第86話 来賓や王国の要人の沢山居る場で魅了は不味いでしょっ!

 体術トーナメント4年の部で優勝を果たしたわたしは、文化体育発表会の最後を飾る表彰式で、一段高い場所に設えられたステージに立っていた。


 ステージ上には体術の他、剣術トーナメントの各学年の部で優勝を果たしたヘリオスやスバル、そしてカインザを始め、8人の優勝者が並び、クロノグラフ学園長が直々に金のペンダントを首掛けて授与して行く。


「セレネ・バンブリア嬢、優勝おめでとう。想像力あふれる斬新な技術で柔よく剛を制した貴女の武闘術は、今後の体術においても多大な影響を与えるでしょうな。素晴らしかった。」

「学園長!?かっ‥‥かいかぶりですわー。身に余るお言葉、有難うございます。」


 うぅ‥‥壇上の受賞者の列に並んだヘリオスの視線が痛い‥‥。お父様、お母様も見ていらっしゃるのよね。ヘリオスがこれだと反応が怖いわ――――。


「「「お嬢様ぁぁぁ―――――ぁぁっ!従業員一同、お嬢様の雄姿、初めての武術の晴れ舞台!しかと目に焼き付けましたぁぁぁ――――っっ!!」」」


 うぉぉぉぉ―――ん、と言う野太い号泣もセットになって会場に響き渡る。

 その場所を目で追えば、顔を太い腕でごしごし擦る男衆――馭者の小父さんや従業員の皆さんと共に、苦笑する父母の姿があった。


 振り返ってみれば、今ばかりは護衛らしく数歩下がった位置に控えて苦笑するハディスと、満足げな薄い笑みを浮かべるオルフェンズと目が合う。


 そのまま壇上に、歌劇の主演者達が呼ばれ、歌劇で星組の特別指導にあたっていた王弟ポリンドが紹介され、彼の手により美しい花束が渡されていった。


「今日の皆さんは、この花束の美しさよりも、私の美貌よりも光輝いていました!皆さんの行く先にも輝かしい未来が広がります様に!!」


 華やかな笑みを浮かべるポリンドは、タイトなシルエットに細やかな宝石ビジューの散りばめられたドレスに身を包んでいて、ハリウッド女優のような迫力美人になっている。


 星組出演者として壇上に上がったアポロニウス王子は、最初、泰然とした笑顔で花束を受け取っていたけれど、興奮したポリンドから、ホールをぐるりと取り囲む長い青龍が勢い良く飛び出したのを目にすると、堪らず吹き出し、年相応のくしゃりとした笑顔を浮かべた。そして手にした花束を持って真っすぐわたしの元までやって来ると、受け取ったばかりの花束を差し出す。


「素晴らしい功績と輝きを魅せてくれたバンブリア生徒会長へ。麗しい女性にペンダントだけでは物足りんだろう。これを。」

「有難うございます?」

「ふん、素直じゃないな。まぁ良い。これ以上ここに居ては叔父上達が怖いからな。」


 全然怖がってもいない笑みのまま、わざわざハディスに視線を送って立ち去って行く王子に、こんな目立つパフォーマンスは勘弁して欲しいのに‥‥と、後ろ姿を目で追う。すると歌劇出演者の並ぶ辺りから薄紫の紙テープの様なものが観客に向かってシュルシュル飛んで行くのが目に入った。その紙テープの発生源を確認したわたしは思わず頭を抱えそうになる。花組出演者として壇上にいたユリアンが、寄せられる観客からの拍手喝采に興奮したように頬を上気させつつ、見通しの良いその場所から、新たな獲物を狙って薄紫の魔力の帯を、何筋も作り出しながら観客に飛ばしていたのだ。


 ―――まさか、来賓や王国の要人が集まるこの機を待って、国家転覆や権力者の魅了による掌握なんて大それたことを企てていたの!?


「みなさぁ―――ん!あたしはこの学園のヒロイン、いつでもハングリーな恋の狩人のユリアン・レパードよ!よろしくね――――ん!」


 うん、いつも通りのユリアンだった。けど来賓や王国の要人の沢山居る場で魅了は不味いでしょっ!

 何とか会場の皆さんの注意を引いて、ユリアンの魔力の効果を相殺しなきゃ!この騒がしい場で更にぱっと華々しく目立つにはどうしたら‥‥。


 おろおろと周囲を見渡していると、心配げに、微かに眉を寄せつつこちらに視線を向けているハディスと目が合い、その瞬間、頭の中でかちりと効果的な演出のピースが嵌まる。


「ハディス様、ネズミ―ズの力を借りたいの!」

「えぇー?なんか嫌な予感しかしないんだけどぉー?」


 そこそこ大きな声で話しているのに、どんどんヒートアップして行く周囲の歓声が大きすぎてほんの数歩先の互いの声が聞こえにくい。けれど何か言っていたハディスが諦めたように溜息を吐くと、隣に立っていたオルフェンズがこちらに向けて薄い笑みを送って来る。良く分からないが、ダメではないということだろうと思うことにして、手にした花束を頭上に掲げ、今もそこに居る大ネズミにこっそりと話し掛ける。


「お願い、あなたたちの火の力でこんなお花を空中に描くことって出来る?」

『ぢぢっ』


 了解って事なのかな?

 と思った瞬間、ホールのあちこちから小さな緋色の小ネズミたちがわらわらと現れて駆け回り、何匹ものネズミーズが天井近くまで飛び上がる。


 飛んだ小ネズミは空中でくるりと一回転すると、大ネズミに見せた様な花の形の炎に姿を変えて、天井近くからひらひらとゆっくり降りてくる。


 突如現れた、空中に浮かぶ炎の花の怪しい美しさに、ホール中の観客が言葉を失い、ただただ魅入られたようにその降り下りてくる様をうっとりと見詰める。最早、ユリアンの魅了の影響を受けた者は誰一人として残ってはいなかった。


 大ネズミに見えるように、頭上に花を掲げたままだったわたしも、身動きすることを忘れてそのまま立ち尽くしていた事に気付き、降り落ちる炎と同じ形の花をそっと下ろそうとした瞬間―――。


 じゅう。


 やばい‥‥炎に当たった花が焦げた。

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