第74話 玄関前での女豹の突撃イベントが今日も始まった。
ハディスの言葉が脳裏に何度も蘇る。
「いや、だからはっきり言うけど護衛に留まる気はないからね。どこまでいけるかは、まぁ、覚悟しておいて?」
どこまでいけるか‥‥って?覚悟しておいて‥‥って!?こんなのただひと言、好きだとか言われるよりも悶々するに決まってる!
わたしの頭の中は、あの王城の尖塔での出来事からずっとハディスの言葉が繰り返し再生されている。そしてこの男は有言実行だった。
「セレネ、手を。君はひとりにしてしまうとすぐに何処かへ駆け出してしまうから。」
今まで以上に距離が近く、そしてまとう雰囲気もこれまでとは違ってどこか甘い。何より呼名!呼び捨てですか!?さすがに学園では自重するかと思ったけど、そんなことはなく、周囲の視線が痛いことになったわ。
「いえ、ハディス様。好奇心の塊の3歳児みたいに言わないでもらえますか?わたしだってなに彼構わず突っ走ることは致しませんけど?」
「どの口が言うんです!?それなりの落ち着きを持ったご令嬢は護衛に『止まれ、待て、守れ』なんて注意は受けませんよ。説得力が無さすぎます!」
少し視線を上げなければ目を合わせることが出来なくなってしまった
「赤いの、交代だ。」
「えぇー!?ちょっ‥‥今日は僕がエスコートの手をとる日でしょ!?順番守ってよねー?」
背後に付いていたオルフェンズが、憮然とした表情で強引にハディスとわたしの間に身体を割り込ませて来た。
ちなみに今は『月見の宴』から1週間経ち、学園への登校中だ。大門を潜っていつものメンバーで歩き出すと、ここのところ毎日の様にこんな馬鹿げた遣り取りが繰り返される。
確実に護衛ズたちのわたしに対する距離感がおかしくなった。いや、オルフェンズは通常運行か?あと、あの宴の直ぐ後でヘリオスが戻ってきた。「僕が現時点で
そして毎朝の恒例行事―――。
「貴女!どういうつもり!?そうやってあちこちのご令息に色目を使って、学園にまで侍らせてくるなんて、そんな浮ついた下品な人が、王国を支える次代の若者が通うこの由緒正しい王立貴族学園に居るなんて、なんて酷いの!?貴女、一体何のつもりなの!?」
玄関前での
「おはようございます。レパード男爵令嬢?毎朝定刻にご苦労様です。」
こちらも大分慣れてしまって、もはや取り繕う気が無くても令嬢スマイルを続行出来てしまう。何なら最初の言い掛かりセリフが「ごきげんよう」くらいにしか聞こえない程に。
そして周囲の学園生たちも慣れたもので、急ぐ者はこちらに目もくれずにさっさと玄関へ入って行くし、そうでない者は遠巻きに人垣をつくってワクワクした表情でこちらを窺っている。別にキャットファイトを始めるわけでもないのに、何が面白いのやら。
「べっ‥‥別に労いはいらなくてよ!それよりも貴女よ!何なの、ソレ!?べたべたし過ぎじゃないの?護衛なんかじゃないでしょ!?」
「そうだね、ただの護衛じゃないよー。」
オルフェンズに押し退けられて背後に回っていたハディスがするりとわたしの隣に立って、後頭部を柔らかな手つきで撫でてくる。今度は逆に、これまでにないこちら側の反応に、ユリアンの方が顔を真っ赤に染めて怯み、周囲のこちらを窺っているご令嬢たちからは黄色い悲鳴が上がる。
「ハディス様?レパード男爵令嬢の仰る通り、ここは由緒正しい王立貴族学園ですよ。弁えてくださらないなら今後の同行は他の者に任せることになりますわ。他にもわたしに同行してくださる
護衛の不手際は主人の責任、ここは女主人らしく毅然とした態度を取って
「おはようございます。バンブリア生徒会長。今日もまたご迷惑をお掛けしたようで申し訳ございません。」
清涼感のある声が響いて、飴色サラ艶ストレート髪をさらりと揺らしたメリリアン・ジアルフィー子爵令嬢が現れる。この流れも恒例だ。彼女は婚約者カインザ・ホーマーズとは距離を置くようになったものの、何故かユリアンには苦言を呈する形での関わりを持ち続けている。お陰で、阿婆擦れ感のあるユリアンと、清楚な令嬢然としたメリリアンの対比がくっきり出来上がってしまい、一定数のメリリアン信仰者が存在するらしい。今も、一部の令息からホゥ‥‥とため息が漏れた。
メリリアンに促されて、ユリアンが立ち去る後姿を見送って―――これで朝の
アポロニウス王子が区切ったカインザの女性問題解決の期限である1週間後の文化体育発表会で、彼等はどんな判断をするのか?文化体育発表会の開始時刻までに解決出来ていない場合は、王子の護衛候補からカインザは外されてしまう。
わたしよりも切羽詰まったカインザを見て安心することもないけれど、同じようにじりじりと負い詰められている感のあるわたしは、他人事ながら良い結果に収まります様にと思わずにはいられなかった。
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