と共に僕の元へとやってきた。
場所は、初めて姿を現した川辺。
時間は決まって、深夜。
”時に、人間。礼代わりにひとつ教えよう”
「なにを?」
リュートを脇に置き、座ったまま隣に立つ時の精霊を見上げる。
”この国と、となりの国の人間達は皆、一様に一部の時間を操作されている。もちろん、そなたもだ”
「えっ?」
思いもよらない時の精霊の言葉。
僕は目を見開いて時の精霊を見た。
”確かに、元の守護神の行いは褒められたものでは無いのかもしれぬが、随分と重い罰を選択したものだ”
(守護神・・・・?罰の、選択?)
時の精霊の言葉が、僕の頭の中の何かにひっかかった。
(守護神・・・・この国とロマンス王国の守護神は確かレーヌという女神。・・・・レーヌ?・・・・レーヌ、嬢・・・・?あれ?レーヌ嬢って、誰だっけ?)
”我は人間とは契約を結ばぬが、そなたのことは気に入った。人間、名は何という?”
「ヒスイ。僕の名は、ヒスイだよ」
”ではヒスイ。そなたの時間の歪みを我が正そう”
時の精霊がその手を僕の頭の上にかざしたとたん。
「そうか・・・・レーヌ嬢、あなたが・・・・」
記憶の奥に閉じ込められていたレーヌ嬢の姿が、僕の中に鮮明に浮かび上がって来た。
時折僕の元を訪ねて来ては、リュートの音色に耳を傾けて、そして寂しそうな微笑みを見せるレーヌ嬢。
愛おしそうに僕を見つめるその瞳の奥にはいつでも、どこか哀し気な、懺悔の念があるような気がしてならなかった。
(でも、それは違うよ、レーヌ嬢。あなたのせいじゃない。これは、あなたのせいじゃないんだよ)
僕は知ってる。
僕だけじゃない。
この国とロマンス王国の民なら、誰もが知っているはず。
守護神レーヌがこの国とロマンス王国の民に授けてくれた力の事は。
そして、そのせいで守護神レーヌに何が起きたのか。
レーヌ嬢を思うと、胸が痛んだ。
その痛みに、思わず胸を押さえ、強く目を瞑る。
そんな僕に何を思ったのか、時の精霊は言ったんだ。
”ヒスイ。我は決めた。そなたと契約を結ぼう”
「・・・・え?」
”この、風の精霊と共に”
目を開けて、僕は時の精霊をマジマジと見た。
驚いてしまったんだ。
精霊と契約を結ぶことができるのは、王族だけだと思っていたから。
おまけに、この時の精霊は【人間とは契約を結ばぬ】って、はっきり言っていたし。
「でも、どうして?あなたは神としか契約を結ばないのでは?」
”人間に付いてみるのも面白いと思って、な。まぁ、我の気まぐれと思ってくれてよい。それに、これからもそなたの奏でる音色は、聴かせて貰いたい”
「演奏料、ってこと?」
”そのようなものだ”
フッと笑いを浮かべて、時の精霊は言った。
”我が名はヴォルム。これより先、ヒスイの時は我が守る。他の何者にも邪魔はさせぬ。この者、風の精霊ゼムなり。必要とあらば、名を呼ぶが良い”
言い終わると同時に強い風が吹き付け、僕は思わず目を閉じた。
目を開けた時には。
もう、ヴォルムの姿もゼムの姿も、そこには無かった。
※※※※※※※※※※
そういう訳で、あの両王国の中で僕だけは、レーヌ嬢と過ごした時間をずっと覚えていられるんだ。
ヴォルムの力を借りる事は今の所無いけれど、ゼムには時々力を貸して貰っているんだ。
・・・・ライトの部屋に行く時なんかに、ね。
ねぇ。
もしかして、今の話本当に信じたの?
僕が吟遊詩人だってこと、忘れちゃった?
全部、僕が作ったおとぎ話かもしれないって、思わないの?
ふふっ、面白い人だね、あなたって。
また、会いに来ようかな、あなたに。
え?
今の話ウソなのかって?
さぁ・・・・どうだろうね?
それにしても、レーヌ嬢はどこへ行っているんだろうね?
せっかく、あなたが会いに来てくれたっていうのに。
大丈夫、あなたが来てくれたことは、ちゃんとレーヌ嬢に伝えておくから。
・・・・レーヌ嬢のこと、よろしく。
じゃあ、またね。
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