第6話 幸運の女神

 食事が提供されるのも酒場であることは周知の事実だった。だからどんな料理が出て来るのかという予想を立てたところで、どうせ酒のつまみみたいな塩辛い味付けの料理が大半だろうなどという考えしか持ち合わせていなかった。


「……いやはや、これは流石に驚いた」


 だから、実際に出された料理がサラダだったことには単純に驚いた。だってサラダだぞ。どう考えたって酒のつまみになりはしないだろう。酒場では良く食べられることがあるにせよ、それは塩辛いドレッシングで味をつけているからであって、このような前菜は見たことがない。少なくとも酒場では、という但し書きが入るが。


「……うちは本格的な家庭料理を提供するのが売りなのさ。ほら、酒ばっかり飲んでもつまらねえだろ? だったら美味しい飯でも食べて一段落つきてえじゃねえか。その片隅に酒があれば良いんだよ。少なくとも酒が中心となるような食事を出しちゃいけねえ。もう一度来てくれる客が物理的に来れなくなっちまうからな」

「それ、要するに客の健康を鑑みて……ってことなのか? だとしたらちょっとどうかしているぞ。普通そんな酒場なんて見たことが――」

「見たことがない酒場だからこそ、新しさってもんがあるんじゃねえのか?」

「……はあ、成る程ね。言いたいことは分かるよ。新しいものは嫌いじゃないからね、別にそこにクレームを入れるつもりはないよ。というか、こんな感じに料理を出してくれるだなんて想像もしなかったからな」

「そうかい。そう言ってくれると有難いねえ。俺も張り切っちゃうぜ!」

「そうそう。確かに……ここの料理は予想していなかった感じですよね。ガイドブックにも多分掲載はされていないでしょうし」


 隣のテーブルに座っていたヒョロヒョロとした痩せ型の男が、私に声をかけてきた。

 痩せてはいるものの、見た目は何処か小綺麗にまとまっている。大方、貴族の従者とかそんな感じだろうな。


「あんたもここを知らないでやって来た口か?」

「そうですよ。空いているところがなかったもので……。でもご主人様は早く宿を取れなかったらお前は野宿だ! だなんて言われてしまい、何とかかんとか頑張ってこの宿屋を探し当てた訳ですが」

「探し当てたところがとんでもない掘り出し物だった、と?」

「ええ、ええ! その通りですよ、本当にその通り!」


 何度も頷きながら、私の言葉に賛同した。

 しかし、お生憎様。私にそれを言ったところで響かないから生産者に面と向かってお礼は言っておくべきだと思うぞ。


「美味しい飯を美味しいと言ってくれるのは有難いねえ。料理人冥利に尽きる、ってもんよ」


 マスターは笑っていた。寛大な人間だよ、全く。そうでなければこんな場末の酒場で料理なんて提供出来ないのかもしれないけれどさ。

 肉料理とご飯料理、さらにはデザートまで出てきて、さらにはそれに見合ったお酒を毎回一杯ずつ提供しているのを見ていくうちに、少しばかり嫌な予感がしていたのが的中していた。

 隣に座っていた従者が、酔っ払っていたのだ。

 ただまあ、変な絡み方をするような、少々面倒臭いタイプの酔い方でなかったことは良かったと思う。もし仮にそんなことをしていたなら、私はきっと拳が出ていただろうな。そうなると警察のお世話になってしまう。出来うることなら避けたいことではある。


「……寝ているのか」


 私は酒に強い方だ。だからこうしてデザートを食べるまで何杯もの酒を――今日というくくりで言うならば先程エールをジョッキで三杯も追加で――飲んでいる訳だが、しかしけろっとしている。顔には絶対に出ない。だからこそこうやって酒を使った情報収集が欠かせない訳ではあるのだが。


「……酔っ払っているなあ。なあ、お客さん。ここで出会ったのも何かの縁だと思って、そこのお客さんを運んでくれないか? 申し訳ねえが、いっぱいお客さんが入ってきててんてこまいでね。あ、それなりにサービスしてやるからさ。な、頼むよ」


 そう言われると、なかなか断りづらい。

 仕方ないので私はその男の肩を持ち、部屋まで運んでやることにした。


「うう……気持ち悪い……」

「頼むから吐かないでくれよ。吐くなら自分の部屋か外でやってくれ。私の服に吐いたら弁償してもらうからな」


 無論、介抱した代金も加算して請求してやる。

 階段を登ると、既にカウンターの女性がこちらにやって来ていた。


「すいません、お客さんにこんなことやらせちゃって……」


 おろおろと慌てているようだったが、それについては致し方なかろう。


「別に構わないよ。隣で飯を食っていたからな。これぐらいは朝飯前だ。……で、こいつの部屋は何処になる?」

「二階の三号室です。鍵は……ああ、持っていますね。きちんと」

「持たずに出たところでマスターキーみたいなものはあるんだろう? なら別に良いじゃないか」


 防犯面で考えれば、あまり鍵を無くしたくないのだろうがな。


「ええ、まあ、そうですね。……すいません、本当に。きっと何かお礼させていただきますから」


 あまり悪目立ちしたくないので、会話も早々に切り上げて二階の三号室へと連れて行く。

 ベッドに横にさせると、ふと目に入ったのはテーブルの上に置かれていた封筒だった。

 てっきりただの封筒だとばかり思っていたが、差出人がトール=エッダーとなっていた。


「おいおい、これはもしかして……」


 私は考える。そうしてその封筒をこっそりとポケットに仕舞い、直ぐに自室へと戻った。

 自室で封筒を開けると、そこにあったのはパーティーの招待状と思われるチケットだった。


「従者にまで配っているのは可能性の一つとして考えていたが、こうも現実に出てくると、少し不安になってくるな。防犯面は問題ないのかね? 私みたいに侵入する存在が出てきても何らおかしくはないだろうに」


 思わず自嘲してしまったが、しかしそれもまた事実。

 こちらとしては好都合であることには変わりはないが、ピースは揃った。


「向かうとすれば……明日かな」


 流石に夜では警備が厳重となるだろう。話によれば、パーティー開催のために、招待客には常に門戸が開かれていると聞く。

 であるならば、昼間に堂々と入ってしまえば良い。

 招待状を持っている以上、コソコソと隠れていく必要は毛頭ないのだから。


「……俄然、楽しみになってきたな」


 もうすぐ、復讐の一つを達成する。

 如何にして復讐をしてやろうかと――あの日からずっと考えていた。

 それがついに成就するときが来たのだ。

 今夜はきっと、眠れなくなるだろう。

 そんな未来の勝利の美酒を楽しみにしつつも――それでも夜は沈んでいくのだった。


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