第76話 悶々と悩まされてるのよ!

 メリリアンの注意で、王子が居ると気付いてからのユリアンの切り替えは早かった。それまでのやる気のないだれた態度とは一転、上目遣いの笑顔で、くねくねしなをつくりだす。


「まぁぁっ!王子殿下ぁ!ロザリオン様ぁ!ギリム様ぁ!奇遇ですわね、丁度休憩にしようかとしていたところですのよ!!全ての優良物件令息に愛されるヒロイン、そしていつでもぶれない恋の狩人、ユリアン・レパードが会いに来ました!あら、カインザ様ぁ、こんなところにお座りになってどうしたんですかぁ。あぁ、王子殿下とお話ししてたんですね!あたしも混ぜてくださ‥‥。」

「「レパード様。ちょっと。」」


 周囲の空気間をがらりと変えて、独壇場を展開しだしたユリアンの左右の手を、わたしとメリリアンがそれぞれ掴み、王子の前から引き離そうと、出入口に向かってぐいぐい引っ張って行く。もちろん打合せなんてしていない。けど気持ちは一緒だろう。


「なによなによ、あんたたち!何であたしの邪魔するんのよ!折角王子をモノに出来るチャンスなのにぃ!」


 ギリギリ王子達や、他の生徒にまで声が届かないであろう場所まで離れたところで手を緩めると、ユリアンが顔を真っ赤にしてむくれている。


「幾ら何でもあなた達とホーマーズ様の三角関係に、物見高い学園生たちが興味津々で注目してるところで、悪目立ちする真似をしてどうするのよ!」

「同じ方を慕う同士として、貴女をフォローしてきたつもりですけど、カインザ様の目の前で王子やご学友の方々へ親し気に声を掛けるのは、はしたないです!」


 わたしと、メリリアンが交互にユリアンに苦言を投げかけるけど、当の本人はポカンと目と口を開いたままにフリーズする。


「へ?何でカインザ様限定な話になってんの?あたし、まだひとりに絞るつもりなんて無いんだけど?明日も沢山優良物件が現れるだろうから気合入れなきゃ、だし。」

「けどっ、カインザ様に課せられた期限は明日の文化体育発表会が始まる前までなんですよ!?」


 困ったような、半泣きの表情でメリリアンがユリアンに詰め寄る。大人しい彼女の必死の様子は、なかなか切羽詰まった迫力がある。


「何であたしにそんな事を言うのよ。あたしは生粋の貴族の婚約者を探すのに全力を尽くすだけだし。カインザ様もその中の1人ではあるけどまだ絞る気は無いわよ。あたしたちはまだ3年生で、学園卒業まで1年以上あるんだから、まだまだ有意義に使える時間があるのよ?」

「レパード様?ホーマーズ様が王子と共に王国の為に働くには、学生生活をただ楽しめる時間はそう長くは無いはずだわ。国を護る義務を持った王族は、自由奔放に生きることは許されないし、王族と共に在る人も自分の為じゃなく王国の為に生きることが求められるもの。だから、王子の側近になる予定のホーマーズ様がいつまでも貴女たち2人の間で揺れ動いて、足元が定まらないでは、王子と共に国を支えてゆくには不十分な境遇と資質だと判断するって王子に言われているのよ。彼に粉をかけた以上、無関係だとは言い切れないわよ。」


 珍しく、ユリアンに向かって真面目に話をしたかもしれない。なのに、ユリアンはじっとわたしを見て、そして遠慮なく「ぷぷっっ!」と噴き出した。ちょっとぉ!?


「あんたさぁ?頭の上にペットを乗っけながら真面目な事を言っても間抜けなんだけどぉ―?それにさ、分かったようなこと言ってるけど、あんただってたかが男爵令嬢じゃない。何、自分の話みたいに真剣になっちゃってんのよ。」

「頭‥‥そうね、あなたの魅了は魔力だから見えるのね。だったら、話は早いんだけど、この子、神器にまつわる魔力の化身でね、ずっとわたしから離れないの。それでね、王族に関しての話は、わたしが進行形で悩んでるところだから、適当に話してるわけでもないからね?たかが、男爵令嬢のわたしに、何が起こってると思う!?」

「セレネー?ちょーっと落ち着こうか?」


 それまで黙って背後で護衛役に徹していたハディスに、頭をポンポン撫でられたおかげで、なんだかいつの間にか話にエキサイトしていた自分に気付いたわ。いけない、いけない。

 だって、それもこれも婿を取ってバンブリア商会を盛り立てて生きて行くつもりのわたしに、王弟のハディスがあんなこと言うから―――!!


『いや、だからはっきり言うけど護衛に留まる気はないからね。どこまでいけるかは、まぁ、覚悟しておいて?』


 覚悟って何よ!ハディスの近しい関係に踏み込む覚悟ってことよね!?

 いやでも困る!わたしは一緒に商会を盛り立ててくれる婿を取って商品開発を続けたいもの。だから、ハディスとの係わりを積極的に進める気はないわ!けど、どこかですんなりハディスの言葉の意味を理解した自分が喜んでいて‥‥そんな感じで最近のわたしは、王族との係わりに悶々と悩まされてるのよ!


「あんた!またそんな綺麗な護衛を侍らせて!ずるいわよ!」


 空気の様に振舞っていたハディスが急にわたしの頭を撫でる行動をしたことで、彼に気付いたユリアンがわたしに食って掛かる。けど―――。


「ただの護衛に見える?さっきのわたしの話を聞いてまだ羨ましいって言える?」

「え?」


 ジト目でユリアンに視線を合わせていると、何かを察したらしいユリアンはわたしの隣に立って腰に手を回し、イイ笑顔で立っているであろうハディスの顔を見て首を傾げ、そのまま視線を落として彼のジャケットに施された『有翼の獅子』の地模様に視線が吸い付く様に固定され、次いで零れ落ちそうなくらい両目を見開いて固まった。

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