奈美さんとデート編
第5話 私は誠司君のことだったらなんでも知りたいんだから♪
こんなにぐっすりと眠れたのはいつ以来だろうか。
二年前、母さんが交通事故で亡くなってからというもの、二、三時間しか寝られないのが当たり前になってしまっていた。たまに、五時間も寝れればいい方だった。
ズボンのポケットからスマホを取り出して現在時刻を確認すると九時になろうとしているところだった。
何時に寝たかははっきりとは覚えていないが、おそらく八時間以上は寝たんじゃないだろうか。
体を起こして腕を伸ばし伸びをすると、部屋の中を見渡した。
「いない……」
例の女性はどこにも見当たらなかった。
昨日のベッドの上でのことが頭の中に蘇ってきて顔が熱くなった。
あの女性は一体誰だったのだろうか……?
名前も知らない女性とベッドで一夜を過ごした。
それだけ聞くとなんだかとても熱い夜を過ごしたように聞こえるが、実際は何もしていない……わけでもないか。
下着姿の女性に添い寝されていたんだから。
もしかして美人局だったとか?
僕があの女性とエッチなことを始めたら突然男がやってきて……まぁ、エッチなことはしていないので、そんなことはなかったけど。
結局、あの女性のことについては何も分からずじまいだった。
顔が奈美さんに少し似ていて、凄い美人でスタイルがいいことくらいしか。
「とりあえず、帰るか」
ベッドから立ち上がって部屋を出ようとしたところで、テーブルの上に置いてあった一枚の紙が目に入った。
「これは……」
その紙を手に持って何が書いてあるのかを読んだ。
『昨日は気持ちよかったわ。誠司くん激しすぎて腰が痛いじゃない。あんなに気持ちよくイッたのは初めてだわ♡ 私たち相性いいのかもね♡ またヤろうね♡
p.s このメッセージ見たら連絡してね~! LIEN登録しておいたから♡ あ、ちゃんとホテルのお金は払ってあるからね。チェックアウト時間までそのお部屋堪能してね〜』
読んですぐに俺はスマホを確認した。
LINEに知らない名前が確かに登録してあった。
名前は『響子』となっている。
「って、なんだよこの文章! これじゃあ、まるで……」
僕が起きている時は絶対にシていない自信はあったが、寝ている間のことは分からない。もしかしたら、寝ている間に僕は無意識にあの女性こと響子さんに襲い掛かってしまった可能性があるかもしれない。
「てことは僕はもう……」
そう思って思わず僕は自分の下半身を見た。
そしてそんなことないと首を振る。
ちゃんとズボンは履いているし、服も脱がされてはいない。
だからきっとヤっていないはずだ。
とりあえず、僕は響子さんにメッセージを送った。
送ったが、僕の知りたかったことは返って来ずに、その代わり誕生日おめでとうと祝われてしまった。
「そうか。今日は僕の誕生日か」
そういえば、そのことを昨日山崎にいじられたっけ。それで、響子さんは僕が今日誕生日だということを覚えていたのだろう。
あれから合コンはどうなったのだろうか。
あの写真はばら撒かれていないよな。
仮にばら撒かれていたとしても、それを教えてくれる友達も、知る手段も持ち合わせていない僕には何もできないんだけど……。
僕にできるのはせいぜいばら撒かれていないことを願うことくらいだ。
なので、僕はあの写真がネットにばら撒かれていないことを願いつつホテルを後にして歩いて自宅を目指した。
エレベーターを下りると、待ってましたと言わんばかりに、その顔に満面の笑みを浮かべた奈美さんが僕の方へと走って来ていた。
「誠司君~♪ おかえりなさい♪」
「な、奈美さ……おふっ」
僕はこの二日で何度女性のおっぱいに顔を埋めるのだろうか。
累計三回目の至福の感触。
奈美さんはいきなり僕の頭の後ろに手を回して抱きしめてきた。
あれ? 奈美さんってこんなに積極的だったっけ?
あ、響子さんのおっぱいよりも奈美さんのおっぱの方が柔らかい……って、何考えてんだ僕は!?
今は、それよりも奈美さんのおっぱいから顔を離すことが先決だろ。
しかし、どれだけ抵抗しても、その柔らかを実感するばかりで、奈美さんの手から逃れることはできなかった。響子さんといい、奈美さんといい、なんでこんなに力が強いの!?
