第54話 さっさとカインザの幻想を終わらせて、議事進行よ!

 ほらほら、返事しちゃうから、廊下の人達が構ってもらおうとドアノブをガチャガチャしちゃってるじゃない。


「バネッタ様?文化体育発表会の説明はまだ終わっていませんよ。」

「私、耐えられませんわ!何ですの、あの方たちの茶番は。」


 いつもは貴族らしいポーカーフェイスが麗しいはずのバネッタの眉間に力が籠って、僅かに眉が歪んでいる。扇を持っていたらミシミシ言っていそうだ。王子の学友であり、執行部員でもあるギリムやロザリオンは、さすがに平静を保っているけど、他の役員たちは居心地の悪い表情をしている。


「副会長、扉の向こうのご学友に何かご助言はありますか?」

「そうは言っても、カインザとメリリアン嬢の婚約は、家同士で結ばれたものだから、当人同士がここで話したところで結果が変わるわけではないのだがな。何か言い争ったとしても2人が婚約者である事実は覆しようがないぞ?」


 王子12歳――正論なんだけど、年齢の割に達観しすぎじゃないかしら?


 けど、困ったことにわたしも王子に同意見なのよね。いきなり公衆の面前で婚約破棄を宣言したメルセンツと良い、自分が『ヒロイン』だからって云う思い込みで略奪愛やハーレムが認められると思っている様なユリアンと良い、恋愛や結婚に夢を見すぎじゃないかしら。


「まず結婚には条件第一なのに、困った人達ですね。」


 王子と同じく、結婚や婚約は感情ではなく条件あってのものだと伝えたはずなのに、王子が意外なことを聞いたかのように、キョトンと目を見開き、次いで、呆れたように軽く溜息をつく。


「バンブリア生徒会長、その年にしては夢が無さすぎであろう?そんなことでは、貴女の護衛を始めとした心棒者たちが浮かばれないぞ。」


 何を言い出す!?と思った瞬間、隣の部屋からただならぬ圧が飛んできた。ギリムだけが苦々しい表情で目をすがめる先に緋色の小ネズミがバタバタ動いている気がするけど、気のせいだ。


「――わたしの事はともかく、いつまでも扉の向こうで痴話喧嘩をされるのは気が散って困ります。当事者同士の話し合いが一番だと思ったんですけど、上手く話し合えていないみたいなんで、扉、開けますね?」


 カチン・ガチャリ

「メリリアンも、アンもやめて‥‥。」


 目の前に現れたのは、左腕をユリアン、右腕をメリリアンに引っ張られ、情けない声を上げるカインザだった。


「カインザ、状況を説明してくれるかな?」

「はっ!?王子!いいえ、別段問題はなく――。」

「王子殿下ぁー!怖かったんですぅ、その人がきつく睨み付けて来るし、あたしに冤罪をなすり付けようとするんですよ!身分を笠に着られたら、あたしみたいな、誰かの庇護を受けなきゃならない、悲しい身の上の一令嬢には何も出来ないんですぅ。もぉ、怖くて怖くて‥‥。王子殿下に助けてもらわなきゃ、あたし、どうにかされちゃうんじゃって‥‥きゃっ怖い!」

「私、なにもしていませんっ!それよりも貴女は馴れ馴れしすぎですっ!カインザ様を放してください!」

「メ‥‥メリリアン。」


 必死で声を張り上げたメリリアンは、ぽっと頬を赤らめるカインザには気付いていない。これはひょっとしなくても上手くいってるんじゃないかな?けどカインザがモゴモゴ言ってる間に、ユリアンは声をあげる代わりに、カインザの腕にしっかりと身体を寄せて両腕で抱き付くみたいに絡み付いてるし。


「アン!?」

「――っっ!!放してください!カインザ様は私の婚約者ですっ。」


 さすがに、普通のご令嬢らしいメリリアンは、そこまでの密着は抵抗があるみたいで、ユリアンの姿に赤面しつつ眉を吊り上げる。


「メリリアンも、アンもやめて‥‥。」


 うわー。両手に花‥‥でもなく、これは大岡越前の子供争い!?両側からぐいぐい引っ張られて、苦しそうなカインザを見兼ねて手を離した方が、真に彼を想っているってことで良いのかな?


「いやぁ、二人とも――こほん。王子の御前だし止めて欲しいなぁ。」


 んん?ホーマーズ様、どうして満更でもなさそうなお顔なんでしょうね。


 そう言えば、カインザは王子のご学友兼護衛担当として選ばれるくらいだから、まだ12歳ながら騎士になるべくお父様にしっかり鍛えられているのよね。か弱いご令嬢に両腕をそれぞれ引っ張られたくらいでそうダメージは受けないわよね―――って言うか、右に左にグラグラしながら締まりのない表情でどことなく嬉しそうなのよね。これはあれだ、カインザ様的には「俺のモテ期キタ―――!!俺を取り合うなんて可愛い奴らめ。」って感じなのかしら。


「カインザ、浮かれすぎ。」


 王子が絶対零度の圧を放つ笑みを浮かべた。


「はっ‥‥!いえ、そんな事はなくはありませんですっ!?」

「どっちよ。」


 思わず呟くと、絞まりのない表情から一転、憎々しげな視線を向けられた。同じ女子なのにちょっとだけ不公平な気がしたけど、相手がこのカインザだと思ったら、すんっと気持ちが凪いだ。さっさとカインザの幻想を終わらせて、議事進行よ!


「言っておくけど、レパード男爵令嬢はあなた一筋ではないわよ?ホーマーズ様は筋肉馬鹿担当でしかないはずだったわ。」

「違うわよ!筋肉ガテン系担当よ!!間違えないでくれる!?あとは王子様担当がアポロニウス王子殿下で、クール担当がギリム様、鬼畜溺愛系担当がロザリオン様よ!そこんトコ重要よ!?」


 堂々とユリアンが断言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る