第80話 またとないビッグチャンスをモノにするんだから―――!!

 積極的になられても、困るだけだし‥‥。


 王弟で、神器の継承者で、騎士団の上位職に違いない地位まで持っているハディスと、ただの男爵令嬢でしかないわたしでは身分が違いすぎて、先につながることはないだろうから、お互いが時間を無駄にすることになってしまう。


 ハディスが気になるか気にならないかで言われたら、気になるに決まっている。手を貸せないところで危機に陥るハディスを思い、胸中に抱えた焦燥感はそういうことなんだと思う。けど、商会の婿にはなりえない人だから、この気持ちは育てるべきじゃない。


 ま、悩んでいても仕方ない!わたしは今、わたしのために出来ることに全力を尽くそう!


「時間が無いわ!アクセサリーと衣装の調和、舞台映え、照明が当たった時や、キャストが動いた時の映え方‥‥最後のぎりぎりまで気は抜かないで調整するわよ。だって、明日の舞台に名声を得るチャンスが転がっているかもしれないしね!!」


 行李こうりから衣装を取り出して、ぱんっと音を立てて広げる。

 舞台衣装として作った服や小物の数々は、色も装飾も二つとして同じものが無い魅力を持ち、どれもが主人公のために誂えた様にキラキラと輝いている。この世界ではまだ見た事の無いデザインに観客たちの目はきっと釘付けになるだろう。そして、纏うのは見目麗しい令息令嬢のキャスト達、しかも通常なら男爵家の持つ商会の服など手に取ってもらえる機会すら無い王子までもが含まれている。


 またとないビッグチャンスをモノにするんだから―――!!


 ぐっと握った手を突き上げて、ひとり気合を入れようとしたところで、傾いだ頭から滑り落ちそうになった大ネズミに『ぢぢぢぢっ!』と抗議を受けたのだった。





 セレネがひとり、気合を入れている傍では、カインザが立ち去った後に残された王子とギリム、そして楽し気に近付いて来たポリンドが生暖かい目でその様子を眺めていた。

 行李の蓋を立て掛けているハディスにアポロニウスがにっこりと笑みながら近付くと、同じようにポリンドが追随し、気付いたハディスが苦いものを噛んだように口元を歪める。


「叔父上、いつから衣装係になったのですか?卒業から随分時間が経っている気がするが、気のせいだっただろうか?」

「かわいそー。もうお尻に敷かれてんのー?」


 血縁者故の好き勝手な言い草に胡乱な視線を返しつつ、遠巻きにセレネを手伝いに向かおうとする仕草を見せる令息に威圧を飛ばすハディスはなかなか忙しい。文句を言うのは諦めて、返答のみを簡潔に返すことにした。


「セレネはこの歌劇の衣装に並々ならぬ思い入れがあるみたいだからねー。やるならとことんやるだろうし、そしたら人手もいることになっちゃうでしょ?そんな時、へたな令息やつらに手伝う口実で近付かれるくらいなら僕がやった方がいいよ。虫除けと信頼度アップの一挙両得だよね。何より学生の間くらいは好きなことさせてあげたいでしょー?」


 いつものように冗談めかした調子で、それらしい理由を告げ、けれど次の瞬間、がらりと声のトーンを低く変えて呟く。


「卒業後はそうはいかなくなるからね。」

「ふっ‥‥狭量な。愛想をつかされても知りませんよ。まぁ、首尾よく嫌われたあなたの始末を頼まれたなら、喜んで承りますが。」


 いつの間にか音もなくハディスの背後に立ったオルフェンズが、ハディスの喉元をするりと撫でると、不快げに片眉を吊り上げたハディスによってぺしりと払い除けられる。


「すぐに実力行使で閉じ込めようとする銀のには言われたくないですー。」

「閉じ込めて、そうと気付かないようにする方法もありますよ?けれど、赤いのだって権力を使って絡め取るのは得意なんじゃないですか?」

「あーあー、可愛い甥っ子の前で大人の男のエグい部分を見せるのは止めないかなー?美しくあることに命を燃やしてる私みたいな人間もいるんだからねー。」


 ポリンドが、ハディス&オルフェンズと王子の間に壁になろうと身体を割り込ませるけれど、アポロニウスはそんな騒ぎをまるで気にしない様子で、にこやかに話しかける。


「叔父上方?学園は私達若者の学びの場であり、交流の場なのだが、まさかもうそれすら忘れてしまう様な年だっただろうか?それは気付かず申し訳ないことをしました。かくなる上は父上にご報告し、休養をとらせて差し上げなければ。」

「王子サマも言うようになったよねー。誰に似たんだか‥‥。」

「私の周囲には幼い頃より個性的な叔父上方がいた様に記憶していますね。」


 今度はポリンドがげっそりと口角を下げることになった。


「アポロニウス副会長?仲良くお話されているところ申し訳ないですけど、もう一度、この衣装に袖を通してみてくださいね!明日はどの組よりも華々しくキャストの皆さんを光り輝かせて見せますからね!!」


 セレネが満面の笑みで衣装を持って駆け寄ると、その場のギスギスした空気が一転してほわりとした暖かなものになる。その空気を心地良く感じている人間が殊の外多い事も、ほとんどの者は気付いている。


 本人は何も気付いてはいないだろうけれど――――。

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