そう思いながら、抵抗をやめた僕は黙って奈美さんに抱きしめられる。
それを感じとったのか奈美さんはニッコリと笑って言う。
「誠司君が帰ってくるの待ってたのよ♪」
「え、そふぅなんでふぅか?」
顔が埋まってうまくしゃべれない。
「そうなのよ♪ だって今日は誠司君の誕生日でしょ! 一緒にお祝いしたいな~って思ってたんだけど、ダメかな?」
奈美さんはこれでもかと甘い声で誘ってきた。
断る理由は……ないよな。
二年前までは母さんが誕生日を祝ってくれていた。母さんは僕のことを可愛がってくれていた。そんな母さんのことが大好きだった。だけど、今はもういない。母さんはどこにもいな。
ああ、泣きたくなってきた。
だから、誕生日は嫌なんだ。だから、忘れようとしていたのに。母さんとの楽しかった日々を思い出してしまうから。だから、誕生日をなんでもないただの一日にしようとしていたのに。
ほら、母さんとの楽しかった日々が頭の中に蘇ってきたじゃないか。
僕は気が付けば涙を流していた。
「え!? せ、誠司君!? どうしたの!? 私、何かしちゃった!?」
そんな僕を見て奈美さんが慌てふためく。
「も、もしかして抱きしめられるの嫌だった!? それならごめんね。私、嬉しくて、つい……」
奈美さんは悲しそうな顔になってごめんねと僕から少し離れた。
ああ、そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけどな。
「ち、違います……そうじゃないです」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
そう言いながら奈美さんは俺の涙を人差し指で拭った。
春の日差しのように温かくて優しい人。僕の中で奈美さんはそな印象だった。初めて会った時からその印象は変わっていない。
「あ、言いたくなかったら無理はしなくていいからね」
僕が何も言わないから泣いた理由が言いたくないことだと思ったのだろう。別に母さんのことを秘密にしておきたいとは思わない。むしろ、誰かに話して語った方が楽になれるのかもしれないと思った。
だから、僕は奈美さんに母さんの話をしてみることにした。
「誕生日は母さんのことを思い出してしまうんです……去年もそれで涙が枯れるまで泣きました」
そう前置きをして僕は母さんとの思い出を奈美さんに話した。
僕と母さんとの思い出話を奈美さんは「うんうん」と相槌を打ちながら静かに聞いてくれていた。
「素敵な話ね……」
話し終えて奈美さんのことを見るとその綺麗な瞳に涙を浮かべていた。
美しい……。
涙を流している奈美さんは本当に美しかった。
「母さんとの思い出話を聞いてくれてありがとうございます」
「いいのよ。私は誠司君のことだったらなんでも知りたいんだから♪」
はじけるように笑った奈美さんは、もう一度僕のことを抱きしめた。その抱擁はとても優しくて、温かくて、まるで母さんに抱きしめられているようだった。
「奈美さんはいいお母さんになりそうですね」
僕がボソッと呟くと奈美さんは目を丸くした。しかし、すぐに奈美さんは悪戯な笑みを僕に向けた。
「お母さんか~。なら、その前にお嫁さんにならないとだよね~?」
「そ、そうですね……」
奈美さんならすぐに彼氏を作りそうだな。てか、もういるんじゃないだろうか。こんなに美人で優しいんだし。奈美さんに彼氏がいるかもしれないと思ったら、なぜか胸がチクッとした。
「もぅ~。そこは僕が立候補してもいいですかって言ってよ~」
なぜか奈美さんは頬を膨らませる。
「いやいや、僕なんかが奈美さんの彼氏に立候補するなんて……」
「誠司君。私は好きでもない人の誕生日を祝いたいとは思わないし、こうやって抱きしめることなんてないよ?」
「それって……」
「さて、そういうわけだから誠司君♪ 私に誠司君の誕生日を祝わせてくれる? お母様との素敵な思い出を塗り替えたいとは思わないけど、それに負けないくらい素敵な誕生日にするから!」
もともと断るつもりはなかったし、そんなことを言われてしまっては奈美さんがどんなことをしてくれるのかにも興味が湧いていた。
だから、僕は「よろしくお願いします」と奈美さんに笑顔を向けた。
☆☆☆
私は今、誠司君の家のリビングにいた。
デートの前に誠司君がお風呂に入りたいと言ったので、家に入れてもらって待たせてもらっているところだった。
え……何この状況!?
めっちゃ心臓ドキドキするんですけど!?
だって、お風呂場で今、誠司君は裸なんだよ!?
それを想像しただけで……あっ、ダメ……。
私は無意識に自分の下半身をいじりそうになった。
しかし、グッと我慢する。
それをしてしまうと抑えきれなくなってしまうから。
私は気を紛らわすために部屋の中を見渡した。
いかにも男の子の部屋って感じだった。物はあんまりなくて綺麗に整理整頓されていたる。
水色が好きなのだろうか?
リビングに置かれている家具のほとんどが水色だった。
「水色の下着つけてくればよかったな~」
今日は持っている中で一番セクシーな下着をつけてきたいた。
いわゆる勝負下着だ。
もちろん姉さんと約束をしたから、今日そうなることはないと思うけど……万が一、万が一に何かの間違いであるかもしれない。
誠司君が求めてきたら、私は姉さんとの約束よりも誠司君を選んでしまうだろう。その自信はあった。
「はぁん……誠司君♪」
またしても無意識に手が下半身に行きそうになった。
こんなことで今日一日私は我慢することができるのだろうか。
誠司君の隣を歩けるだろうか。
そこで私は気が付く。
誠司君のお風呂上り姿初めて見ることに。
そう思った瞬間、ガチャっとリビングの扉が開いてお風呂上り姿の誠司君が入ってきた。
「かっこいい……」
その姿を見たと同時に私の口から息を吐くように言葉が出た。
お風呂上がりのまだ髪が完全に乾ききっていない誠司君はいつにも増して色気があって本当にカッコよくて、ほとんど無意識に見惚れてしまった。
「お待たせしました」
ああ、ダメ。その状態で近づかれたら私……。
誠司君のことを見ないように顔を逸らす。
「奈美さん?」
「だ、ダメ! 今近づかないで!?」
「え……どうしてですか?」
「か、か、か……カッコよすぎるからよ!」
私は叫ぶように言った。
誠司君は目をパチパチとさせてその場に立ち止まった。
「僕が……カッコいい? 何かの間違いじゃないですか?」
「違わないから! 誠司君はカッコいいのよ! その自覚をもってちょうだい……じゃないと私の心臓が……死んじゃう」
頬が燃えるように熱い。
本当に誠司君の顔がまともに見れない。
さっきから私は下を向いていた。
スタスタと足音が近づいてくる。そして、私のそばで立ち止まった。視線の先には誠司君の足がある。
「カッコいいなんて、母さん以外に初めて言われました。ありがとうございます」
誠司君の声が耳元で聞こえる。囁くようにそう言われた。
私の体全身に電撃が走る。心臓をきゅんと掴まれる。幸せな気持ちに包まれた。
それからの記憶はなかった。気が付いたら私は誠司君と一緒にエレベーターに乗っていた。
☆☆☆
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