第2060話 この長いフリを返せ

もし、自分の心の声が外に漏れていたらと思うとゾッとすることがある


むかし「サトラレ」という、自分の思考が周囲に電波してしまう人たちの漫画があり


自分がサトラレと知った時点で精神崩壊する、という描写があった


昔JRに乗り、開閉ドアの前で立っている時に考え事をしていて


心の中で言ったつもりが、一瞬ぶつぶつ小声が漏れてたんじゃないか?と思うことがあった


近くに立っていた女性が"えっ?"という感じで顔を上げ、俺を見たからだ


実際、声の漏れる方、そういうご病気の方も世の中にはおられるだろう


しかし頭の中の言葉が漏れたとすれば、これはもう一大事だ


頭の中に沸いたMAXの感情というものは、剥き出しで凄まじいだろうが


人が言葉に変換して口から発する感情は、その時点で「相手に伝える・理解させる」フィルターが掛かっているから


かなり抑えた表現になっていると思われる



人生どん底と嘆く女性N(48)が、繁華街の片隅でひっそりと場を広げる占い師の老婆を見つけた


N「・・・良いですか?」


「どうぞどうぞ」


Nは木製の丸椅子に座る


占い師「ではあなたのお名前と生年月・・・あ、いい、要らない」


「?」


「うん、ふん・・・もう人生どん底だと。"要らない"って何だよババア、と」


「えっ?!」


「いえ、あのね。あなたみたいな方にお会いしたのは40年振りくらいかな?ふふ。」


「あの・・・」


「先に言います。あなた、思考が漏れすぎてるの。普通の皆さんだと朧げなんだけど、あなたはもう笑」


「はあ?」


「あなた今まで、気味が悪いほどタイミングの良い事がたくさんあったでしょ。でもそれ以上に"図ったような最悪な結果"ばかりの人生だったわけだ」


「・・・・・・。」


「あなた顔にもいっぱい出るのよ。だから伝わってくるあなたの思考とあなたの表情で、だいたい答え合わせができるわけ。心が読めるから簡単に人に利用されるのよ。あ、皆からってわけじゃなくて、あなたに関心があって、あなたの方に向いてる人に、ね」


老婆はその後、Nから一切話を聞かない状態で2、3の事柄を言い当てた


「信じられない、そんな・・・本当なんですか?私、今までずっと心の声を聞かれてたって事ですか?」


「そうね。だけどあなたを利用した人たちは、あなたの思考が漏れているとは気付いていないはず。すぐ顔に出る子だな、くらいにしか」


「それって私、生まれてからずっとなんでしょうか?周りの皆にそう思われて、最初だけうまく言われて、最後に騙されて・・・」


「親御さんはご存じだったかも。けどさっきも言ったけど、皆ってわけじゃないのよ。あなたに関心のある人だけが、無意識に気付くの。ちなみにあなただけじゃなく、人はみな、少なからず思考が漏れてるのよ。で、私は特別、それに敏感なの。微かに漏れる思考から占ってるの。だから未来が見えるとか、そういうのは無理」


「そんな・・・今までのお話が本当なら私、救いようがないですね・・・」


「ん〜救いがないわけでもないけどね」


「えっ、どうしたら良いのですか?」


「あなたのその、漏れる思考を止めること自体は無理。・・・1つお伺いしますが、あなたの倫理観の中で1番やってはいけない事って何ですか?」


"1番やってはいけないこと?えっ、なんだろう・・・誹謗中傷とか?詐欺とか?"


「はい、うん、詐欺なんかのレベルじゃなくて。ホスト?あ~そういう、はいはい・・・また違うホスト?・・・うん、それは酷い・・・えっそれもホスト?あなたの思考にはしょっちゅうホストが出てくるわね」


「え〜っ?!ほんと私、一言もしゃべってないのに!!そんなにダダ漏れってもう致命的じゃん笑・・・あの、ちょっと聞いていいですか?私の思考ってどんな感じで伝わってるのですか?」


「ん~例えば声に出して話すスピードってあるじゃない?あれは考えて言語化された言葉だから、遅いのよ。だけどほら、あなたもいま自分の頭の中のこと、分かると思うけど、思考ってグルグルグルグル目まぐるしく移り変わってるでしょ?物凄い速さなのよ」


「その、私の早い声が聞こえるってことですか?」


「声とか聞こえるとかいう感覚じゃないのよ。なんていえば良いかな、あなたの頭の中がそのまま私の頭の中にシンクロするというのか」


「え〜っ。それって、疲れません?」


「はい。疲れます。物凄~く。だから普通の仕事には就けませんでしたよ」


「そうなんですね・・・あ、さっきの、私の倫理観で1番やっちゃいけないことって・・・」


「・・・あっ、そう。それになるよね」


「えっ!これ?!」


「それです」


「これが・・・何なんですか?」


「実行するんですよ」


「は?えっ?いやいやいやいや、なんで??冗談ですよね笑」


「冗談じゃないよ、それがあなたを救う方法なの」


「冗談じゃないですよ、意味が分からない・・・第一、誰を」


「さっきのホストは?・・・ほら、今『あ~いいかも』って標的にしたじゃない?」


「やめてくださいもう!浮かんだだけですから!すぐバレるし、漏れてるんだから笑 けどどうしてそれが救いになるんです?」


「バレないわよ。あなたの倫理に反する最上位の『それ』を実行することで、あなたは一生、罪の意識に苛(さいな)まれるわけ。罪の意識に苛まれた思考ってどんなのか分かる?」


「もう溢れるどころじゃないでしょうね」


「イメージとしては、白い紙に単語をいくつか書いた後、上からペンでぐちゃぐちゃに線や円を書いて消すようなものよ。つまり、なんて書いたのか判別出来ないのよ」


「あぁそういう感じなんだ・・・」


「だからあなたが、もう二度と誰にも利用されたくない・心を読まれたくないと願うのであれば、罪の意識に苛まれ続ければ良いのよ」


「だから人を殺すのですか?あり得ませんよ。本末転倒。帰ります」


「ふふ。そうよね。であれば今日の私の話は全て戯言と忘れてください。じゃあ最後に」


「まだなにか?」


「占ってないでしょ?」


「もう結構です」


Nは立ち上がると、老婆に背を向けて歩きだす


背後から老婆が声を掛けてくる


「私も克服したのよ40年前。聞こえる側にもなれた。あなたも克服できるわ」



助手席の俺「・・・という、どこが焦点なのかイマイチよく分からん話を聞いたんやけど」


難しい顔で聞いていた運転手の上原くん(24)


「Nさんお金払いました?」

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