歴史

 メロの生まれ育ったトムラウシ市は、ダイセツ自治区の南端にほど近いあたりに位置する、小さな田舎町だった。

 

 元々、国中を滅茶苦茶にしたあの大戦の後で人類が高地へと活路を求めた時、この北の大地に位置する気候の厳しい山系は政府の眼中にはなかった。

 ダイセツ山系は人が生きるには少々過酷であり、また長く続いた大戦ですっかり減少してしまった国民を住まわせるには、中央から南の山岳だけでも十分に事足りたことが理由だった。


 かくしてしばらくの間は無人の高峰となっていたダイセツ山系だが、戦後10年ほどが経って、何人かの人間が住みつくようになった。

 彼らはいわば中央の街を追われた者たちだった。

 何か特別な非があったわけではない。

 ただある者は兵士として戦場にいたことを罵られ、ある者は少数民族であることを蔑まれ、またある者は政治的信念を疎まれた、ただそれだけのことであった。

 

 北の大地へと流れ着いた彼らは、互いの立場を忘れて、社会のアウトローとして自分たちの街を切り開くことにした。

 幸いなことに、ダイセツ山系の近辺には地下資源が豊富だった。

 特に来るべき蒸気時代には欠かせない、燃料となる石炭が多く産出されたのだ。


 ダイセツの民は自らの命を顧みずにハロスへと潜り、さらにその先で地下へと分け入っては石炭を掘った。

 やがて燃料の一大産地となり、いくつかの街として十分に発展を遂げると、彼らは政府に対し、自治権を認めるように声をあげた。


 とはいえ時の政府は今よりももっと力を失っており、ゆえにその要望は容易く実現された。

 ダイセツ自治区が設定され、トムラウシ市やアサヒ市は中央政府を受け付けない北の要塞として、その地位を確立した。


 自治政府を組織し、街の基幹産業である炭坑を武器として、彼らは極寒の地に平穏な暮らしを築いていた。


 それから数十年が経ち、やがて中央政府は少しずつではあるが力を取り戻し始めた。

 そして徐々に増加に転じた人口を支えられるだけの土地と産業を求めて、政府はダイセツ自治区の自治権を取り上げようと画策するようになった。

 トムラウシ市の眼と鼻の先にあるヒダカ山系には、政府軍が駐屯するようになり、周辺地域の緊張は一気に高まった。


 ダイセツ自治区では、政府への抵抗勢力として、反政府組織「トーナム」が結成され、やがてヒダカ山系の政府軍との間に紛争が勃発した。


 トーナム側には武器の類は決して潤沢ではなかったが、何より自分たちの故郷を守るのだという強い意志があった。政府軍は次々と戦力を投入していったが、当初の見込みよりダイセツ山系を落とすのは容易ではなかった。

 戦線は膠着し、緊張状態が保たれたまま何年もの月日が過ぎた。


 メロが生まれ育ったのは、そういう街だった。


  *


「メロ。お前、いくつになったんだっけか」

「18だよ。こないだ誕生日だったから」


 トーナムのリーダー、ケニの問いに、メロは胸を張って答えた。


「早いもんだな。子供のお前がトーナムに入りたいといって泣きわめいていたのがつい昨日のことのようだ。それが今じゃ立派に組織の一員だもんなあ」

「ケニ、あたしのこといつまでも子供だと思ってるでしょ」

「そんなことはないさ」


 ケニは笑いながら合成酒を飲み干した。雫が顎ひげを伝って地面へと落ち、冷たく乾いた大地へと染み込んでいった。


 リーダーであるケニは、メロの兄のような存在だった。

 同じトムラウシ市で生まれ、不在がちのメロの両親にかわってよく面倒を見てくれたのがケニだ。

 10歳以上年の離れたケニだったが、まだ幼いメロに読み書きを教え、戦争の歴史を教え、そして戦いの技術を教えてくれた。


 だからそのケニが反政府組織を立ち上げる、と言って拠点を隣にあるアサヒ市へと移した時、メロは大泣きに泣いたものだった。


「なあメロ。3日前にあった戦闘のこと、覚えてるだろう。あの政府軍の新兵器」

「うん。あれはヤバいよね。地上にいたあたしのところまで熱が伝わってきたもん」


 メロは手にしたスープのカップを両手で包み込んで指先を温めながら、その光景を思い出していた。


 政府軍が発射した一発の弾丸が、空中で炸裂した。

 それは信号弾のように強い光と熱を発し、そしてその直後、付近に飛行していたトーナムの飛行船団が次々と炎上して墜落したのだ。

 

 着弾点にいたわけではない。距離にして500メートルは離れていた筈の船までもが、突如として燃え上がった。

 トーナム側の損失は膨大だった。


「エミルの見立てでは、超高熱弾とでもいうべきものらしい」

「それってつまり、すごく熱いってことだよね。ガス袋が燃え上がるくらい」

「そうだ。特に恐ろしいのは、その高熱が広範囲に広がることだ。あの熱でそこら中の船の水素が引火した」


 ケニは考え込むように俯いたまま続けた。


「はっきり言えば、あれを使われ続けたら、我々は遅かれ早かれ敗北するだろうな」

「そんな……なんとかならないの」


 ケニの言葉にショックを受けたメロが、その精悍な顔を見つめた。

 厳しい土地で培われた経験と苦労を物語る険しい表情が、疲労の色を隠せずにいる。

 トーナムの本拠地の前庭に、しばらくの間沈黙が降りた。


 やがてケニが再び口を開いた。


「メロ。ひとつ頼みがあるんだ」

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