第26話 食の都①

 次の日、私達はラフティアを観光することとした。観光と言っても大それたことをするつもりは毛頭なく、それでは何をするかと言えば、明確な目的も決まってはいない。


「まあ、目的もなくブラブラと歩くことは悪くないわよねえ……。時間が勿体ないということは確かにあるのかもしれないけれど、これをすることによって今後の活動に何かしら活路を見出せるかもしれないんですから」


 とは言え、何もせずに居るよりかは行動して何かしらのヒントを得た方が良い。


「難しいところではあるが、な……。ここで悪目立ちするのも良くない。今後のことを考えればひっそり過ごしていくのも有りなんだろうが、それはそれで疑問に思われていても致し方ない。何故観光もせずに二日間宿に籠もっているのか? などと思われてしまっては、元も子もない」

「面倒な性格ねえ。……一応言っておくけれど、スカディはそんなこと思いもしないわよ。良く言えば素直、悪く言えば騙されやすい性格だからねえ。昔はそうやって独り立ちも難しいように思えたのだけれど……、ああ見るともう一人でやっていけそうよね。周りの大人の危惧は、特段問題なかったってことなんでしょうけれど」

「……あの子とは仲は良いのか? 話を聞いているとそんな感じがするが」

「腐れ縁よ。お互いに会う機会も少ないし。……気が付いたらこんなに大きくなってしまったけれど、向こうはこちらに気付いてくれているだけ有難いって話ではあるわよね」


 ラフティアのメインストリートは、それなりに人が歩いている。疫病が蔓延しているとは到底思えないぐらいだ。

 ただまあ、少し着目して見ると、人々の会話は少ないように感じられる。会話が少ないということは、それなりに人々が疫病についての対策をしていることと同義であり、そこについては有意義であると言えよう。


「……こう見てみると普通の街並みなんだがな。やはり疫病の対策なんて高が知れているのかね?」

「そうとも限らないわよ。……昨日スカディに聞いたのだけれどね、どうやら富裕層には敢えて疫病の菌を注射しているんですって」

「それに何の意味が?」

「どうやら、身体の細胞と戦わせることで強くすることが出来るらしいわよ。本当かどうかは分からないけれど、それが仮に本当だとしたら、白き女神というのはかなりのペテン師だと思わないかしら?」


 まあ、普通に考えて菌を入れるなんてことはあまりしたくはないだろう。それが上手く行っているからか、或いは本当に凄まじい信頼を得ているのかは定かではないが、しかし白き女神が信用に足る人間だと思われているのは事実だろう。

 人間を研究しているから、そのような結論を見いだせているのかもしれない。或いはそれをしても問題がないというデータを何処からか入手したか――。


「ま、良いわ。いずれにせよ、これから私達がしなければならないことは何だと思う?」


 何だろうね、観光をするつもりではなかったのか?


「……答えは簡単。食べ物を食べること、よ! ここが食の都だと言われている理由――とっくに忘れてしまったかしら?」

「忘れてはいないよ。要するにここにはキャラバンが数多く訪れる街道の要所だということだろう。だから様々な国から届く様々なものを食べることが出来る……と。無論、集まるのは食べ物ばかりじゃないと思うがね」

「そう、そうよ! その通りなのよ! この街にやって来る食べ物は、その国に行かないと食べられないものばかり。勿論、ラフティア名産の食べ物も中にはあるでしょうけれど、そこまでは知れ渡っていないのよね。それに、冷たいものなんかはなかなか出回ることはないから、未だその場所に行かないといけない理由が消失した訳ではないのだけれどね」


 ウルは上機嫌だな。

 まさかここにやって来た理由を、とうのとっくに忘れてしまったんじゃないだろうな?

 そう考えるととても頭が痛いのだが……。

 しかし、腹が減っては戦は出来ぬとも言う。

 致し方なし、そう判断して――私達は食べ物を巡ることとするのだった。


 ◇◇◇


 透明な皮の中に、ひき肉が詰め込まれている。

 スプーンで触れるとプルプルと動き出し、その弾力がこれでもかと伝わってくる。

 ちなみにこれだけではなく、この丸い饅頭のようなものの周りには白く濁ったスープが満たされている。


「……いやはや、見たことがない食べ物があることは知っていたが、ここまで奇妙なものだとは」


 幾ら何でも、想定はしていなかったと思う。


「これは何処の国の?」

「ミラージュっていう東方の小さい国だよ。ここは、この辺りとは全く違うやり方の料理があまりにも多くてね。結構食べに来る人も多いのさ」


 店員はそう言うが、要は珍しい物を見に来ただけではないか。


「この食べ物を求めて? ふうん、だったら相当美味しい食べ物なのかな……」


 ソフィアはそう言っているが、意外と腕は動いていない。

 やはりというか何というか、あんまり味のイメージが付かない食べ物についてはどういった食べ物なのかが分からないから、そう簡単に食指を動かすことが出来ないのだ。


「何故食べないのですか、イズン。こんなに変わった料理を食べる機会など、ありはしませんよ!」

「何か盛り上がっているところ悪いがね……、楽しいと思うなら最初の一口はソフィア、あなたが食べても良いと思うよ」


 言い方は悪いが、人柱になってもらった方が良いかもしれない。

 別に、悪くないとは思っていない。悪びれるのもどうかと思っているし、そんなに本人が美味しそうに食べようとしているのなら、それを止める筋合いもないからね。

 ソフィアはスプーンでそれを掬うと、そのまま丸呑みした。

 ……いや、美味しそうだと思うのは勝手だがね? もう少し味わって食べるとかあったんじゃないだろうか。そのまま食べてしまうことで、例えば熱々の汁がそのまま喉に入って火傷する危険性すらある訳だろうし。仮にそうだとしたら、対処しようがない気もする。


「……うん! 美味しい、美味しいですよ、ソフィア! 食べてくださいよ! 丸呑みが一番です。凝縮したうまみを一口で味わうことが出来ます、少しばかり勿体ないような感覚もありますけれど……」

 

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