第6話 違和感

 楽しい時間はあっという間で、お酒を飲みながら話しているとお店の閉店時間になってしまった。店員さんの笑顔に見送られて、二人は店を出てトボトボと歩く。


「今日は楽しかったよ。来てくれてありがとう」


 ハヤテが優花ゆうかに向かってニッコリ笑う。


「私も楽しかった……」


 優花も笑顔で返したつもりだが、ちゃんと笑えているだろうか。


 この世界の食材は基本的に優花の世界と変わらない。この世界に暮らしていた間は、どのお店に行っても不思議な食材を見ることはなかった。


 ハヤテが優花に送ってくれる食材はこの世界の人にとっても珍しいもののはずだ。有名な魔導師であるハヤテだからこそ、手に入れられたのだろう。料理店の店主もハヤテから頼まれて作ったに違いない。


 今回は少し送られてくる間隔が開いていた。不思議な食材は、あと何種類くらいあるのだろう。それは優花がこの世界に来れる回数でもある。


 帰りたくない。ここにいたい。その言葉が言えなくて、優花は代わりに隣を歩くハヤテの大きな右手を握った。


「うぐっ……」


 ハヤテが痛みに耐えるような声をもらして、優花は慌てて手を離す。


「ハヤテ?」


「なんでもない」


 ハヤテは脂汗を掻きながら、優花にもう一度ニッコリ笑って見せた。その笑顔が優花を更に不安にさせる。


「何でもない訳ないでしょ!」


 優花が怒鳴りつけると、ハヤテはシュンとして黙ってしまった。右腕の袖を捲ろうとすると、抵抗せずに従う。


 あらわになったハヤテの腕には、包帯がぐるぐると巻かれていた。包帯の上から見ても腫れ上がっているのが分かる。


「病院に行って診てもらったから大丈夫だよ。すぐに治る」


「魔導師のあなたでも、病院に行く必要があった怪我なのね」 

 

「……」


 優花がハヤテを見上げると、スッと視線を逸らされた。よく考えてみれば、今日は会ったときからおかしかった。重いドラゴンの肉を利き手ではない左手だけで持っていたし、お酒も最後まで度数の低いものしか飲んでいなかった。何より顔色が悪かったのに、優花は後で聞けば良いと放置してしまったのだ。


「何でこんな……」


 優花は泣いてしまいそうで、その後が言えなかった。優花はハヤテが無理をしていることにも気づかず、再会を一人で楽しんでしまったのだ。


「優花、泣かないで……。君に泣かれると、どうすれば良いか分からなくなる」


 ハヤテはオロオロしながら優花を抱きしめる。ずっと、そうして欲しかったのに、喜ぶことなんてできなかった。優花が望んだのは決してこんな形ではない。ただ、ハヤテの温もりは悔しいくらいに優花を癒やしてくれる。


「その怪我……紅色ドラゴンと戦ってできたの? 研究員だから、戦闘はしないって言ってたじゃない」


 優花はどうしても言わずにはいられない。ここが人間と敵対する魔獣の住む危険な世界であることは知っている。それでも、ハヤテには安全な場所で暮らしていてほしかった。危険に挑んだ理由を想像すればなおさらだ。


「ごめん。どうしても紅色ドラゴンの肉が欲しかったんだ。君を呼ぶための口実が他に思い浮かばなくて……」


「やっぱり……ごめんね、ハヤテ」


「何で謝るの? 僕が勝手にやったんだから、優花は気にすることないよ。君に会うためだったら、こんなことくらい何でもない。僕はそれくらい……」


 ハヤテはそこまで言って言葉を詰まらせる。優花が見上げると、ハヤテは耳まで赤くした。ハヤテの焦げ茶色の瞳が、まっすぐ優花を見つめている。


「優花……僕は君のことが好きなんだ」


 ハヤテは飲み屋街の喧騒に紛れてしまいそうな小さな声で言った。自信のなさそうな震える声でも、優花の心の特別な場所にしっかり届いている。


「私も……私もハヤテが好きよ」


 優花が勇気を振り絞って伝えると、ハヤテは幸せそうに笑う。もう一度、ギュッと抱きしめ合って、しばらくお互いの存在だけを感じていた。

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