第46話 正気で敢えてバンブリア商会の人間を襲うと?!いや止めて?

 敬愛するイシケナルへ攻撃を行った事により良心の呵責を抱いたムルキャンは、その前から姿を消すべく走りだそうとした。けれど、離れようと動き出した途端なんと再び姿形が魔物に逆戻りだ。


「待ちなさいよ!」


 ウゾウゾ動く脚の何本かに、閉じた扇を絡めて跳ね上げると、体勢を崩したムルキャンが恨めしげな視線を向けてきた。


「おーまーえぇぇぇ!小娘、またお前かぁぁ!」

「貴方、公爵から離れたら多分またすぐに魔物に戻っちゃって、公爵に危害を加えるわよ?離れようとしただけでこの有り様でしょ?」


 扇で掬い上げた根の1つを持ち上げて、ゆらゆら揺らして見せると、ムルキャンはぐっと口を引き結び、眉間に深く皺を寄せる。否定は出来ないのだろう。

 口ごもるムルキャンの側にイシケナルが再ひ歩みより、わたしから根をそっと受け取ると、大切な物を扱う様に両手で優しく包み込む。驚いた様に視線を上げるムルキャンに、イシケナルは鮮やかな紫の瞳に柔らかな光を浮かべて、今は顕わになっている口元をふわりと綻ばせる。


「だから、私から離れるな。」

「我が君!!」


 鮮やかな紫色の光と、きらきら光る薄桃色の欠片が美しくその場を彩る。いや、魅了魔法使ってるだけだし、演者はおじさん2人なんだけど。熱を持った恍惚とした視線をひたすらイシケナルに向けているムルキャンは、完全に落ちたのだろう。焚き付けおうえんはしたもののドン引きで口角を下げたわたしに、イシケナルがふと視線を向けたのに気付いたので、「何か用?」と胡乱な視線を向ける。そんなラブシーンじみた状態で何を巻き込もうというのか。

 すると、イシケナルはムルキャンに見えない絶妙な角度で、根に添えた片手の親指をぐっと立てたサムズアップを決め、眉を吊り上げて片方の口角を上げたあくどい笑みを浮かべた。


「なんだかんだ言っても領地を守る公爵様だものね。損得で上手く相手を懐柔したりはお得意なところなのね‥‥。学園長もわたしが継承者候補だって話の時に、有望な人材がミーノマロ家に集まるのは願ってもないことだけど、他の継承者たちの不興を買うのはいただけない‥‥なんてハッキリ言ってたくらいだし。」

「高位貴族ほど顕著だよー。だってそれが家系の発展どころか国防にも関わってくるからねー。」

「自分こそが実利主義だと思ってましたけど、上には上がいるんですね。生理的、感情的に無理なものは無理ですから、わたし。」


 呆れた呟きを耳聡く拾ったハディスに、未だ見詰め合う『おじさんズ』を視線で示してコッソリ囁くと、「だから僕も苦労してるんだよねー。」と苦笑が返って来た。はて、何に苦労しているんだろうね?はっきりとは教えてくれないけど王家に近しい血筋で、はっきりした地位は分からないけど騎士団でも一目置かれ‥‥未だはっきりしない事だらけだけど、唯一はっきりしている事と言えば――容姿の良さ。

 その程度の情報でも充分ハイスペックな人間の悩みなんて、贅沢すぎて思い付かないなぁ、と整っていつつも愛嬌のある横顔を見上げて首を傾げる。


「何ー?もしかして見惚れてたぁ?僕だって悪くないよねー。」

「いえ、むしろハイスペックなのに、どうして恋人とのデートの時間も取らずに、いち男爵令嬢へのつきまと‥‥――護衛なんて続けているのかなぁって、不思議に思っただけですよ。」

「ひどくない!?今、付き纏いって言おうとしたねー!」

「でも、急な予定(ヒソ‥‥こっそり素材収集ヒソヒソ)や無茶ぶり(ヒソヒソ‥‥ラシン伯爵邸への潜入ヒソヒソ調査やフォーレン侯爵邸ヒソヒソでのファッションモデルヒソヒソ出演)でも、予定調整一つなく休日無しでいつも一緒に行動するって普通じゃないですよね。」

「それは僕の努力だと思って?普通じゃないんじゃなくって、並大抵じゃない努力をしてると取って?不審者扱いしないでくれるー!?」


 もぉー!と鮮やかな赤い髪を、無造作にガシガシと掻くハディスはやっぱり文句の付けようなく美形だ。梢から降り注ぐ木漏れ日がキラキラと輝いて、ハディスの髪をより一層鮮やかに輝かせる。赤い髪に黄昏の朱に染め上げられた陽の光が降り注いで‥‥ん?黄昏?


 ガバリと空を見上げると、中天にあったかと思っていた太陽は、既に傾き始めている。


「いけない、もぉこんな時間だなんて!早く街道に出て商隊と合流しなきゃ!」


 今回の遠征目的はエウレアとカヒナシ間の調査・偵察兼、商隊のお出迎えだった。ゆっくりと移動と調査をしても、夕刻予定となっている商隊のカヒナシ入国には間に合う様、早朝に宿を出て来たはずなのに、既に太陽は昼の中天をとうに過ぎて傾き始めている。ムルキャンが規格外に進化して頑張ってくれたお陰で、予想外に時間がかかってしまった。

 しかも、魔力にてられて、動けなくなっている戦闘冒険者と衛兵が多数居る。


「どうしよう‥‥ここまで来て、もし商隊が魔物に襲われたら、わたし何のために来たのか分からないわ。わたし一人ででも行って来ちゃダメ?」

「本当に魔物と遭遇したらどうするつもりさ!?ご令嬢がひとりで行って良い訳ないでしょー!」

「私は桜の君に付いて行きますよ?烏合の衆がどうなったところで、何の興味もありませんから。だから赤いのはここへ残ると良い。」


 ハディスとオルフェンズが、1人で行かせてくれそうにない。けど、親友や同行してきた人達を、高い戦力保持者2人も引き連れて置いて行くのも気持ちが咎める。


「むっふぅ、虫けらが蜘蛛の糸にかかったな。」


 不意に、宙を見上げたムルキャンが上機嫌に呟いた。


「お前の商会の一団が、この森の東端側の街道に現れたぞ。さあさあさあ、むふふぅ‥‥どう料理してやろうか。」


 舌なめずりをし、邪悪な愉悦に顔を歪ませたムルキャンは、意味ありげにわたしに視線を向ける。待って?イシケナルの魅了が効いて正気に戻ったんだよね?


「人間に戻ってるのに、なんで人間を襲うようなこと言ってるの!?」

「何を言っている、小娘。人間を襲わせている訳ではない。お前の家が持つ商会の者がターゲットだ!制御が上手く出来ず、他へも被害があったかもしれんが、私自身と、我が君の共通の敵であるお前への仕返しだぁぁ!お前に思い知らせるために随分回り道をして、多少姿は変わったが、こうして素晴らしき力を手に入れることができた!この力でさらに我が君の望むことをかなえて差し上げることで出来るようになったのだ!」


 正気で敢えてバンブリア商会うちの人間を襲うと?!いや止めて?しかも、今の口ぶりだと‥‥。


「もしかして、最近頻繁に起こってた、魔物の商隊襲撃や、未遂も?」

「全て私の力だ!!むふふぅ。」


 元凶ここにいた―――!!!

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