第106話 だから、わたしは動きたいと思っているんだけど、反対する?

 ――王家の紋章として表わされる有翼の獅子って、もっとこうライオンに近い形じゃなかったかしら?


 前世の記憶のせいか、どうにも和テイスト獅子が納得出来ない。だから、未だ手をハディスに確保されたままの至近距離に位置するわたしの目は、答えを探して自然と彼の胸元辺りを観察してしまう。御誂え向きにハディスの纏う軽装な騎士鎧の胸当てにも、王族の証である文様はしっかり鎮座している。


 鋼を打ち出して細やかな地模様を施した中に、金銀の華やかな蒔絵で表現された有翼の獅子は、和風な技法の影響で唐獅子に見える気もするし、視線を上げて華やかなハディスの風貌を目にすると洋風のライオンにも見える。


「言われてみればライオンに似てるかも?ううん、いや、やっぱり任侠の方……?」

「何?どうしたのセレ?」


 ぶつぶつと自問自答していると、ハディスに不審がられてしまった。まぁ、そうよね。獅子の和洋に拘ってるのはわたしだけみたいだし。何より、そんなことやってる場合じゃない状況だしね。


 王城に居る者は王族をはじめ、各業務を勤める高位貴族の官僚、選りすぐりの実力者が揃った近衛騎士、そして侍女や侍従にいたるまでの多くの者が魔力を見る事も出来る精鋭揃いだ。そんな人間達が集う王城に、城をすっぽりと影で覆い尽くしてしまうほど巨大な『有翼の獅子』が近付いて来ているんだから、城にいる人達は気付かない訳が無い。


 気付いていながら、獅子の放つ強力な魔力に捕らわれて、抗い難い強迫観念と心身の不調に声を発することもままならないだけだ。だから、このバルコニーから見渡せる範囲にさっと視線を走らせるだけでも、巡回中に動けなくなった騎士や衛兵たちを城外や渡り廊下に見付けることが出来る。



「なりません!!これ以上アレに対峙すれば、あなたの存在が消えてしまいます!お止めくださいっ!!」


 デウスエクス国王が、更に切羽詰まった強い口調で懇願する。帝は幾分か黄金の光を薄くし始めており、力を失いつつあることは明らかだ。けれど、帝は獅子からの魔力を防ぐ格好をやめようとはしない。


 ――生前、自分を犠牲にしてまで王国の人々を救おうとした人だから……って云うだけじゃなくって、今ここに居るのが彼の創った王国を引き継いだ末裔、大切な息子、帝たちが未来を託して創った神器に認められた継承者だからこそ、より一生懸命わたし達を助けようとしてるのかもしれないわね。所縁の深い者たちを想う気持ちは特別に強いものなんだろうけど……。


 けどねぇ……と、わたしは納得出来ない思いを込めて、ふんす・と一つ荒い鼻息をつく。


「わたしは帝のお節介の押し売りは好きじゃないわ。赤の他人から無償で与えられた『命を犠牲にした安全』なんて、知ってしまった今となったら寝覚めは悪いし、無償タダより高い物は無いもの」


 国王は、反応の無い帝に懇願を続けているし、宰相や王子は戸惑った様子で国王を宥めようと声を掛けている。ポリンドは、わたしと目が合うと苦笑しつつ頷いた。


 好きにしてみれば?――そう言われた気がした。けど先ず、許可取りをしたい2人が居る。

 歪だけれど『主人わたしと護衛』のいわば一蓮托生な関係性の、ハディスとオルフェンズには、勝手なわたしの信条に巻き込んでまで手伝って欲しいとは言わないけれど、最低限の許しを得たい。


「だから、わたしは動きたいと思っているんだけど、反対する?」


 かぐや姫降臨の際、倒れそうになったわたしを支えてくれた2人は、膝のくっ付きそうな距離に揃って跪いている。だから、間近に揃った2人の、キョトンとした瞳を交互に見詰めながら首を傾げる。


「ずるいなぁ。反対したって意見を変える気は無いんでしょ?それに、お節介を1000年以上続けてきた筋金入りの頑固者は、この土壇場でどれだけ言葉を並べたって意思を変えることは無いと思うからねー」

「桜の君の仰せのままに。父と母は遠い昔に私を残して儚くなっております。現世に残っている『何か』は、幼い私が慕った彼ら自身ではありませんし、今は何よりも桜の君こそが私にとっての掛け替えのない全てですから」


 ――素直な了承とは違う答えがそれぞれから返って来たけど……これって、一応了承だと取っていいのよね!?


 狼狽えていると、ポリンドが額を押さえて溜息を吐くのが目に入る。どうやら彼にとっても、思ったのとは違う返答だったみたいだ。多少ずれるのはうちの護衛たちの通常だから、今更という事で気にしないと決めたわたしは、すっくと立ち上がった。

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