茶娘探偵ナマムギ 闇に蠢く鶴見カンフー沖縄商会の秘密」と題し、茶娘探偵が発掘された巨大白骨死体と関わる事件の真相に迫る。戦後の闇が令和に残された、鶴見区の秘密が明かされる。

水原麻以

遺体発見現場

「なんだこりゃ? ブルーシートが無限に要るぞ!」

「死体遺棄ってもんじゃないですよね。規模ヤバすぎ」

捜査員たちは鼻をつまんだ。

鶴見の埋め立て地に、巨大な白骨死体が転がっていた。その大きさは小型飛行機ほどで、異臭を放ち瘴気が漂っていた。規制線を乗り越えると、そこは雪国だった。

辺り一面、死の銀世界だ。ただし、死臭が漂っている。背骨、尺骨、肋骨。人の頭蓋骨!

まるで骨の海だ。

ここは半径20メートルの発掘現場。その中央に不敵な笑顔が待っていた。

「うわー。エイリアンだ」

逃げ出す捜査員に手錠をかけられた男が囁いた。「エイリアンじゃねえ。エイの頭蓋骨だよ」

「ぎぇーっ」

捜査員は気絶した。

容疑者の名前は長谷川良一、七十歳。ガイコツによるストーカー被害を訴えて徘徊している所を保護された。入院中も被害を訴え続け投薬治療が効かない。

「祟りだ。丁重に弔ってくれ。頼む。俺が。俺らが悪いんだ。刑事さん!」

「あんまりしつこいんで掘ってみたら、ごらんの有様だ」

担当刑事が長谷川に訊いた。「どうだ? ガイコツは消えたか?」

長谷川は震えながら両手を合わせていた。


この場所は、戦後最大の産地偽装と言われた鶴見カンフー沖縄商会の惨殺現場だった。昭和47年、返還されたばかりの沖縄から鶴見区に国籍不明のアジア人が大挙してやってきた。のちにカンフー商会と呼ばれることになる彼らは、巨大な冷凍庫を建てて遠洋漁業の裏方を務めた。


陸揚げされる魚介類は出処不明だが新鮮で美味しいと評判になり、カンフー商会は南西印度洋産の加工食品だと主張した。工程を経ている食材の原産地は明記不要だった。高度成長期の残照に乗って、カンフー商会はオイルショックまでの束の間を謳歌した。


しかし、不況でカンフー商会は事業停止し、冷蔵庫の廃墟だけが残った。神奈川県文部省は荒廃する施設を危険視し、跡地に小中学校を整備する計画を立てた。推進役は、当時の沖縄開発庁長官竜胆正雄だった。しかし、猛反対にあい、建設計画は自然消滅してしまった。

戦後の闇だけが令和に保存された。

令和二年、鶴見区に再開発計画がもちあがりカンフー商会跡地の問題が議論された。

県議会は満場一致で取り壊しを可決。

戦争遺産に税金が投入されることになった。

その強制代執行当日に事件は起きた。

重機で倉庫を壊そうとしたところ、巨大な白骨エイの死体が出てきた。そこには、エイを弔う少女がいた。「ゲンちゃん」と彼女は言った。


この少女は、茶摘み協会が推薦するVチューバー、茶娘探偵ナマムギだ。ナマムギは、ゲンちゃんと慕う少女の正体と、ゲンちゃん殺しの真犯人を探ることになる。


ナマムギがゲンちゃんのネタを配信した理由は、高度成長期がオイルショックで終わり、暗い世相になったためである。この時期、将来不安からオカルトや超能力などの怪奇現象が人々に人気を博した。その中でも、未確認生命体(UMA)が注目を集めた。


鶴見沖で目撃された巨大エイ、ゲンちゃんもまた、その一例であった。バブル期には忘れ去られたが、コロナ禍によって再び注目されることになる。


緊急事態宣言の長期化によって、在宅で楽しめる趣味が模索されるようになった。その中でも、室内魚類学が注目を集め、釣りや水族館に行けなくても、リモートで楽しめるようになった。


しかし、これによって、ペットボトルの需要が減少し、お茶の需要も減少していった。そんな中、茶摘み協会もリストラの危機に瀕し、ナマムギは訴求するネタに苦慮していた。


そこで、フォロワーから「おーいお茶」に対抗する差別化のアイデアが出され、「エイヤー!ア茶ー」というネタが生まれた。これをきっかけに、ゲンちゃんがナマムギの配信で取り上げられることになったのである。

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