第9話 対峙

 廊下を歩きながら、先程メイド達が話していた内容を整理する。

 整理すればする程、事実なのかどうかがさっぱりと見えてこない。

 先ず、トール=エッダーは死んでいる――そう言っていた。それは事実なのだろうか?


「死んでいるとするならば……私がここに来た理由はどうなってしまうんだ?」


 私は途方もない時間をかけて、ここまでやって来たのに。

 それを全て棒に振ってしまうというのか?

 それを全て無碍にしてしまうというのか?


「だとしたら……、私はどうすりゃ良いんだ?」


 私の復讐は、多分これでは終わらない。

 しかし、何処まで続くかも分かってはいない。

 その足がかりとなるのが――トール=エッダーだった。

 そのトール=エッダーが死んでいると分かったならば――。


「……いや、しかし」


 着眼点を変えると、トール=エッダーの唯一の親族である、ソフィアという女性は生きているということだった。

 であるならば、ソフィアならば何か知っているのではないだろうか?

 私の両親のことは知らなくとも、誰と付き合っていたかということぐらいは分かるはずだ。

 幾ら何でも、親子の関係でそんな隠し事をしているようには思えない。

 とにかく、前に進むしかない。

 一縷の希望を持って、私はソフィアが居るであろう場所へと向かうのだった。


   ◇◇◇


 寝室に辿り着いた。

 恐らくここに居るだろうとばかり思っていたが、部屋は暗く歩くのも一苦労だ。


「明かりぐらい点ければ良いものを……」

「ねえ? 誰か居るの?」


 不味い。

 まさか人が居るとは全く思ってもいなかった。人の気配が恐ろしいぐらいに感じられなかったからだ。だったらもっと気にしておくべきだったのに――。


「大丈夫よ。気にしないで。……今、ここに居るのは私だけだから。人払いもしているし、暫くは誰もやってこないはずよ」

「何でそんなことを言えるんだ? 私が敵か味方かも、お前には分からないはずだろう?」

「分かるよ。だって、私には未来が見えるんだもん」


 窓から月明かりが照らされる。

 そして、漸く真っ暗だった空間に光が灯された。

 ベッドの上には、女性が一人座っている。金色の長い髪をした、青い目の女性だった。目鼻立ちは整っており、絵画の中に居るみたいなそんな感覚さえ感じられた。


「……お前は」

「もー。さっきからお前お前とか言わないでよ」


 女性は頬を膨らませる。怒っているのだろう。


「私にはソフィア=エッダーという立派な名前があるんだから。ね、覚えてね、剣士さん」

「……ソフィア=エッダー。そうか、エッダー家の息女とは」

「まあ、一応ね。お父さんが亡くなって、一応の当主ではあるのだけれど、私には政治を見る目がないというか。或いは政治がつまらないとでも言えば良いのかな?」

「政治がつまらない? それが為政者の言う台詞か?」

「為政者じゃなかったんだから、致し方ないと思わないのかなあ」


 どうだかね。私は別にそこについて否定するつもりはないが、他人の財産を徴収することで私腹を肥やす人間に何を言われたって心には響きやしないよ。


「為政者は為政者になりたくて為政者になったとは限らないよ。あくまでも、お父さんはエッダー家に生まれたからそうなっただけだし。きっと本当はもっと別の生き方を考えていたんじゃないかなあ?」

「だとしても、私の人生をメチャクチャにしたことは褒められたことではないぞ」

「……それについては、その通りだよ。謝ったって、きっと消えることはないと思う。けれど、お父さんだって何か理由があってやったことだったのかもしれない」


 何というか、ソフィアと話していると何だか気味が悪い。

 つかみ所がない話を延々とするのも、時間の無駄だと思う。


「ねえ、私、未来が見えるの」

「……は?」

「正確には、世界そのもののこの後がずっと見えてくる……とでも言えば良いのかもしれないけれど。だから、私はずっとここで閉じこもっていた。何故だと思う? 答えは簡単、ずっと他人の声が聞こえていたから。気持ち悪いという反応が延々と聞こえていたから」

「人の心を読むことでも出来るのか?」

「分からない。でも、分かっちゃうんだよ。未来も分かるし、人の声も聞こえる。予言ではないんだよね、確定された事実だから」

「父親の死もそれで分かったのか?」


 ソフィアは頷く。


「分かったといっても、そう前から分かっていたことじゃない。数日前に、いきなり消えてしまう未来を見ただけ。その時には幾らアドバイスしようとも意味がなかった。あっという間に、お父さんは死んでしまった」

「……私が来ることも?」


 未来が見えていて、それを変えることが出来なかった。

 それが事実であるならば、かなり歯がゆかったことだろう。


「造花よりも綺麗な花はないんだよ。それはやっぱり人が作ったものだから、美しさをコントロールしているからだよね」

「人間の闇について語ったところで、現実は何一つ変わらないと思うが?」

「変わらないよ。それは私だって分かっている。けれど、少しは話をさせてよ。あなたが来ることはずっと前から見えていたんだから。そしてそれは……私の味方になってくれる人だということも」

「味方?」


 いや、それは有り得ないと思うが。

 だって、お前の父親は私の人生をメチャクチャにした張本人だ。お前に復讐をしないとしても、父親の交友関係ぐらいは教えてもらうぞ。お前にはそれを言う義務がある。


「義務と言われても、分からないんだよ。だってお父さんは一人で色んな人とお付き合いしていたから。今思うと、絶対娘に引き継ぐつもりはなかったんだよ。まあ、そうだよね。そんな早く死ぬなんて思いもしないんだろうから」

「……話だけは聞いてやる。どうして私を恐れずに待っていたのか? 何か企んでいるんじゃあるまいな」


 企んでいるとするなら、さっさと抜けてしまった方が吉かもしれないが。


「いや、まさにその通りだよ。…………ねえ、あなたは分かる? この世界の悲しみが」

「悲しみ?」

「この世界は、そう遠くない未来に終焉するんだ。終わりを迎えるんだよ。誰もかも生き残れない、絶望の未来が」

「抽象的過ぎるな……。もっと具体的に何かないのか? 誰も生き残れないというのなら、戦争でも起きるのか? 何処か大国が他の国に宣戦布告をするとか……」

「いや、そんな具体的なことは分からない。でも、見えるはずの未来があるタイミングから見えなくなった。そしてその最後の未来は……真っ白な世界なんだ。そこから導き出せる結論はただ一つ――この世界の終焉、そうだとは思わない?」

 

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