第16話・★


 ――ユニコーンは、つや子との話をしている間、終始穏やかな表情をしていた。

「……なぁ、この話のどこがお金を騙し取ろうとしたことになるんだ? むしろ君は、詐欺師からそのご婦人を助けていたじゃないか」

 話を聞いていたカラクリは、不思議そうに問いかける。たしかに、今の話の内容ではユニコーンはつや子にとって恩人だ。

「……違うんです」

 全員の視線がユニコーンに集まる。

「違うんです……あのときお金を取りにいっていたのは僕の仲間で、僕が一度詐欺から助けることでつや子さんの信頼を得て、さらに確実にお金を引き出そうとしたんです」

 全員、息を詰まらせたようにユニコーンを見た。

「なにそれ……最低」

 ライオンが苛立ちを露わに吠える。ユニコーンはライオンの視線に、しょぼんと肩を落とした。

「まぁまぁ、話は最後まで。ね? ライオンさん」

 ピエロが穏やかな口調でライオンを諭すと、ライオンは大人しく座り直し、ユニコーンを見つめる。


 ――その後、ユニコーンは足繁くつや子の家に通うようになった。既にユニコーンを信じ切ったつや子を騙すのは簡単だった。

 あるときユニコーンは、高齢になる母親が難病であるとつや子に打ち明けた。

「……それは、手術とかでなんとかならないのかい?」

「なんとかならないこともないらしいけど、僕にそんなお金はないから。それに、手術なんてしたところで寿命が何十年も伸びるわけじゃないしね」

 嘘だった。親はとうの昔に死んでいる。今のユニコーンに、家族と呼べる人はただの一人だっていない。

「手術には、どれくらいかかるんだい?」

「さぁ……でも、一千万とかかかるんじゃないかな」

 ユニコーンを見つめたまま、つや子は嘆くように深く息をついた。

「一千万か……」

 そして、その翌日。ユニコーンがつや子の元を訪ねると、つや子は見覚えのある茶封筒を渡してきた。

「え……」

 ユニコーンは驚いたように顔を上げ、つや子を見る。

「一千万だよ。これで本当に手術ができるかは分からないけど、できるならこれでやっておやり」

「……で、でも」

 計画通りだった。ユニコーンはこのときを待っていたのだ。

 口をつく言葉の反面、心の中でガッツポーズをする。

「いいんだよ。私がこんな大金を持っていたって、また誰かに狙われるだけなんだから。お金なんて、ない方がいいんだよ」

 つや子は無理やりユニコーンに現金を渡すと、涼しい顔でお茶を淹れ始めた。

 その後もつや子はいつも通りで、ユニコーンも極力不自然にならないよう努めた。

「……じゃあ、また来るね」

「あぁ」

 つや子に背を向け、ゆっくりと歩き出す。ユニコーンが角を曲がる直前、つや子はその背中に「元気でな」と呟いた。

 まるで、ユニコーンがもう自分を訪ねてこないことを悟っているかのようだった。

 つや子の家の角を曲がるとユニコーンは足を止め、手に持つ封筒の重さに途方に暮れた。これまでつや子と接してきたのは、すべてこのためだった。ようやくこのときが来たのだ。今が喜ぶべきときなのだ。

 一千万だ。どうせ、年寄りがお金を持っていたところで使い道なんてない。

「本当に良かったのか? 良かったなら、なんでこんなに後悔しているんだ……」

 自問自答を繰り返す。

 足が重い。もうあの家に行ってお茶ができなくなるからだろうか。いや、この金があればお茶なんていくらでもできる。

 それならなんでだろう。もうつや子と話ができなくなるからだろうか。いや、金さえあれば人はいくらでも寄ってくる。

「……なんで……足が前に進まないんだ?」

 ユニコーンは踵を返した。早足に、ついさっき曲がった角を曲がる。

「おばあちゃんっ!」

 つや子はちょうど、屋敷へ入ろうとしているところだった。ユニコーンに気付き、足を止める。

「どうしたの? 忘れ物かい?」

 ユニコーンはブンブンと首を振った。

「違うんだ……ごめん。おばあちゃん。これ、やっぱり受け取れない」

 ユニコーンはつや子に茶封筒を差し出す。

「……どうして?」

「……やっぱり、こういうのはダメだよ」

 封筒を突き返してくるユニコーンに、つや子は、

「そんなの、気にしなくていいんだよ」

「ううん。違うんだ。このお金見て目が覚めたよ。……僕、ちゃんと働いてお金貯めるから。おばあちゃん、これすごく嬉しかった。僕のこと信用してくれてるんだって思って……。おばあちゃん、本当にありがとう」

 つや子は穏やかに微笑み、「……そうかい。分かったよ」と頷いた。

「……その代わり、どうしてもっていうときは必ず頼るんだよ。いいね?」

「……うん。おばあちゃん、ありがとう。それから、本当にごめんなさい。…………じゃあ、また来るね」

 そう言って、ユニコーンは再びつや子に背中を向ける。つや子が見送ったユニコーンの後ろ姿は、まるで別人のように軽い足取りをしていた――。

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