第52話 定性調査?
――『月見の宴』
初めて耳にする言葉に首をかしげる。
ハディスの反応から、それがただの夜間宴席ではなく、何らかの彼の苦手とするモノが含まれる集まりなのかもしれない、とは思うけれど。
そして、その予想は当たっているようで、問われたハディスはいつもの飄々とした様子で誤魔化すのではなく、明らかに動揺し、ハッキリとした声を出せなくなっている。
まごまごするハディスと、それを問い詰めようとしているらしい王子とポリンド――この2人が揃ってろくな話の流れにならない予感がビシバシするし、王子の学友達の険しい視線も意味が分からないし、ここに付き合う必要ないよね?
「ハディス様?込み入ったお話の様ですので、わたしはオルフェと一緒に少し外しますね。」
そっとハディスの上着の裾を引いて声をかけると、振り返った彼の顔はやっぱり困惑の様相で。けれど、わたしの顔ではないどこかを見るや、大きく目を見張り、怒ったかのように口元に力が入ってグッと引き結ぶ。
何事!?と驚いていると、肩に回されたオルフェンズの腕を、ハディスがポイッと引き剥がした。
「あれあれー?何も言えてないのにその態度なんだー?」
揶揄を含んだポリンドの声に、ハディスが再び苦々しい表情となって元の向きに身体を戻す。気のせいでなければ舌打ちをして居た。うん、ポリンドに対しては気安いと云うか、本当に態度が悪い。お陰でこちらはいつもヒヤヒヤものなんだけど、分かってるのかな?!ハディスの態度の悪さでこっちまでとばっちりがあったのでは堪ったものではない。護衛を守るは主君の責務、なんて格好良いことを言っていたとしても、やっぱり権力者は怖いし、出来ることならいざこざは避けたい。
「あとね、子猫ちゃんも無関係じゃないからここに居て欲しいなぁー?」
「月見の宴まで10日余りとなったが、バンブリア生徒会長の準備は進んでいるのか些か心配になってな。声をかけてみたんだがな。」
「んん?」
いや、『月見の宴』は初耳なんですけど?しかも王子から「
「どうやら、赤いのは桜の君に伝えるべきモノが色々抜け落ちているようですね。」
クスクス笑いながら呟くオルフェンズの声は再び超至近距離だ。ハディスに引き剥がされた腕は戻してないけど、距離感が近いのは相変わらずだ。って言うか、オルフェンズも常にくっ付いてる訳じゃあない。ハディスをからかう訳でもないのにこの距離感ってことは、オルフェンズも何か警戒してるよね?
何かこの話題の内容を窺い知れるヒントは無いものか周囲を見渡すけど、王子の学友たちの不満そうな表情から、何かわたしが分不相応なことに関わらせられつつあると云う曖昧な事しか察せられない。ハディスが伝えて来なかった事から、わたしにとって良くない話だってのも何となく察した。けど、このままハディスに任せてマゴマゴしていたんじゃあ埒が明かないよね?
「ハディス様?その宴が何かは分かりませんけど、さっき王子が仰った日程がホントなら、文化体育発表会直前の
あぁ、いけない。本音が少し漏れたわ。けど恐らく、そう言うことなんだろう。婿探しに有効な、学園イベントの準備に余念が無いわたしを別のイベントにも参加させたいと?
「分かってますか?常々言ってますけど、わたしは入り婿になってうちのバンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる人を捕まえなきゃならないんです。残り1年を切った残りわずかの学園生活で、ちょっとでも優秀なお婿さんゲットしなきゃいけないんですよ?文化体育発表会は学園行事の中でも1番自分のアピールが出来るイベントなんですから、ぽっと出の用事で邪魔しないでください!」
ビシリ!と、ハディスに右手の人差し指を向け、逆の手を腰に当てて宣言すれば、振り返ったハディスは情けなく眉根を下げ、王子とポリンドはぽかんとした豆鉄砲を食らったような表情になり、離れた場所にいる王子のご学友たちは何故か色めき立ち、ギリムは頭を抱えている。
「バンブリア生徒会長。」
微妙な緊張感が漂うその場で、いち早く動き出したのはアポロニウス王子だった。見事な貴族スマイルを取り戻した王子は、未だ口を開けないでいるハディスの横からこちらを覗き込む。
「『月見の宴』なんだが、これはある条件のもと集められた少数の人間から、王城の者が直接意見を聞こうと云う非公式の宴席だ。気を張らない場だとだけ伝えておこう。」
「定性調査‥‥。」
王子の言葉にハッとするものがあった。定性調査は、ある一定の層の人間にインタビューや面談などを行い、行動原理や生の声をを知るための調査方法だ。商品開発に行うことはあっても、まさか王城の官僚がそれを取り入れているとは思わなかった。
「まさかそのモニターにわたしが選ばれたって話ですか?」
「「モニター?」」
王子とポリンドが同時に復唱して小首を傾げるのがちょっとかわいい。
けど、ほんの少し癒され、調査だと分かって安堵していたのに、未だハディスからは緊張感を感じる。
「ほんの少し、時間をくれないか?」
呟くと、ハディスにしては珍しく強引にわたしの手を取って歩き出した。
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