第16話 考えもしなかった・なんて素直に言いたくない‥‥。

 わたしは、メリーが持ってきてくれたレターセットに、母への報告を書き記す。


「出来るだけ簡潔に『ヘリオスが学園からの帰路、馬車の中から姿を消しました。同行者は異変に気付かず。取り急ぎ、わたしが現状を確認します』それと‥‥。」


 小父おじさんと、護衛2人をちらりと見遣るとうっすらと紫色の魔力がもやもやと纏わり付いているのが見える。


「『黄色と同様の力が働いている可能性有り。』ですよね?」

「あーあ、やだなー。やっぱり気付いちゃったー?」


 ハディスが困った表情で、わざとらしく天を仰ぐ。


「知っているなら、ちゃんと教えてください!どうしてわたしが狙われて、ヘリオスに護衛を付けなきゃいけないくらい危険なことになっちゃったんですか?!」


 冗談を言っている場合でもなく、はぐらかされてあげることも出来ない。だって今はヘリオスの身に危険が迫っているんですもの。

 逃さない!と瞳を合わせて凝視すると、ハディスは「うーん」と困った様に唸りながら、へにゃりと眉を下げてわたしの顔をじっと見つめる。


「何から話したものかなぁー。まずは君が狙われる訳なんだけど‥‥セレネ嬢、君はあの夜会の場で何人かの目に留まってしまったんだ。利用価値のある資質を持っているってね。しかも君は貴族としては限りなく低位の男爵家の令嬢でしかなく、バンブリア家すら自ら成り上がったため特別な後ろ盾もない。本当に危なっかしい立ち位置にあるんだよねー。それを護る為に、腕にちょっと覚えがある僕が護衛に就いたんだよ。」

「だからそこで何でハディス様がわたしを護ることになるんですか?」

「夜会の警備担当だったからー?たまたま?かな。」


 前半ちょっと深刻な話だったのに、最後ゆるい感じにまとめられた。けど、王宮の騎士団の中で顔が知れていて、それなりの人望と地位がある人だと云うことは分かってる。そんな人が側にいるから『わたしを狙う人』も下手に手を出せないんだろう。だから、わたしよりも警備が手薄なヘリオスが狙われたと?


「ヘリオスを人質にとればわたしが言うことを聞くと思われているってことですか。」


 わたしも、バンブリア家も軽く見られたものだ。大切な家族がそんな暴挙に遭って大人しく言うことを聞く訳ないじゃない。むしろ全力をもって対峙する方向で行動するわ。


「人質なのか見初みそめたのか、今回そこもちょっと分からないよねー。」

「え?なんて?」


 思いがけない言葉に、頭が理解を拒否したみたいだ。けれどハディスは呑み込みの悪い生徒に言い聞かせるように、言葉を変えてもう一度、大真面目な表情でとんでもないことを繰り返す。


「だから、利用しようとしてか、欲しくなったのか、動機が分からないって。」

「なんでそんな話になるんですか!わたしが狙われている話じゃなかったんですか!?」


 何をふざけたことを、と思わず声が裏返ったけど、ハディスは大真面目な表情だ。


「セレネ嬢、紫色の魔力の効果は分かる?」

「分かるも何も今日さっそく被害に遭いましたもの!ユリアンのと同じ魅了の色ですよね。」

「そう、だからヘリオス君は魅了を使う相手に連れさらわれたってことだよねー?と言うことは、相手の狙いが利用価値のあるセレネ嬢なのか、魅了して落としたいヘリオス君自身なのかが分からないってことだよねー。」


 えぇぇぇ―――。けど、あり得ないことも無いわ!だってヘリオスは天使だし、頑張り屋さんだし、家族思いの優しい子だし、天使だし。ヘリオスが本命って、めちゃくちゃ有り得そうなんですけどー!


「まずいわ!ハディス様!!変質者とかだったらヘリオスが危ないわ!早く助けないとっ!まずは現場百遍ひゃっぺんよね、行ってきますっっ。」

「待って待って!僕が付いていくから!あとオウナ夫人への手紙と、ディスキンさんに同行させる警備員の手配は?」

「はっ!まだだった、すぐ済ませますから、ハディス様少々お待ちください!」


 どたばたと動揺しながらも、何とか思い付く手配をこなして、わたしは2人の護衛と再び学園への道のりを戻ることとなった。





 道をただ逆戻りしようとしていたわたしは、さっそくハディスに苦笑された。


「だって、馬車が僕たちと同じ道を通っていたんなら、はじめに僕たちが帰った時、すでにヘリオス君が攫うさらわれる被害に遭った後を通ったってことでしょ?なのに僕らは何も感じることなく、ここに辿り着いているから、馬車のルートは違っていたと考えるべきでしょ?」


 考えもしなかった・なんて素直に言いたくない‥‥。

 どうやらハディス様の付けた護衛には、馬車のルートを固定するのではなく、何パターンかのルートを不規則に使う様指示していたらしい。それが誘拐や襲撃防止の対策だったとか。そこで、ハディス様はわたしが手配をしている間に、護衛さんや小父さん達に帰宅ルートの確認をしていたそうな。


 ただ、そこで問題となったのが、馬車で帰宅した3人の記憶の混濁だ。3人とも馬車をしっかり操ってはいたようなのだけれど、ヘリオスの動向や、馬車のルートなどは、何故か曖昧にしか覚えていないみたい。困った。

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