四日目

第32話


 ――ドラゴンは、ゆっくりと瞼を開ける。瞬きをすると、涙がつーっと頬をつたい落ちた。

「気が付いた?」

 衣擦れの音でドラゴンが目を覚ましたことに気付いた猫娘が、優しく声をかけてくれる。

「お姉ちゃん……」

「気分悪い? どこか痛い?」

 ドラゴンはゆっくりと首を振る。

「ちょっと疲れちゃったね。雨音ちゃん一日眠ってたんだよ。今日はゆっくり休んでようか」

 猫娘の優しい声に、ドラゴンの涙腺は緩んでいく。ドラゴンは涙を堪え、猫娘がかけてくれた毛布の中にうずくまった。

「……私、一回レストランに行って皆に雨音ちゃんが目が覚めたって伝えてくるね。みんな集まってると思うから。帰りにご飯を貰ってくるけど、なにか食べたいのある?」

 ドラゴンは首を横に振る。

「なんでもいい」

「分かった。少しの間、一人でいられる?」

「うん」

 猫娘が背中を向ける。その背中に、ドラゴンは言いしれない焦燥を覚え、

「お姉ちゃん」

 気が付けば引き止めていた。

「雨音ちゃん? どうした?」

 ドラゴンの告白に、猫娘の目が見開かれる。

「……ねえ、お姉ちゃん。やっぱり、私も話したいからレストランに行く。いい?」

「……話すの? でも雨音ちゃん、目が覚めたばかりだよ。そんな無理しなくても」

 ドラゴンはぶんぶんと首を振った。

「本当のことを、私も知りたいから」

 結局猫娘は、ドラゴンを連れてレストランへ向かった。

「一日眠ってたのに、もう大丈夫なのか?」

「そうだよ、無理しないで?」

 カラクリとピエロは心配そうにドラゴンを見つめた。

「ううん、時間がないから」と、ドラゴンは長い睫毛をパチパチと瞬かせた。

 蛇女と鬼人以外の六人が輪になると、ドラゴンは再び口を開いた。

「私は露木雨音……絹川小学校の四年生」

「ドラゴンが……露木雨音?」

 カラクリは驚愕の表情のままドラゴンに問いかける。

「ま……待て待て。露木雨音って……黒中凪砂の連続殺人事件の被害者じゃないか」

 困惑するカラクリに、ライオンとユニコーンが首を傾げた。

「あの……それ、なんなんですか? 有名な事件なの?」と、ライオンが眉を寄せる。

 ライオンと同様にユニコーンも首を捻り、カラクリに訊ねる。

「いつの、どういう事件だったんです?」

「九十九年の三月二十九日、絹川の河川敷で小学生二人が殺された事件だ。その犯人が他でもない黒中凪砂なんだよ」

「小学生が殺された? そんな事件が……」

 ライオンは悲しげにドラゴンを見つめた。ピエロはドラゴンに一歩近付く。

「本当に雨音ちゃんなのか?」

「……そうだよ、おばあちゃん」

 ドラゴンの瞳から涙が溢れる。ピエロは屈んだドラゴンの鼻に顔を押し当て、嬉しそうに涙を零しながら抱き締めた。

「雨音ちゃん……怖い思いしただろう。脅かしてしまってごめんね。悲しい思いさせてごめんね」

「おばあちゃんは悪くないよ。おばあちゃんとの思い出は、楽しかったことしかないもん。私はまた会えてすごく嬉しいよ」

 二人は顔を突き合せて笑い合う。猫娘はその様子を見て安堵の息を吐いた。

 ピエロはドラゴンの鼻を優しく撫でながら、カラクリを見た。

「カラクリさん。その事件の概要を、まず詳しく教えてくれ。私はそのときにはもう死んでいたから、その事件を知らないんだ」

「あぁ……分かった」

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